第十話 Top エピローグ


魔導物語 約束 最終話



  友
 
 アゾルクラク。
 それ自体の危険性は実はあまり高くない。
 問題は、それがある方向性に対して強力な触媒作用を持つ事実にある。
 そしてそれは実直に『時』に比例する。
 力はあらゆるカテゴリーを無視して蓄積され、統括され、パワーとして増大する。
 極単純に強まるその力は、単純ゆえに脅威となる。
 そして、そのとある方向性とは、他の何でも無い。
 欲望だ。
 数百年を越える時と、純粋とすら言える欲望によってアゾルクラクはかつて無い未曾有の力を蓄積し、今、シェゾの前に立ちふさがる。
「とんでもない力だな…」
 シェゾの周りは、溢れ出た力で満たされる。いや、力に圧縮されそうな程の密度になっていた。
 常人ならば、気に対して肉体の方が崩壊してしまいそうなその気。
 今のシェゾは、気というスープに浮かんだクルトンの如き小さな存在だった。わずかでも気を抜けば、体に気が流れ込み、崩壊、そして飲み込まれる。
「…く」
 シェゾは、流石に苦しげな表情の中でも尚、この力を解析しようとして瞳を凝らす。
『本当に面白い奴だ。
 三世は笑う。
「興味があるのさ。この気に。一体今までどれだけの魔導や力を吸い込んできたんだか、あんまりチャンポンでわかりゃしないぜ」
 シェゾも無論魔導吸収は得意だ。
 だが彼の、闇魔導の魔導吸収とは、言うなればエネルギー自体の純粋な状態での摂取であり、それは光、闇、四大元素感応魔導から黒魔術、精霊魔導に至るまで、それらは一切左右されない。
 分かり易く言えば、コーヒーだろうが牛乳だろうが、精製すれば全ては水になると言う事である。彼のそれは、水だけを頂くのだ。
 
 だが。
 
「!」
 前座、とばかりにシェゾを眩い光が襲う。
 神聖魔導。ホーリーレーザーだ。
 続いて、今度は暗黒の球体が飛んで来て、とっさに避けたシェゾの背中にある壁にはじけて消えた。
 これは、闇魔導だ。
「…どっかのアホな半端闇魔導士も『食った』か」
 全ての力は、それそのままに三世から発せられた。全ての力をそのまま蓄積、発散しているのだろう。
 シェゾは、何かこう言う力の蓄積の仕方を研究していたどこかの阿呆と会った事がある気がした。 
『あらゆる魔導、あらゆる力、全てをそのまま操れる。人間の様な属性取得も、精霊契約も不要。知識すら不要なのだ。全ては、我の手に入った瞬間にそのまま我の物となる。
「…便利だな」
 通常、魔導とは言うなれば特技の様な物であり、かの特性の魔導が得意となると、必然的に他の魔導は苦手か、ほぼ使えないと言う場合が多い。
 とある学者の研究によると魔導自体がそれぞれまったく、源流を別にして生まれたからではないかとの説がある。それに依ると、厳密には勿論違うが、魔導とは血液型の如き似て非なる特性があると言うのだ。
 実際、魔導は精神的感応や、その内容に因っては男女に拠る得手不得手がある分野も実際にあり、その『血』が一体何かと言う根本的な謎を残してはいるものの、今のところそれが主流だ。
 シェゾに限らず、複数の魔導(ファイヤーやアイス等の単純な性質ではなく、源流となる属性の事)を扱える者は、基本的に素質が必要なのだ。それは、言うなれば血液型によっては、幾種類かの血液でも輸血出来る人がいる、と言うと分かり易いかも知れない。
 そしてシェゾは、正直少々困っていた。
 力が純粋に強いとなれば、センスの出番だ。
 幸い、さっきの『シェゾ』との戦いに置いては、見事『シェゾ』を倒した。
 つまり、力は奪われたものの、三世には渡っていない事になる。
 三世に無い力、闇魔導と言う異質な力に対しては抵抗も解析もないと思っていた。だが、どこぞの馬鹿がミイラ取りがミイラになっていた。
 どんな不純物混じりの力とは言え、それを知っている知っていないではその理解に雲泥の差がある。
 シェゾは、より慎重に、かつ確実に手を打たなければならなかった。
 
「セイッ!」
 ラグナスの何度目かの剣戟が舞う。それは、とうとうミノタウロスの右の角を根本から切り落とした。
 だが、それは彼にとっては嬉しくない事だ。
「…くそ、首を狙ったのに…」
 実際、ミノタウロスは怒りこそするものの、ダメージとしては気にしていなかった。
 そして、怒号と共に飛んだミノタウロスの拳は、防御したラグナスをそのまま部屋の反対側まで手荒に案内してくれた。
 更に。
「おおっ!」
 とっさに構えた剣が、その衝撃でしなって見える程にぶれた。
 ミノタウロスが、先程まで体の一部だったその角を、ラグナスに向けてぶん投げた。
「くそ…コントロールいいじゃないか…」
 ラグナスはそろそろ両手がやばくなっていた。
 
「くおぉ…」
 シェゾが、土下座するかの様に四肢を着いていた。彼がこうべを下げて耐えるなど、冗談でもそうそう見られるものでは無い。
 今、彼の体には針で刺す様な痛みと、トンを越そうと言う質量が降り注いでいた。
「……」
 まずい。
 彼は悩む。
 ただでさえ防御魔導は燃費が悪い。今の体調にしてこの行動はかなりまずい。
『まだ耐えるか。早々に飲み込まれるが良い。お前程の者の力だ。大事に使ってやるぞ。
「阿呆…」
 シェゾは体中の骨がきしむ激痛の中、鼻で笑った。
 そして、思う。
 ラグナス、早く、少しはダメージ与えろよ…。
 
「おりゃああぁぁぁっ!」
 本来なら、攻撃と同時に気合の声は出さない。攻撃しますよ、と言う合図になるだけだからだ。
 だが、彼は思いきり発する。それだけ疲労しているから。
 そして、その捨て身の攻撃は鋭さを生み出す。
 ミノタウロスが、今までとは違う咆哮を上げた。
 ラグナスを串刺しにするべくして放たれた右手の突き。彼はそれに懸けた。
 そして今、ミノタウロスの右手は、人差し指と中指の間から肘まで裂け、その機能を失った。
 ミノタウロスが初めて苦痛の声を上げる。
 
『!
 三世、いや、アゾルクラクがほんの僅か光を失った。そして、無い筈の視線がシェゾからずれる。
 それは、万死に値する愚行。
「せぇっっ!」
 シェゾが、悲鳴の様な気合を発する。
 そして次の瞬間、それは漆黒の巨大な剣となり、錫杖を、アゾルクラクを文字通り真っ二つに断つ。
『…?
 三世には、何が起きたか分からなかった。
「消えろ…」
 シェゾは、肺からの出血による吐血と共にその言葉を吐き出す。
『…!
 剣の形を構成していた闇はそのまま次元の穴となる。厚さ無きその両側は、全く違う次元への穴となる。
 破壊され、機能を失ったアゾルクラクは、紙よりも薄いその両側に存在していたと言うのに、永遠に再会する事の無い平行世界へと瞬時に消えた。
 そして、『穴』も消える。
「……」
 シェゾは、他人事の様に自分の意識が遠のくのが分かった。
 だが。
『…きさ、貴様…
 残留思念。
 アゾルクラクは消えた。だが、意志が残っていた。
 過去の魔導師が行った術は完璧だったのだ。
 媒体たるアゾルクラクを異空間に蹴り落として尚、その意志は部屋に残された。
「…完璧も善し悪しだ」
 シェゾは、痙攣する足を無視して立ち上がる。
 視界は万華鏡の様に回っていた。
 と、同時に部屋がメチャクチャに揺れる。
「!」
 この感覚、転移!?
『消えろ…貴様は、消えろ…
 憎々しげな、かつ幼稚な怒りが暴走している。彼自身の力も多少は残った様だ。
『お前など…消えて…しま…
 シェゾは、三世の意志の消滅と、自分の体の消失感を感じていた。
「てめぇ! まだ俺は…」
 ラグナスがまだ戦っている。エネルギーたる魔導力は費えたが、それを消費しきらないうちは、ミノタウロスはまだ活動できる。
 約束したのだ。
 二人で出る、と。
 俺は約束した。
 
 ラグナス!
 
 …シェゾ?
 目の前のミノタウロスが突如、妙に落ち着きを無くしてうろたえはじめた。
 そんな中、ラグナスはひねくれた友の声を聞いた気がした。
 
 

 

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