魔導物語 約束 第十話 共に シェゾは暗闇に立っていた。 そこは、部屋と言うにはあまりにも異質な空気を持つ部屋。 吸った空気の具合の悪さに思わず顔をしかめる。が、とりあえずそれは忘れて、彼は周囲を見渡した。 目を慣らす間でもなかった。 視界に、青い輝きが映る。それはぼんやりと部屋を映し出した。 「こっちが本体か」 背中にあった光。 シェゾは、ゆっくりと振り向いてその光を視界に収める。 『…お前は、何者だ。 光の本体が、揺らめく様な声で問い掛けた。多分、男の声だ。だが、あまりにも無機質なその声は、声の主が生きているとは感じられない無機質な響き。 「それは、こっちの科白だな」 シェゾは、錫杖に向かって話し掛ける。 『アゾルクラクの力を持ってして、吸収に失敗したのはお前ら二人が始めてだ。 感情は一切感じられない。だが、恐らくは感心しているであろう物言いだった。 「吸収ね」 シェゾは軽く溜息をつく。 「魔導吸収なら俺が専売特許だがな」 『魔導、ならばな。だが、我のは闇魔導とはレベルが違う。本来なら、お前ら自身を吸収してのける力なのだ。 「…何だと?」 『力が要る。この国に、再び君臨し、永久に揺るぎの無い絶対の力で支配しなければならない…。 再び、と声の主は言った。 「……」 シェゾは、周囲を見渡す。 「もう少し明るくしろ。ここは何処だ?」 『面白い奴だ。我を前にしてこれほど落ち着いている奴など、初めてだ…。 アゾルクラクは、光量を増した。青い光が、部屋を照らす。 「くっ!」 鋭い岩の如き爪がラグナスの剣を弾き、彼を数メートルも後ろに吹き飛ばした。 ラグナスは、恐らくは一対一の引き離しに成功したであろうシェゾの安否を気遣いつつ、目の前の敵と激戦を繰り広げていた。 もっとも、あまり彼の安否に気を回す事は出来ない。 目の前のミノタウロスは、特に何も変わった風には見えないのだ。 お互いが別れて戦うメリットは、それでもお互いの戦いが少々でも楽になるからに他ならない。 このままでは、単純にこちらの戦力が半分になっただけだ。 「シェゾ、色々あるだろうが、早いとこ頼むぜ…」 ラグナスは、何度か目の爪を剣で受け流しつつ、そう思った。でないと、だんだん痺れてきた手がいつまで剣を握れるか分からないのだ。 「…玉座!?」 シェゾは流石にそれを予想していなかった。 この部屋は、四方を十五メートル程度の幅と高さの壁で囲まれた正方形の密室だった。 そして、アゾルクラクの輝く錫杖が鎮座するそこにあるのは、先程まで彼が居た部屋で見たのとまったく同じ玉座。 部屋も、窓一つ、扉すら無い点を除けば、周囲を飾る布、絨毯と一通りが揃っており、さっきの部屋のミニチュアと言ってよかった。 「…お前、何者だ?」 シェゾはゆっくりと静かに問う。その問いは願いではない。命令だ。 『我が名は、ルイ三世。 「…実は、私が狙われる訳は、もう少し深いのです」 ギルド。 同時刻。 「つーと?」 部屋に散乱したガラスを片付け、若い衆にガラスを直させた後。 ブラックと依頼者であるルイ十八世は一応の用心として一緒に部屋にいた。 「…これは、一般向けの史書には書かれていない事なのですが、最初に王制が失効されたとき、その時代の王であるルイ三世は、天を突くかの如く怒号したと記されています。臣下の精鋭魔導士、剣士と共に周囲の者を巻き込み、あくまでも力を誇示して譲らなかった、と記されているのです」 「…へぇ…。ま、いっちばん脂の乗っている時に蹴落とされたんじゃねぇ…」 「ですが、やはり精鋭とは言え、少数では限界があります。その時の王が、あまりアゾルクラクを使いこなせていなかったのも幸いして、民衆の軍とそれに賛同した城の兵士達でやっとルイ三世を追い詰めたのです」 『私はその時悟った。我が力はまだ未熟。それ故に、無力な民共は愚か、我が臣下達までもが哀れな思想に取り込まれ、我に牙を向けた。我の力の無さが招いた誤りだ。 「……」 『あの時、最後は己自身と錫杖のみとなった我は、だがそれでも諦めなかった。我が倒れては、優れた主が倒れては、飼われた羊はあっという間に死に絶えてしまう。それを憂い、我は死力を振り絞って抵抗した。そして、とうとう我の命を奪う事は出来ないと悟った奴らは数名の魔導師を率いて、我の封印という行動に切り替えた。 「それがこの部屋、か」 『ここは、一体何処だと思う? 「さぁな? 初めて来たんでね」 『お前達が立っていた玉座の間の真下、七百フィート(約二百メートル)の地下だ。 「…よく空気が残っているな」 『ここの空気を吸ったのはお前が初めてだ。我は、封印されたと分かった直後に、このアゾルクラクに我自身を託した。 「そういうことか」 『アゾルクラクと我は一体。アゾルクラクが力を蓄える、すなわちそれは我の力の増強。そして、近い将来に必要十分な力を蓄え、この結界を抜け、そして改めて理想の王による政治を行う。もう、民が迷う事は無い。我に従う。それが民の幸せとなるのだ。肉体も用意してある。今までの糧から、完璧な王たる肉体を作り上げていたが、どうやらそれは要らぬ様だな。 「何でだよ」 『…お前か、もう一人の男は理想に近い。 シェゾは、こんな奴に取り憑かれたらと思うとぞっとした。 「そして、表の記述ではそれ以降は城自体は悪政の象徴として残され、表向きは静かになりました。…城に踏み入った者は、その後に王族が仕掛けたモンスター達と言うトラップで…と言う忌わしい裏がありますが」 「…そのさ、封印された三世ってどうなったの?」 「それは、勿論もう存在しないでしょう。魔導師の封印は、肉体、精神に関係なく、魂をその場に永遠に封印すると言うものです。一級の魔導師の最高の上級魔導によって時間軸をほぼ無視して縛られています。正直、魂になってしまってもその場からいなくなれないと言うのは、少々可愛そうな気もするのですが…」 「で、何であんたが危ないのと関係あるの?」 「つまり、その事実を知る王族はその後、父方と母方の家系に内部的に別れたのです。父方はその後、紆余曲折はありましたが現在に至り、私が現在ルイの名を継ぎました。ですが、母方は別れてからすぐ地方に移り、そこで虎視眈々と我が家系による復権を狙って、今日に至るのです」 「…長っ…」 ブラックが呆れて言う。 「普通は、幾ら深い怨恨とは言え、そういう意識は代を重ねる毎に薄れていくものです。ですが、分家はともかく、あの家の直系だけは、どんなにそれが過去になろうとも、脈々とその意志を受け継いでいるらしいのです。…まるで、ルイ三世の生まれ変わりの様にすら思えます」 「…お腹痛くなってくる様な話だね」 実際、ブラックはその話に胃がきりきりとしていた。 「つまり、力の吸収によりその御大層な封印が解ける、と言う訳だ。ついでにそれだけの力を持ち、アゾルクラクと言う触媒があれば無敵だ、と」 『無論、我一人で等とは思わぬ。国は、王の周りに有能な臣下がいてこそその力を発揮するもの。我の物質的な力こそ、城の外にはそうそう及ぼせぬが、我が感応に応じる優秀なる王家の血筋に、我はあらん限りの力で呼びかけている。そして、それは代々着々と精神に根付き、揺らぐ事無く受け継がれている。彼らがこの地に集うのは、そう先ではないだろう。 「…どうかな」 シェゾが、御大層なその計画に溜息で賛辞を送る。 『何、お前と、そしてあの者の力は素晴らしい。二つを合わせれば、このような結界はもう無いも同然となるであろう。 「そして、再びこの地に御君臨、か」 『手狭な国ゆえ、少々は国土を増やす為に手を伸ばす。が、優秀なる王国の勢力拡大だ。途中は障害も批判もあるだろう。しかし、最後には必ず歓迎される事になるだろう。 そう語っているのはアゾルクラクからの思念なのに、何か錫杖が笑った気がした。 しかも、歪んだ笑みで。 シェゾはうんざりした声で言う。 「…でだ、それはいいが、俺達が何故ここに来たのかは分かっている筈だな」 ついさっきまでリラックスして話を聞いていたシェゾは、一つゆっくりと呼吸すると剣を正面に構えた。 既に彼の目に安穏とした輝きはない。ただ敵を見据えて離さぬ、狼の如き眼光だった。 『では、まずお前のその未知なる力、頂こう。 錫杖の輝きが不気味に増す。 それは、先程までの静かな青さではない。 触れただけで、いや、近づいただけで焼けただれてしまいそうな、凶悪な輝きだ。 「……」 シェゾは、その眩さに目をしかめる。焼きつきそうなその輝きは、狭い部屋をオーブンの如く熱くする。 彼は、あらん限りの思考を働かせて対処を思案する。 相手はアゾルクラクだ。しかも、幾年月もの間力を蓄え続けてきたそれは大変な潜在能力を備えているだろう。 対して彼の魔導力はとても十分とは言えない。 恐らく、勝負は一瞬。 …主よ、禁呪はやめておけ。 シェゾの頭に、声が聞こえた気がした。 「んな力残ってねえよ」 シェゾは唇の端をゆがめる。 この状況でなお笑うか、シェゾよ。 「…いけるか?」 シェゾの遥か頭上。 ラグナスは、ミノタウロスの力の変化を剣で感じていた。 どんなにふんばっても弾かれるだけだった拳撃が、今は互角に受け止められる。 いや、こちらから踏み込めばむしろ押せる。 「やっと始めたか。シェゾ」 ラグナスは、攻守の交代を感じた。 「せいっ!」 踏み込み、剣を突き出す。 先程より僅かだが動きに緩慢さが出てきたミノタウロスは、岩壁の如き腕のガードを生かせなかった。 雷の様な轟きが響く。 それは、ラグナスの突きがミノタウロスの胸に食い込んだ瞬間だった。 「Bingo!」 だが、ラグナスは瞬間的に身を引き、再び間合いをとる。 このまま押せると思う程、彼の経験は浅くないのだ。 そして、それを証明するかの様にミノタウロスは怒りの咆哮をあげた。泡立つ口元、血の様に輝く瞳が、何かの箍が外れたと言う感じの様子を表す。 胸の傷口が、怒りを代弁するかの様に血を噴出し、次の瞬間に閉じる。傷は跡形も無かった。 「…やっぱ、一撃で殺らないとダメか?」 ラグナスは、悲鳴をあげ始めている自分の体の残り体力と、更に残り少ない魔導力を剣に集中し始める。 そして、彼の足元が微かに揺れ始めたのはそれとほぼ同時だった。 「…お前もなんか、どっかでやっているな」 ラグナスは、自分の事もあるがとりあえず彼の健闘も祈る事にした。シェゾも、頭のどこかで同じ事を祈るは祈っていると、知っているだろうか。 |