第八話 Top 第十話


魔導物語 約束 第九話



  阿吽
 
 ミノタウロスが、口から炎の様な息を吐きながら二人に迫る。
 山が動いているかの如き鈍重、かつ雄々しい動きだった。
 だが、一度攻撃を繰り出せば、それは疾風。
 右手と左手が、まるで別の生物の様にシェゾとラグナスを襲った。
 不気味に伸縮するその腕は、見た目の不気味さと合わさって二人の攻撃の間合いを狂わせる。
「くっ! 出鱈目な奴だ!」
 ラグナスが鋭い動きで攻撃してくる左手をそれ以上に鋭く避けながらぼやく。その動きは残像を生み、まるでラグナスが分身しているみたいに見えた。
「……」
 シェゾも、非常識な軌道で遅いくるその右手を紙一重で避けながら反撃の機会を伺う。
 シェゾの避け方は、自分の意志と言うよりも、まるで拳が起こす風圧で勝手に押されているかの様に危なっかしくも、完璧だった。
 だが、非常識とは、考えや行動が及ばぬから非常識と言う。
「うお!」
 ラグナスが、剣で堪えたものの、避けた筈の正面から拳を受けた。
「ぐ!」
 シェゾも、ラグナスと同じく剣で受け止めたが、横からなぎ倒されるみたいに強力なフックを受け取る。
 隙が無かった。
「…シェゾよ、どうする」
「魔導力は、危険だと思うが…」
 恐らく、ミノタウロスが物理的(十分魔導的だが)攻撃に徹するのは、恐らく自分達に魔導力を使わせてミノタウロスにそれを付与、そして圧倒的優位に立つ為だ。
 相手も、先の戦いで二人が普通でない事は理解している。
 しかもそれを『見た』のはアゾルクラク。
 二度目のそれは危険だ。
 かなり。
 二人は、申し合わせたかの様に奥へ飛び退き、その瞳で敵を見据える。
 一瞬、膠着状態に落ち着くその空間。
 完璧な防御で重なる二つの壁は、アゾルクラクによって生み出された怪物と言えども、おいそれとは障れないのだ。
「ラグナス、方法は二つある」
「一つは?」
「お互いの一撃にありったけの魔導を加えて、完全に殺る事が一つ」
「…リスクがでかいな。もう一つは?」
「アゾルクラクとミノタウロスを『引き離す』事だ」
「それって、一対一って事?」
「ミノタウロス自身は力では百パーセントだが、アゾルクラク、つまりあれは自身の保護とミノタウロスへの力の供給で全力とはいかない。これくらいで、多分いいバランスだと思うが」
「…まあ、総合的にはな」
 ミノタウロスだけを相手にする事は、アゾルクラクが全ての力を奴に注げると言う事。それは、二人にとって良くない。倒せたとしても、当のアゾルクラクはまだ無傷なのだ。
 だが、片方がアゾルクラク(敵自身)を相手にすれば、単体では成立しないミノタウロスへの力の供給と自己防衛、そして自らに襲い掛かる敵に攻撃が割かれる。
 パワーの割合でいけば、確かにこれで彼らの力は半々と言うところになるだろう。
「議論の余地、無いよな」
「ああ」
「で、どっちがどっち?」
「俺がアゾルクラク」
「…そうか」
 不思議と、反論する気は起こらなかった。
 微かな時の停滞の後。
「……」
 何か喋った訳でも、合図を送った訳でもない。シェゾが一呼吸した瞬間、二人は弾いたかの様にして、まったく同時にダッシュした。
 ミノタウロスの視界から、二人が消える。
 次の瞬間、ラグナスはミノタウロスの真下に。シェゾは、ミノタウロスの背後のアゾルクラクに後数メートルの距離まで迫っていた。
「!」
 気合一閃。ラグナスは壁の様に立つミノタウロスの股間から思い切り剣を振り上げた。
 剣戟の鋭さと、弱まったとは言え魔法付与され、切れ味を増したその剣。大木だって切り裂ける。
 だが、渾身の一撃は何にも触る事が出来なかった。
「く…!」
 瞬間、ラグナスはミノタウロスが実体ではないと思い出す。恐らくは同じであろうあの湖で出会ったサーペント同様に、体組織を変化させたのかと思った。
 だが、それは少々早計だった。
 ミノタウロスは、単純に避けたのだ。
 空を切り裂くその剣戟をもってして尚、それを上回る動作で動くミノタウロス。
 空を走らせただけだと言うのに、何かを切り裂いたかの様なするどい風切り音が響く。
 それを避けるミノタウロスはどのような速度で動いたのか。
 単純なバックでこれほど早く動くとは、賞賛に値する。そして、そのリーチが伸縮なしでラグナスから外れる直前、ラグナスの頭上から拳を降らせた。
「!」
 ラグナスもまた、残像すら残らない速さで剣を再び振り上げ、その拳を弾いた。
 その拳は、例え申し訳程度とは言え皮膚である筈なのに、岩を叩いた様な音を立てて軌道をずらし、床にめり込む。
「こいつ…」
 ラグナスは驚き、そして、熱くなる。
「…やばいな」
 直接的な、しかも恐るべき攻撃の応酬に、ラグナスはうっかり高揚感を憶えた。
 
 そんなラグナスの行動と同じ時。
 シェゾの目の前には、今回の最終目的たるアゾルクラクが浮かんでいる。
「……」
 寸分の狂い無く宝石を剣の正面に据える。
 単なる錫杖にして、まるでそれはシェゾとにらみ合っているかの様であった。
 
 空気を切り裂いた様な鋭い音が響く。
 
 シェゾは、まるでそこに立っていたかの様に、アゾルクラクの目の前に現れた。
 手を伸ばせばつかめる距離だ。いや、先ほどの姿勢のままで、空に現れたかの様に跳んだシェゾである。剣の切っ先は、もはやアゾルクラクから一センチと離れてはいなかった。
「りゃあっ!」
 気合と共に、シェゾが渾身の突きを繰り出す。彼が居る場所は空だと言うのに、足を思い切り踏み込んだ様なその突きであった。恐らく、水晶の玉すらヒビ一つ無く貫通する。そんな突きだった。
 だが。
「!?」
 その突きもまた、空を切るに過ぎなかった。流石に今の神技でバランスを崩し、シェゾはその場から六メートルは前に降り立った。
 
 岩を鋼鉄で叩いた様な音がしたのは、シェゾの着地と同時だった。
 
 どこだ? アゾルクラク…。
 シェゾは、目ではなくシックスセンスで策敵する。
 自分の体の四方、収まっている筈の玉座。ミノタウロスの近く。
 どこにも気配は無かった。
 だが居る。
 その直感だけを残して、全ては消失していた。
 シェゾは瞬間的に魔導力の潜在的残量をチェックする。
 一瞬の停滞が彼を支配する。それは、魔導力のチェックだけではない。
「……」
 シェゾは目を開けた。
 
「シェゾ!?」
 ラグナスは、相棒の消失を感じた。
 そして実際、その時彼は既にそこには居なかった。


 
 

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