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魔導物語 約束 第八話



  約束
 
「整理すると、そういう事か」
「そうだな」
「回りくどい事を…」
 二人は、歩きながらお互いを襲った敵に対する大体の結論を出していた。
「まあ、俺達みたいなのが来たのは久し振りなんだろ。逃がしたくないんじゃないのか」
「問題は、それは誰かと言う事だな」
「…そうだな。シェゾ、とりあえず、俺らは多少手の内を明かした。少々、不利な状態になった」
「ハンデさ。くれてやる」
「…ハンデが欲しくなったりしてな」
 ラグナスは笑って言う。今の体調を考えると、半ば冗談ではないのだが…。
 二人を襲った敵は、ある意味ドッペルゲンガーである。
 だが、一般に言うコピーとは質が違う。
 二人の前に現れたのは、二人の力をより引き出させて、その上で能力を、力を奪うと言う奴。完璧に近い能力を付加し、尚且つ相手の力の増大に合わせて底を上げる。
 並みの力ではないどころの騒ぎではない。
 だが、二人の力は異質だった。
 今まで、どれだけの相手をその方法で打ち破り、その力を奪ってきたのかは知らないが、大変な数と言う事は見て取れる。
 両雄並び立たず、の法則により疲れきったところでドッペル側がアゾルクラクによりドーピング。それにより、本物が力を奪われ、倒れる。
 これが常套手段であった。
 が、それらの豊富な力をもってしても二人を倒す事は失敗した。
 二人は、今までの誰よりも中心に近づいていた。
 
 城の中心に近づいているからなのか、何か他の意味でもあるのか、今歩いている廊下はまるで部屋みたいに幅が広く、天上も高い。やがて、非常識に大きな扉が見え、二人はその扉を開けた。
 その先には、更に広い部屋があった。色あせたり、床に落ちたりしているが高級な朱色の布が飾られ、床も真っ直ぐ一直線に絨毯が敷かれている。
 そして、その先にはどうやらこの国の国旗らしきものが壁に縫い付けられていた。
 その国旗の下には、豪華極まりない椅子が一客置かれている。
「王の間、か?」
「かもな」
「でだ、シェゾ」
「ん?」
「二人で出るぞ。ここを」
「ああ」
「約束しろ」
「…約束する」
「よし」
 何故、闇の魔導士の言葉を彼はこうも信じられるのだろう。
 お互いが確認した時、それは起こった。
『よこせ…』
「……」
「シェゾ」
「俺じゃないぜ」
『よこせ…その力…』
「この声は…」
「知り合いか?」
「お前の時は喋らなかったのか?」
「ああ」
「そうか。とりあえず、来るぞ」
「だな」
 二人は構えた。急襲するのは恐るべき敵と分かりつつもこの会話。ある意味、この二人の方が恐ろしい存在だ。
 声の『存在』は、感覚的に上から聞こえた。
 テレパシーでも関係ない。電波に方向がある様に、感覚の鋭い者になると、テレパシーを飛ばした方向が大体解る様になる。
 上から来ると思った。
 だから、足元が留守だった。
「くっ!」
「うおっ!」
 足元の廊下が水みたいに盛り上がった。
 二人は飛び退く。
 重々しく、貴重そうな大理石で敷き詰められた廊下が、砂を吹き飛ばすみたいにあっけなく崩壊する。絨毯も繊維が当の昔に駄目になっていたのか、ぶちぶちと紙みたいに千切れて四散した。
 そこから現れたのは、拳だった。
 だが、スケールが違う。その拳は、それだけで大人より大きかった。握られたら、その手の中で簡単に人が丸ごと圧縮されてしまいそうなその手。そして、それをしたかったかの様に力強く拳は握られていた。
 巨木が岩の地面から生えた。
 そんな光景だった。
 一瞬の停滞。
 拳が、目標を掴みそこなったと解ったその岩の様な拳が、轟音と共に上がり始める。廊下の下から、更に非常識な筋肉を持つ腕が現れ始めた。
「来るぞ、シェゾ」
「ああ」
 二の腕まで上がる。そして、頭が現れ始めた。
 その頭は、頭蓋の両脇に実に見事な角を携えていた。
 頭が完全に現れると同時に、ガラス窓にヒビが入る。それが、嘶いたからだ。
 まるで下からせり上げられているかのように湧き出るその巨体。
 それは、灰色熊が子供に見える様な大きさの、ミノタウロスだった。
「こいつが、元凶?」
「見ろよ。奴の後ろ」
 ラグナスは、埃にまみれた視界の後ろを確認する。
「!」
 それはミノタウロスの後方五メートルに、それを擁護するかの様に浮かび、青く冷たく輝いていた。
「アゾルクラクね」
「本物だよな」
 一般の人間が見れば、不思議に浮遊する錫杖としか見えまい。
 だが、二人にはそれから発せられる波動が風の様に感じられた。
「『奴』は何者だ?」
「さあな。だが、俺の知っているミノタウロスとは随分迫力が違うぜ」
「…そうだな」
 二人は、優しく、悲しいミノタウロスを一人知っている。
 ミノタウロスが咆哮を上げた。
 声と言うより、爆音に近い。
 そして、これもまた飛んで来た様な速さの右ストレートが二人をまとめて襲った。
 二人は、その拳と直角に、正反対方向に離れた。
 二人が立っていた地点に拳がめり込み、枕にでもパンチしているかの様に床がへこむ。
「…シェゾ」
「ああ、『普通』じゃないな」
 それは、無論一般的な意味ではない。ミノタウロスとシェゾ達の距離は、十メートルは優に超えていた。
 なのに、その拳は彼らに届いた。ミノタウロスも、動いてはいない。
 ミノタウロスの後ろのアゾルクラクを、シェゾはちらりと見た。
「…化身、か」
「何故ミノタウロスなんだ? もっと威嚇に適した奴なんていくらでもいるだろう」
 ラグナスがどうでもいい事を疑問に思う。それだけ、まだ余裕があるのだ。
「答は、後ろだ」
「奴らの、か?」
 ラグナスはアゾルクラクとミノタウロスの後ろを注意深く観察する。
 魔物のいる空間の奥は、どうやら玉座の様だ。この国が王制だった頃の国旗が壁に掲げられている。
「…!」
 ラグナスは、理解した。
 国旗に描かれたそれは、ミノタウロスの頭。
 力の象徴として、雄々しく描かれた横顔だった。
「そういう事なのか?」
 ラグナスはシェゾを見た。
「そういう事だろう」
 シェゾは念を押す。
「…だが…」
 彼の『人』に対する苦悶の表情はこれで何度目か。
「ラグナス。人って奴は、『器用』だぜ。野望でも何でも、願いが強ければ大抵の事はやってのける」
「…そうだな」
 ラグナスは、改めてそれを思い知る。
 
 人よ。
 過ちを何度でも繰り返す生物よ。
 いや、それこそが、己の証なのか。
 哀れなる証に生きる生物よ。
 
「ボーっとするなよ」
「ああ。分かっているさ」
 二対の剣が構えられた。
 静と動。氷と炎がその力を合わせる。
 相手は、アゾルクラクではない。
 
 敵は、いつだって『人』なのだ。




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