第二話 Top 第四話


魔導物語 約束 第三話



  古城で遊ぶ童
 
「…最近甘いか?」
 服も乾き、城を探索しながらの一言。
 独り言のつもりだったが、ラグナスには聞こえたようだ。
「何が?」
「…いや」
「いいじゃないか。話せよ。他には誰も居ないぜ」
 楽しんでいるようなラグナス。だが、その言動自体に嫌味は感じない。
「…最近、感情に絆され過ぎてるって言ったんだ。奴の個人的な事情なんて知った事じゃなかった筈だ」
 シェゾは吐き捨てるように言う。
「ま、この依頼を断った後だったらその言葉もカッコよかったかもな」
「……」
 珍しく有利に立つラグナス。
「でも、お前もあの言葉があったからこそサインした。なら、もう愚痴は言うべきじゃなかったな」
「……」
 向こうを見るシェゾ。
「でもよ、シェゾ。お前、気分は悪いのか?」
「……」
 無言のまま、ラグナスを見るシェゾ。
「誰かの為に何かをしたいって、自分で思って行動したなら、それは自分にとって気持ち言い行動の筈だ。なら、悔やむ事じゃ無いだろ?」
「…そうだな」
 シェゾは肩の力を抜いて笑った。
 時々、本当に時々だが、ラグナスの言葉にも救われる事がある。どんな奴にでも言霊の力とは存在するのだと実感する瞬間だ。
 そして、昔どこかで似たような言葉を聞いた気がするのは気のせいだろうか。
 
 同時刻。
「また置いてけぼり食らった…」
 街のギルドの受け付け。
 アルルが、ブラックの前で肩を落としてへこんでいた。
「当たり前でしょーが。あんた、別にギルドに登録してる訳じゃないんだから。第一、ウチも一端の正式なギルドなんだから、学徒を登録するような甘いところじゃないよ」
「でも、シェゾやラグナスだって正式登録してる訳じゃ…」
「シェゾはと・く・べ・つ」
 ラグナスはどうした。
「でも…」
「ほらほら、仕事があるんだからお子様は帰って帰って」
「ぶー」
 アルルは寂しそうに帰ってゆく。
 つまらない事といえばその通りだが、ブラックがアルル達に対して優位に立っている点という意味で、彼女はこの仕事をバイトとは言えどとても気に入っていた。
 仕事を紹介するのも、帰りを待つのも自分なのだと。
 どことなく、旦那を待つ妻みたいで好きだった。
 少々危険を背負わせる仕事ではあるが。
 
「また置いてけぼり食らった…」
 古城。
 ラグナスが肩を落としてへこんでいた。
 正確には置いてけぼりではない。彼だけが取り残された、もっと正確に言えば引き離された、が正しい。
 シェゾがほんの数メートル先を歩いていた。そして、曲がり角を曲がった。
 すると、彼はもう何処にも居なかった。
「…前もこんな事無かったか?」
 ラグナスは一瞬、またエライ厄介事が始まるのかと、表情を曇らせる。
 彼はいつも思う。
 どうしてシェゾと組む仕事ってやつはこう、いつもいつも異様に『大変な』仕事ばかりなのだろう。たまには、普通の『大変な』仕事をやりたいものだ、と。
 
「…どこ行った?」
 シェゾもまた、ラグナスと同じ事を考えていた。
「ま、どっかから沸いて出るだろ」
 シェゾは回廊をずかずかと歩き始めた。
 そして、無防備に歩きながらも思考をめぐらす。
 …この異質な力、多分、アゾルクラクが働いている。『あれ』は、力こそあるが自意識までは持たないはず。とすると、多分…。
 シェゾは、歩きながら体、精神、一通りのセルフチェックを済ませる。何が起きても対処できるように。特に精神のチェックはし過ぎていけないことは無い。何よりも、そのチェックに全てが掛かっている場合が多い。
 精神への攻撃は最も脆く、そして気付きにくいのだ。
 
「…あれは、誰だ?」
 ラグナスは、いつの間にか城の回廊の外側に居た。窓の外には湖が見える。
 もっとも、窓の下は断崖絶壁だったが。
 いつの間にこんな高みに来たのだろう。それ自体もおかしな点だが、とりあえずラグナスの注目は前を、木刀を持って走って遊ぶ少年に見据えられた。
「…まさか?」
 小さいながらも利発そうな表情。真っ直ぐ前を見据える恐れの無い瞳。おもちゃの木刀ながら、ぶれる事無く脇に構えたその隙のなさ。勇者とは、こういう子供がなるのではないだろうか?
 お前が言うな。
 シェゾが隣にいたら、きっとこう言うだろう。
「あれは、俺…?」
 ラグナスは少年を追う。少年は左右にめちゃくちゃに走っているのに、それでいてラグナスからの距離が縮まらない。走れば同じ距離で遠のき、ゆっくり歩けばまた同じ距離を彼が詰める。
 傍から見れば、永遠に続く追いかけっこに見えた。
「…落ち着け。これは幻覚だ。俺があそこにいる訳がない」
 俺は、異世界の住人だ。
 ラグナスはこんな時に思い出さなくてもいいだろう、と少し苦笑した。
 子供は、尚もラグナスの前で遊んでいる。
 ラグナスは、深呼吸すると剣を構えた。
 俺はここにいる。
 そしてぽつりともらす。
「…シェゾ、お前は今、どこにいる?」
 
「何だ? こりゃ」
 そこは白い世界だった。いや、白と言う色すらあるのか分からなかった。
「凝った事をする…」
 シェゾはこう言う結界は嫌いだ。
 好きな奴など中々居ないだろうが、シェゾも精神的に嫌いだった。
 無の世界。
 それは、ある意味シェゾに最も適した世界と言えたから。
 全てが無から生まれ、全てが無に還る。
 どんな時間のサイクルかは分からないが、世界は多分そうして始まった。
 そして、シェゾは『後者』の無に近い筈なのだ。
 同じ無にして、その性質は天地の如く異なる。
 創造から捨てられた存在。
 だが、シェゾは人としてまだそんな感情に慣れるほど強くはなかった。
 そして、だからこそ正直慣れたくもなかった。
 シェゾは溜息をつく。
 諦めではない。退屈しているのだ。
 圧倒的に不利な世界にして恐れを抱く事はしない。
 恐れは、敗北だから。
 シェゾは深呼吸して瞳を閉じた。
 そして、ぽつりともらす。
「…ラグナス、お前は今、どこにいる?」
 
 
 

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