魔導物語 約束 第二話 焚き火の側の談話 「てめえの罠に手を噛まれてちゃ世話無いぜ」 シェゾは髪から雫を滴らせつつ、男の話を思い出して毒づく。 「まあ、確かにその通りだな」 シェゾの機嫌が機嫌だし、どちらかと言えばその原因なのでやや下手のラグナス。 火の加減を見ながら枝をくべる。 「こ、この件は絶対に極秘に、ここの方三人の胸のうちに秘めてくださると、それだけはお約束していただきたい!」 机に頭をこすりつけるようにして嘆願する男。 相当な本気だ。お願いする立場にしてこの強気。命を賭けていると言っていいだろう。 「ま、それは安心して。ギルドってのはお客様の信用で生きてるようなもんだから」 ブラックは誠意には応える。バイトにして、この様な話の場を任されていると言う点でもそれはわかるだろう。 「では、あなた方は…」 男がオドオドと二人の顔を見る。 「仕事主、なら守ってやるぜ」 「そうだな」 男のこわばった顔がかすかに緩む。 「…では、お話します」 つまりは、その国は王制が表向きには崩されたとはいえ、政策の手腕、外国との信頼などはそれでもまだ革命によって出来た政権よりは上だった。 しかし、それでも王の証である錫杖を奪われれば事実上の崩壊であり、国民は例え国が貧しようともそれを望んでいた。それくらい王制は酷かった。 そこで、無論自分達が何をしたと言う証拠を残さないようにして、明け渡した城に禁呪によって召喚した魔物を解き放った。無論、城に人を入れなくする為。 当然その時城にいた側近、革命軍の兵士共々魔物の餌食となった。 そうする事で、自分達が仕掛けたのではなく、何らかの事故で魔物が出没、と言う事になり王族には非はないと言う事になる。 「『自分達』の飯の種を守るために仲間ごと、か…」 ラグナスが眉をしかめる。 「腐ってるな…」 シェゾもあからさまに嫌な顔をする。 ブラックも珍しく表情を表に出して、顔を曇らせていた。 歴史を紡ぐ要因の一つとは言え、政治的謀略と言う忌々しい言葉に踊らされるのは常に民衆。人は群で生きる限りそれからは逃れられないのか。 「その通りです…。それで、その時代はまあ、証が手に入らないと言う事で民衆側が仕方なく折れまして、まずは対外政治的には王族が、法的、その他管轄を解放軍側が、となったのです」 「それで三世紀が過ぎたと…」 「はい。しかし、その間にやはり王族側は廃れてゆきました。民衆が学を学び、やがては王族無くとも対外的政治取引も出来るようになったのです」 「ま、そりゃそうだ」 ラグナスがさも当然、と頷く。次元が変わっても、人の歴史は何処も変わらないと言う、ちょっと寂しい思いも抱きつつ。 「そして、とうとう錫杖の話に行き着き、本当に王族と言う名自体を消滅させるに至る事となったのです。ですが…」 「城は未だ魔物の巣窟」 頭を掻きながらシェゾ 「はい」 「しかも、その原因が王族と悟られてはマズイ」 「そ、そんな事がばれれば、残った王族は女子供まで本気でまとめて縛り首です…」 「三世紀経っても許されない罪を犯すってのもすごいな」 ニヤリと笑うシェゾ。 「……」 男は俯いてしまう。 「で、ですから、これで歴史から汚名を消すためにも、何としてでも錫杖を城から持ち帰り、民衆に謙譲しなくてはならないのです」 「しかし、その錫杖とやらが何故そこまで大切なんだ?」 当然の疑問を投げるラグナス。 「た、ただの錫杖ならばそこまで民衆もこだわりません。実質王制は滅んで久しいですし、そんなものが無くとも既に国は象徴自体を必要としなくなっています」 「なら?」 「その錫杖は、実はマジックアイテムなのです」 「ま、そんなところだろうな」 「へー。そうなんだ。で、どんな?」 「…アゾルクラクがはめ込まれた錫杖なのです」 「Wow!」 ブラックが感嘆する。 「成る程」 「まあ、そういうモノならな…」 二人もその名を聞いてはその執拗さに納得せざるを得ない。 アゾルクラクとはそういうものなのだ。 「な、なので、放って置くという訳にもいかず…」 「アゾルクラクで、悪さしようとか考えてないだろうな?」 「いい、いえいえ!! 決して、決してそのような事は! 毛頭考えてございません!」 男は恐れ多いと言わんばかりに顔と両手を振る。 「あの…、ところで、ここまで聞いて頂けたのでしたら、受けて頂けると考えても、よろしいでしょうか…?」 「どする? シェゾ」 ブラックは簡単に書記を終えてシェゾに聞く。 「…まあ、いいだろう。ラグナス」 「俺は問題ない」 少なくとも裏は取れたので、幾分すっきりした顔のラグナス。 「あ、ありがとうございます! で、では、本当に本当の目的を話させて頂きます」 「本当?」 「この目的は、いたずらに話すわけにはまいりませんでした。そこを分かっていただきたいのですが…」 「話せ」 シェゾはやれやれと言う顔で促す。 「アゾルクラクの発見後は、その錫杖を破壊、もしくはそれが無理なら引き取って封印していただきたい。無論、極秘裏に」 「何!?」 「なんだって!?」 「は?」 三人が同じ顔で驚く。 男の顔はこれまで以上に真剣だった。 「おいおい。お前、言ってる事がかみ合ってないぜ?」 「承知の上です」 「…どういう事だ?」 男は沈痛な顔で続ける。 「…アゾルクラクは、あの力は人が持つものではありません。元凶の王族が言っても説得力が無いでしょうが、例え自由と平和を求めて立ち上がった今の国と言えども、人の心に闇は確実に存在します」 ラグナスは頷く。 シェゾはあたりまえと言う顔をしていた。 「それが民衆に渡れば、間違いなく災いが起こります。責任転嫁とは言いませんが、王族が誤った道に走ったのもその力が関係していると思っています。そもそもあの力は人が操るなどと考える事自体が間違いです。踊らされるだけです」 「それで、俺達にそいつを消せ、と」 「はい。是非、お二人に受けていただきたい」 「しかし、あなた方王族の末裔はどうなる?」 「多分、錫杖が無くなったとあれば僅かに残っている権利も全て剥奪でしょう。これからは貧乏貴族もいいところでしょうな」 「何故だ? 何故そこまでする? 人の心からすれば人民が憎いと言ってもいい筈だ」 シェゾは問う。 「そう。それに、あなたは一体誰だ? 一存でそんな事決めていいのか?」 「申し送れました。わたくし、十八代目頭首のルイと申します」 「は?」 二人が同時に。 ブラックだけは、言っちゃった。と言う顔をしていた。 「…あんた、じゃあ、時が時なら王様、か?」 「王族の中にも革命を起こした人々の血は流れています。私は、危険を伴って民衆に錫杖が、アゾルクラクが渡るよりは、例え私の代で王族としての名が消えうせようとも、これからの国の正常な発展を望みたいのです」 ルイは書面を向いて言った。 「ご立派な事だ」 「恐れ入るな」 その日の夕方、シェゾとラグナスは正式な契約書にサインをした。 |