魔導物語 約束 第一話 ギルドでの厄介事 『少し知っている人』からすれば到底信じられない事だと思うが、実はシェゾとラグナスがペアで仕事をする事は意外に多い。 お互いが極端な属性を得意とし、それぞれが文句なしのエキスパート。故に、その二人が組むと難しい仕事と言うものがない。 だから、二人を『よく知っている人』になる程、彼らにペアで仕事を頼む事は多い。 そしていい迷惑なのが誰でもない本人達。 「つーか俺、別にギルドに正式登録してる訳じゃないんだが…」 「俺、またシェゾとペア扱いな訳?」 お互いが困惑する。 シェゾはそもそも、時折腕試しついでの飯代稼ぎがてらに仕事を探すだけで、常に仕事を募集しているわけではない。 そもそもそんな誰かの下、と言う立場など大っ嫌いだ。 無論、普通ギルドは登録制でありギルドも登録者も信頼を第一としている。シェゾのような例は彼ほどの実力と実績がある上での特例であり、そんな人は大陸中のギルドを見ても数える程しか居ない。 ちなみに、ほんの少しだけ某バイト黒メイドの強い推薦の効果もあったりするのだが。 続いてラグナスもやはり『流れ者』であり、正式登録はしていない。扱い的には完全とはゆかなくともシェゾに順ずる。 しかし、それ故に二人の下には特殊な、かつ当然実入りのいい仕事が舞い込む。しかも結構切羽詰った問題をはらんで。 難度、報酬、そして何よりも本人達の興味。どれを見ても魅力的故に、結局二人はよくペアを組む事となる。 「…で、一体今度の仕事は何なんだ?」 「依頼者来てるから、直接話して」 「…まずは、服を乾かさせてもらう」 「俺は、そこらで薪になりそうなのさがすわ」 二人は、端が見えないような巨大な湖の真中に建つ、これまた巨大な古城にたどり着いたばかりだった。 「まったく、油断したとは言えあんなのに襲われて水浸しとはな…。やっぱり一癖じゃ済まない」 シェゾが憎憎しげに言う。 二人は、ボートで城を目指していた。そのとき、水中からサーペントが突如顔を出し、二人に向かって大口を開いてきた。 「うお!」 「何? 気配なんて無かったぞ?」 シェゾはその出現よりも気配を感じなかった事に驚く。 「落ち着いてる場合か! シェゾ! はやく…」 「早くなんだよ?」 「何でもいいから援護しろっての!」 ラグナスは踏み込みの度に反動がまともに返って来る船上のせいで、威力のある魔法も剣技も使えない。それはもちろんシェゾも同じだ。 「水上でこんなのとまともに戦っても勝ち目無いよな…」 シェゾは水中に両腕を突っ込む。 「ラグナス、ふんばれ」 「あ?」 水中に太陽みたいな爆発が発生した。 「うお!」 反動は水を押し上げ、そこに発生した位置エネルギーに従い、ボートはやや強引に移動を始める。 それはまるで、波に乗って進むサーフボードを連想させた。 「うおおお!!」 手漕ぎであと20分はかかると思われていた距離が、冗談みたいに縮んでゆく。 「まだまだ!」 「わああ!!!」 シェゾは、波が小さくなると再び強引にビッグウェーブを作り出す。 数分して、ボートは古城のある島に飛び込むようにして漂着した。 「こ、殺す気か!!」 「お前と心中してもつまらん。それより、ここまでサービスしたんだから後はお前やれ」 「ん?」 シェゾは水面を指差す。すると、水中からサーペントが滑るようにして現れた。 「まだ追ってくるのか?」 しかし、その迫力こそ僅かも落ちていないが、体はかなり傷ついていた。水中でのエクスプロージョンが多少なりともダメージを与えていたのだ。 「ま、いいか」 今は足は陸についている。 ラグナスは思いっきり地面を蹴る事が出来た。 「もらった!」 羽でも生えてるように跳躍し、睨みつけていた巨大な顔に瞬きの間もなく突っ込むと、そのまま剣が眉間に突き立っていた。 サーペントはびくりと痙攣して、そのまま動かなくなった。 「…あれ?」 ばったりと倒れるかと思っていたラグナスは、サーペントの頭の上で不審になる。 と、いきなりサーペントの形が崩れ、氷のように透き通ったと思ったが早いか、ついさっきまで戦っていたモンスターが水と化した。 砂の様に崩れて、その名の通りシェゾの上に滝となって降りそそいだ。 「…わあああああ!」 ついでにラグナスも降ってきた。 「…っと!!」 かろうじて足から着地するラグナス。 「なんだこりゃ? なあ、シェ…」 立ち上がりながらシェゾ見て、思わず言葉を詰まらせるラグナス」 そこには、濡れ鼠と化して不機嫌なオーラ全開のシェゾが居た。 「この地図を見ていただきたい」 少し小太りの男が、年代物の汚い地図を大層大事そうに取り出す。 ここはギルドの客室。男は、隠密にと言う事で個室を望んだ。いかなる場合も例外なく立ち会いが必要なのでブラックも同席する。普通、バイトにそこまではさせないが。 「…こりゃまた古い地図だ」 感心したようなシェゾ。 「今も使えるのか?」 「位置は今も変わっていません。測量も正確です」 それは、海図と言っていい様な、巨大な湖を中心にした地図。 湖の湖面は直径で11キロに及ぶ。そのほぼ中央に小さな島と、城のマークがあった。 「…それで?」 「この城は、元々は人が住んでいました」 「いつまで?」 「そうですね。三世紀ほど前ですかな」 「…カビでも採ってくんのか?」 皮肉めいた発言のシェゾ。 「いえいえ、あなた方にそのような事は決して…。今回の依頼は、この城の地下倉庫奥、宝物庫にある錫杖を取ってきて頂きたいのです」 「錫杖?」 ラグナスが驚く。 「って事は…」 「は、この城は、我が国の王の城だったのです」 「おいおい、あんたの国は、何世紀も前に王制が廃止されたんじゃなかったのか?」 シェゾが問う。 「はい、そうです。しかし、それでも権力的にはやはりまだまだ強く、縁の力持ちとでも言いましょうか…」 「裏の支配者、だろ」 シェゾが白々しい、と笑って言う。 「シェゾ…」 「ま、まあその辺りはともかく、その錫杖はずっと変わらず権威の証でした。しかし、その、最近になり、やはりそう言った言葉だけの革命など無意味と言う運動が活発化してまして、それで、錫杖を返還する事となったのです…」 「成る程」 「だったらあんたらで、その錫杖をとっとと持ってきて返してやりゃいいじゃないか」 「な、なのですが…。その、先程言いましたように三世紀以上人が入った事が無い古城でして…」 「何故?」 「い、いや、その…色々ありまして…」 「あのな、俺は裏が取れない仕事はしないぜ。王様だろうが神様だろうが、信用できん奴と仕事の成立は無い」 彼は、神とすら取引をすると言うことだろうか。 「それに関しては俺も同じだ。正義の戦士を名乗る以上、不透明な仕事は嫌だね」 ラグナスもオーバーアクションで首を振る。 「で、ですが、こちらにも色々と理由と言うものが…」 「ブラック、帰る」 「俺も」 「そう? じゃ、またね。あんた、この話は無かったって事で」 三人が立ち上がろうとする。 二人はともかく、仲介役である筈のブラックまでこの態度なのだから、男はたまったものではない。 「ああ! まま、まってください! わわ、分かりました! 全てお話します!!」 男は今の数分で五、六年分は老けた気がした。 |