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魔導物語 八百万の神の国 第八話



  茶店 午後2時33分
 
 世に伝説は数あれど、それがいかほどの信憑性を持つかと言われるとその実頷ける様な内容の物は、百に一つもあれば良い方だ。
 まさしく、それだな…。
 シェゾは改めてそう思った。
「…だって、おじちゃん、それしかおしえてくれなかったし…」
 アーちゃんがふにふにと泣いている。
「…なんとかなるさ」
 商人達の情報は正しかった。そして、内容も満足のいくものだった。
 だが、肝心の部分が抜けていた。
 その弓は、複数あったのだ。
 この都市はそもそも弓に関しては国一番を誇るという。
『与一の弓』この名前だけでも、国宝から土産物屋の陳列物までその名を見ない通りは無いと言って良かった。
「そもそも、博物館に飾ってある与一の弓だけでも六本ってのはどういう事だ?」
「わかんない…」
 当然本来は一本の弓の筈なのだが、盗難や紛失、紛失時の闇オークションでの発見等を繰り返すうちにどんどん増えてしまったと言う。
 かくして、年代的、品質的に見てどの鑑定士が見ても区別が付かない六本の与一の弓が展示されるハメになったという訳である。
 半ばヤケとなった博物館は、与一の弓は幾たびかのモデルチェンジをしていたのではないかと新説を出す始末である。
 どうすればいいのやら…。
 シェゾは答えが出るかどうかなど怪しい事極まりない考えを巡らせていた。
 なら、どうせ誰が見ても区別の付かない弓ばかりだ。好きなのにしろ、と言いたいところなのにここまで来るとそういういい加減な事もしたくないのが彼である。
 このあたり、シェゾの性格をそこまで読んだかどうかはともかくとして、サタンの作戦勝ちと言っていいだろう。
 もっとも、それはシェゾを奮起させるだけに過ぎないとも言えるが。
「そもそも、一つ問題と言うか疑問があるんだよな…」
「なにが?」
「いや、それはまず弓を手に入れてから考えようぜ」
「?」
 と言っても、なにから始めればよいのやら…。
 三人は並んで茶店の長椅子に座っていた。
 団子を食うスピードこそ衰えないが、あーちゃんとパノッティのその表情は今ひとつ冴えない。
「もももー。新鮮なお野菜なのー。京ナスがおいしいのー」
 そこへ知った声が聞こえてくる。通りの反対側に、背中の竹籠に野菜を一杯に詰めたもももが売り歩きをしていた。
「……」
 シェゾは行商のもももを目に留める。
 本当にどこにでも居るよな…。
 彼は時々、いっそ背中に数字でも書いて実際の所は何人のもももと会っているのか数えたくなる、と考える事もある。
 と。
 そうだ、奴らが居た。
 第一、そもそもこれみんな予定外の行動だ。
 俺はガキのお守りするために大陸越えてきたんじゃない。
 これ以上手間なんぞかけていられるか。
 …よし。
 シェゾは湯飲みの茶をぐい、と飲み干すとすっくと立ち上がる。
「?」
 二人が、まだ食べ終わってないよ、とシェゾを見る。
「好きなだけ食っていいから待っていろ」
 そしてすたすたと歩き出すと、何気なく歩いていたもももの角をいきなり掴んで言う。
「一寸来い」
「も、もも…?」
 そのままシェゾは道の反対側、建物の影に消える。
「……」
 残された二人は、何となくそれを追わない方がいい気がした。
 
 少しの後。
「もももー! 全員集合なの〜!」
 のんびりと叫びながら(本人にとっては精一杯らしい)、転がる様にしてもももが建物の影から駆けていった。
 それを追うようにしてシェゾもゆっくりと戻ってくる。
「…あの、ナニはなしてたの?」
「いい事だ」
「…ほんと?」
「弓は見つかる」
 シェゾはあっという間に通りの遙か彼方に消えたもももを見て呟くように言う。
 今頃、彼方では化け物博覧会において緊急会議の真っ最中だろう。
 二人も、シェゾの自信ありげな表情に、嬉しそうに瞳を輝かせていた。
 
 次の日。
 宿の丁稚が朝早く、シェゾを起こしに来た。
 半ば眠ったままの頭で何事かと聞くと、もももが下で待っているという。
「…早いな」
 シェゾは、またしてもいつの間にか腹の上で寝こけていた二匹のマグロを静かに布団に寝かすと、浴衣を直して下へ向かった。
「よう」
 シェゾがあくびまじりに言う。
「もももー!」
 そしてもももは、いつもながらの糸目で愛想良く挨拶した。
 二人は座敷に座り、まずは茶を飲んだ。
「で、どうだった?」
「それについては、シェゾさん、どれくらいなら支払っていただけるのー?」
「…ずいぶんストレートだな。そんなに有力な情報なのか?」
 彼らは商魂は逞しいが、決してがめつい訳ではない。
 その時の一時的稼ぎより、長期の安定した儲けを選ぶ場合が多いからだ。
 そしてこれこそが彼らの信用であり、客としても安心出来る信頼の礎の一つだ。
「って言うか、売るのー」
「だから情報をだろ?」
 もももはぷるぷると首、と言うか体を左右に振る。
「お品物なのー」
「…なに?」
 シェゾは思わず顔をしかめる。
「正真正銘、掛け値なしの本物があったのー。『与一の弓』、歴史的一品なのー」
「……」
 流石にこう来るとは思わなかった。
「マジか?」
「マジなのー。本気と書いてマジと読むくらい本気なのー。首賭けるのー」
 彼らの言葉に嘘はない。その言葉に『本気』と言う言葉が入れば尚の事だ。首がどこか、とは聞かないでおくが。
「…ごくろうさん…」
 俺はとりあえず茶を一口飲んだ。
 
 その日の午後。
 シェゾは紺色の絹糸で編まれた布に包まれたとある弓を持って宿に戻る。
 出かける時には、まだ二人とも寝ていたので少々心配だったが、戻って部屋に入ると二人ともまだ寝たままだった。
 いや、部屋の端に空の食器が乗っている盆があるところを見ると、朝食を食べてから一通り騒いでまた寝た、と言うところだろう。
 後で宿の女将に聞いた話では、女将がシェゾの用を起きた二人に伝えるまで、宿中を走り回って大声で俺の名を叫んでいたそうだ。
 シェゾは二人を起こし、服を着替えさせてから話を始める。
「ええーーーっ!」
 第一声はやはり驚きだった。だが、その驚きの声は少々意味が違う。
「それが…よいちのゆみ?」
「ああ」
「なんか、すごいね…」
 パノッティが言いえて妙な感想を述べる。
 たしかにそれはすごかった。まず本体を刳るんだ布の状態ですらそれはうすらでかい。
 そしてそれを厳かに包みから取り出すと、シェゾが持っても大きいそれが現れた。
「アーちゃん、持ってみろ」
「う、うん…」
 アーちゃんの視界を覆いつくすそれはその大きさだけではなく、どこか異様な威圧感を放っている。
 が、この為に彼女は次元を越えて苦労(?)を重ねたのだ。
 とりあえずその弓、与一の弓を、その小さな手に持ってみる事にした。
 シェゾが片手で渡したので重くは無いのかな? とアーちゃんは思ったのだが…。
 彼の手から弓が渡される。
 そして、そのまま彼が手を放した瞬間。
「きゃん!」
 アーちゃんの両手がずしん、と下がった。
「う、うぅんんっ…!」
 これが、唯一問題と思った点だ。
 腰でふんばり、まるで重量上げの途中みたいなポーズでふんばる。自分では必死に持ち上げているつもりだが、弓の片方の端は渡された瞬間に畳の上だ。
「…お…おもおぉいぃぃ!」
 第一声はそれだった。
 そう、こいつに、与一の弓は巨大すぎるのだ。
 パノッティががんばれ! と声援を送るも、次の瞬間にはもう、弓と一緒にしりもちを付くアーちゃん。
「……」
 アーちゃんは何かこう、呆けた様な表情で固まっていた。
「おい?」
 シェゾが一応心配して問う。
「…うごけない…」
 アーちゃんは弓の重さにもう、腰を動かす事も出来なかった。
 いくら踏ん張っても足がじたばたするばかりで、腰を押さえつけた弓はまるで地面に張り付いているみたいに動かない。
「…んー! んーー!!」
「……」
 シェゾとパノッティはとりあえずそれを見ていた。
 が。
「あーーーん! とってとってとってーーーーーー!」
 アーちゃんが泣き出した。
「…はいはい」
 シェゾは弓をどかす。
 少しの間それでも同じ姿勢のままでぼーっとしていたが、まるで目が覚めたみたいにはっとなってしゃべり出す。
「…えー!? あーん、うそー! こんなにおもいのぉーー?」
 それは、アーちゃんからするとまるで、鉄で出来ている物干し竿、と言う感じだった。
 刀にもそういう名のやたら刃の長い業物があるとは聞くが、弓がそうでは使い物にならない。
「引けるか?」
「なにをっ!」
 アーちゃんがヤケになって聞き返す。
 そう、分かり切っている事だ。
 そう言いつつも、アーちゃんは一応弓を引くポーズだけでもとろうとする。
 無論、弓は真横だ。縦に持てるハズがない。
 シェゾが弓を持ち、アーちゃんをフォローしてみる。
 見た目だけで言うなら、アーチェリーと言えなくもない。
 だが、実体はまず握が太くて彼女の短い指が周りきらない。
 そして、中仕掛を掴むともう、これだけで両手を伸ばしきった状態になってしまった。指はかろうじて弦に触れるどころかひらひらと中を舞っている。
 アーちゃんは弓の中で両手を伸ばし、もうそれ以上何も出来ない。
 つまり、腕力云々以前の問題である。
 やはり大きさが違うのだ。
 見れば分かるが、弓の長さは優にアーちゃんの五倍を数える。
 シェゾが手に持っても弦を引ききるのは難しかった。
 そもそも、伝承ではこの弓を持っていた与一と言う人物は、弓を引きすぎて左右の手の長さが変わってしまったと言うくらいだ。
「…いらない、こんなの…」
 アーちゃんはぺたりと座り込んで呟く。
「そうか」
「もう、このゆみでいい! あたし、じぶんでつくるからいいよぉっ!」
 アーちゃんは最初に買ってもらった普通の弓を抱きながらふにふにと拗ねてしまった。
「おじちゃんのウソつき…」
 その怒りは、仮面の阿呆に向けられる。
「……」
 何はともあれ、シェゾの荷は下りた。
 子供と言う、シェゾのアキレス腱を狙ったサタンのたくらみは、こうして崩れた。
 ここから初めて、シェゾの目的を達する事が出来るのだ。
「やれやれ、これでやっと…」
「…でさ、おにいちゃん、つぎは『あたしたち』どこいくの?」
 
 
 

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