第五話 Top 第七話


魔導物語 八百万の神の国 第六話



  アルル宅 午後7時22分
 
「…んっと! 完了!」
 アルルは、大きめのリュックとバッグに詰め込めるだけの服と教材、その他必要な物を詰め込んでいた。
 隣では、どこから持ってきたか巨大なタンスみたいにふんぞりかえったウエディングケーキを食べているカーバンクル。至って上機嫌だ。
「もー我慢できない!」
 対照的にうんざりしながら言うアルル。
 そしてソファーには、真珠の様な純白から琥珀の様な赤まで揃ったウエディングドレスがこれまた山の様に積まれ、着られる事も無く、むなしく放置されていた。
「カーくん! そんなの食べちゃダメだってば!」
「ぐ〜」
 だが、カーバンクルはその指示を拒否する。味はいいらしい。
 だが、その嫌みったらしい常識はずれな大きさといい、ケーキの登頂にそびえる、明らかに実在のモデルが存在する角付き新郎、茶髪の新婦、ついでに黄色い物体が並ぶマジパンといい、アルルは見るのも嫌だった。
「…はあ。も〜、何でボクの家なのにこんな居心地悪いんだよぅ…」
 アルルは改めてがっくりと肩を落とす。
 ふと、カーバンクルをちらりと見たアルルは驚愕した。
「わぁ!」
 ナマモノを放って置く訳にも行かず、カーバンクルの食べ残しをどうしようと考えて振り向いたアルル。
 食べようと言う気は起きなかったので、そもそも困っていたのだ。
 だが、さっきまでそれを食べていたカーバンクルの前には、もう何も無かった。
「ぐぅ〜!」
 そのケーキがあったと言う名残は、満足そうにしているカーバンクルの口の周りの白いクリームだけ。
 なんとカーバンクルは、アルルが少々考え事をしてる間に、重量で言うならば大人一人分はあったであろうケーキを、食べ初めからわずか十数分で平らげてしまっていた。
「…た、食べちゃったの?」
「ぐ〜!」
 実に満足そうなカーバンクル。
「ま、まあ、これでゴミ問題は片付いたし…。カーくん、行くよ」
 大陸でも三本指に入るパティシエ作だが、あっさりゴミ扱いされた哀れなケーキは黄色いナマモノの腹で泣いていた。
 アルルは気を取り直してカーバンクルを促す。
 無いとなると、一口くらいは食べても良かったかな? と思ってなくも無かった。
 カーバンクルは、食べた質量が何処へ行ったのかと言う疑問を残しつつも、いつも通りの身の軽さでアルルの肩にとまった。
「さて」
 アルルは、サタンが最も苦手とする(アルルも割とそうだが)青髪の友人の元へと向かって歩き出す。
 用心の為、わざわざドアに張り紙を残して。
『ルルーの所に居ます。ご用のある方はそちらまで』
 これで、暫くは平穏な時間を過ごせるだろう。
「もぉ…大変な旅だって事は分かっているけどさぁ…早く帰ってこーい!」
 アルルは、晴天の空に叫ぶ。
 遠く離れた空の下、求められた彼は、どっこいハードな戦いに明け暮れるどころか、お荷物二人を連れて、親子みたいに歩いている事実を知る由は無かった。
 
 また、荷物が増えた…。
「ねえねえ、あのキツネさんのおめんほしいのー!」
「いい加減にしろっ!」
 大きな街である。そもそも旅に出た理由を思い出し、街の社を見てみようと思ったのが間違いだった。
 そこは、たまたま祭りの真っ最中。空に響く太鼓と笛の音と来れば、パノッティは勿論アーちゃんも黙っている筈が無かった。
 そして、シェゾがそんな子供二人のパワーに抗える筈も。
 わたあめ、焼きソバ、リンゴ飴に今川焼き。そして射的に輪投げ、おみくじ、大道芸に、見世物小屋。
 二人は子供特有のすばしっこさで走り回った。
 シェゾは迷子にさせない様、視界ギリギリに二人を収めてやれやれ、とラムネを飲む。
「…俺、観光に来たんじゃないんだがな…」
「おにいちゃーん! きんぎょすくいー!」
「取ってどうする! 見るだけにしとけ!」
「えー、つまんなーい。ねーパノちゃん」
「ねー」
 そう言いつつも、大人しく赤や黒の金魚、亀を見ている二人だった。
 が、一分としないうちに飽き、再び騒ぎ出す。
「おにいちゃん、やきイカたべたーい」
「ボクもー!」
 …仕事が出来ん。
 シェゾは、早急に現状を打破する方法を考える必要があった。
「あー! わたあめー!」
「わーっ! しゃてきだーっ!」
「……」
 祭太鼓は紺色に染まり始めた空に賑々しく木霊し続けていた。
 
 その夜。シェゾはアーちゃんから例の『地図』を渡してもらった。
 自分では正直目的の場所に辿り着けるかどうか分からないが、これを正確に読み取ってくれそうな心当たりがある。
 二人は時間にして九時も過ぎると、さっきまで子犬みたいにきゃんきゃん遊んでいたのが嘘みたいに寝てしまった。
 放っておいても良かったが、元からゆるゆるだった寝巻きは今やその原形をとどめず、二人とも腹丸出しで寝ているのでそれがどうにも我慢出来ず、仕方無しに着物を正してから二人を布団に押し込み、起きないのを確認してから外に出た。
 
 子供の寝乱れた寝巻きを丁寧に直して、そっと布団に寝かせる闇の魔導士。
 
 知っている人が見れば、後を恐れず大笑いするか、そのまま心臓麻痺を起こすかのどちらかと言う光景だった。
 
 深夜の街。
 祭りはとうの昔に終わり、出店も明日に備えて片づけられ、静まっている。
 境内を進み、シェゾは神社の社までやってきた。
 すると、そこには灯りがついている。社内の一角、灯りと共に、なにやら話し声も聞こえた。
 シェゾは引き戸を開け、中に入る。
「もももー!」
「ふふふ…」
「いらっしゃりーの」
 そこは、ぱっと見では妖怪の大宴会。
 知る人が見れば、モンスターの博覧会だった。
 そしてその実体は、商人達の情報交換をかねた酒盛りの場。
 祭に店を出した商人達は、こうやって祭りの後には皆で酒盛りをする習性みたいなものを持っていたのだ。
 そう、神社の一角で、もももやふふふ、のほほにパキスタ、パララによよよと言う蒼々たると言うか戦々恐々たるメンバーが、仕事後の打ち上げを行っていたのである。
 その光景は、正直異様の一言に尽きる。
 あんどんに照らされた室内。その明かりを受け、異様なシルエットを浮かべて並ぶ商人御一行様。
 そこらの子供なら反射的に泣きだす事請け合いの光景だった。
「よう」
 シェゾは奇怪なシルエットの並ぶ宴会の輪に加わる。
 客商売を生業としているし、元より人当たりの良い連中である。
 招かれこそすれ、拒否される事は無かった。
「もももー」
 すかさずシェゾの手に升が持たされ、なみなみと透明な酒が注がれた。
「ぼくたちの宴会のやり方を知っているとは、お客さんやっぱり通なのー」
「あなた、この人知っているのね…」
 ふふふが不気味な声で、もももに問う
「昼にもお店で色々買ってくれたのー。たくさん勉強しちゃったのー」
「もももに勉強させるとは、ただものじゃないなり〜の」
 パキスタも、手をうにうにさせながら言う。
「それはいいから聞いてくれないか? 商売したい」
「時間外だけどおーけーなのー」
 商売と聞けば決してノーとは言わない連中である。
「ただ、それは品物じゃない。あんた達の知識で商いをしたい」
「何なのー?」
 シェゾは地図を取り出し、みんなの前に広げた。
「この場所と、そこに関する情報を売ってくれ」
 地図が出された途端、商人達の目が輝く。
 彼らにとって商売とは命の糧であり、趣味であり、探求すべき人生の課題なのだ。
「お客さん、明日一日欲しいのー」
「任せた」
 シェゾはそれだけ言うと、地図をそのままにして何の確認も、何の約束もせずに社を後にした。
 土地が変わろうと、初対面であろうと、彼ら『商人』の信頼は絶対。
 それを破った時、彼らの存在価値は無くなると言っても過言ではないのだ。
 シェゾが去った後、彼らは外見に似合わぬ知的な会話を夜更けまで繰り返していた。




第五話 Top 第七話