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魔導物語 八百万の神の国 第五話



  茶屋 午後5時26分
 
「おいしー!」
 パノッティはさっきから醤油団子四本と餡子餅二つ、さらにずんだ餅を頬張っている。
「…腹こわすぞ」
「だっておいしーもん!」
 いつの間にか、パノッティもすっかりシェゾに打ち解けている。
 子供は、心を許していい人とそうでない人の区別にかけては一流なのだ。
 当のシェゾは、子供は誰にでも馴染み易いからだとしか思っていないが。
「これもおいひーよ」
 アーちゃんも再びお汁粉を食べている。
「お前ら、よく食うぜ…」
 シェゾは、先程から茶を飲んでいるだけだ。
 甘いものが特別好きではないし、周りでこうもがつがつ食べられると、それだけで口の中が甘ったるくなる気がした。
「「だってー、おいしーもん!」」
 今度は二人がハモって言った。そんな偶然に、アーちゃんとパノッティは顔を見合わせて笑う。
 少しして、ようやく食べ終わった二人。シェゾは、やっと腰をあげる事が出来た。
「もう行くぞ…」
「うん!」
 二人は、口をおしぼりでごしごしと拭きながら、シェゾの後に続く。それは、まるで鴨の親子の行進だった。
 そこへ、筆の様な白髭を蓄えた初老の店主が出てきた。
「もし、お客さん。宜しければ、これをお持ち下さい」
「ん?」
 シェゾは振り向く。
 見ると、店主は紐で縛った粽を四つ持っている。
「…買えってか?」
「いえいえ、そこのお子様方にです」
「わーい!」
「やったぁ!」
 アーちゃん達は大喜びだ。
「…まあ、くれるなら、別にいいが」
 シェゾは粽を受け取った。まだ暖かいそれは、出来て少ししか経っていないらしい。
「ウチの名物です。今度は是非、奥さんと一家でいらっしゃってください」
 楽しそうな顔で笑う店主。
「……」
 俺は絶句した。
 この爺、あろう事か足元でキャンキャンはしゃぐ二匹を、俺の子供と思っているのか?
「あ、あのな、こいつら、人じゃ…」
「ええ。ですが、そういう方もいらっしゃいますので」
「……」
 俺はよっぽど何か言ってやろうと思ったが、主人のその目を見るとその気が削がれた。
「…考えておく」
 それだけ何とか言うと、シェゾは歩き出す。
「まだどうそ」
「ばいばいおじいちゃーん!」
「ありがとー!」
 手をぶんぶん振り回す二人。店主も小さく手を振り返す。
 老人と子供は、どこの世界でも種族に関係なく相性がいいらしい。
 
 店が見えなくなった辺りで、シェゾは改めて考えてみた。
 足元では、二人が他愛のない遊びに興じながらついてくる。
 いくら子供とは言え、魔に属する奴を連れても気にしない奴ら…。
 あまつさえ、親子だと思って対応する奴すらいる…。
 魔族とのハーフは、自分の大陸にも居ない訳ではない。だが、ここまでオープンな扱いは無論稀だ。
 ハーフではなくとも、元から人に近い姿を持つだけでも、そいつらを必要以上に毛嫌いする奴は幾らでもいる。本当にハーフとなればその嫌悪感は跳ね上がる。
 ハーピーやドラコ、セリリは勿論、生活には欠かせないと言っていい商人連中すら嫌う人間だって幾らでもいるのだ。
 シェゾやアルルらが住む町は、一種の特例と言える。
 サタンが別荘を持つのは、だからだろうか? それとも、だからこそ、そこは特別なのだろうか?
「…面白い国だ」
 闇すら信仰する国。
 シェゾは、改めてこの世界、この国に興味を覚えた。
「そうだ。パノちゃん、あれ、あった?」
「うん、あったよ」
「……」
 そう言えば、パノッティは探しものをしていたとアーちゃんは言った。
「探しものって、なんだ?」
「ふえ!」
 パノッティは懐から笛を取り出して掲げた。
 それは和笛。
「あのね、うすずみのふえっていうの」
「なんか、大層な名前だな」
 その笛は、子供の持つ笛にしては大振りで、重量感もある。だが、手に持った姿は、とてもしっくりきていた。
 名器、と言うに相応しい姿だった。
「…薄墨の笛か。きっと、いい職人といい持ち手が扱っていたんだな」
 シェゾは、どこか威厳のある笛にしんみりするが…。
「…待て。そんなもの、どこから持ってきた?」
「あのね、ぼく、アーちゃんときたのは、アーちゃんのおてつだいするのと、おじちゃんがいいふえもあるよっていったからなんだ。でね、ばしょおしえてくれて、ぼくがさがしていたの」
「…その場所って?」
「えっとね、よくわかんないけど、『きゅうちゅうのがっきこ』だって」
「…宮中の楽器庫、ね」
「おもてからいったらおいだされたからさ、うらからこっそりいったらカンタンだったよ!」
「そうか…」
 まあいい。それはどうでもいいことだ。
 正直、ホッとした。
 只でさえ、アーちゃんの探しものと言うやっかいが増えているのだ。万が一、パノッティのそれまで追加されてはたまらない。
「そうだ、おにいちゃん、このふえ、ふいてみようか? すっごくいいおとがするとおもうんだ」
 パノッティは、意気揚揚と問い掛ける。
 笛好きだけあり、それなりに笛に五月蝿いのだ。
「…いや、ここではいい。さっさと仕舞え」
「えー!? なんでー! まさか、ボクのふえがヘタとかおもっているんだなー! そんなの、みみがくさっているからだーい!」
 憤慨するパノッティ。
「違う。少なくとも、宿に入ってからか、街の外で吹いてくれ。役人とかが居ないところでな」
「…やくにん? なんで?」
「……」
 どうもこいつ、そこらに置いてあるものは拾ったら自分の物らしい。
「…大事な笛だ。あんまり見せびらかすと狙われるぞ」
「あ、そっか。ボクのふえ、とられたらたいへんだもんね!」
「…そうだな」
 まあ、機会があったらいずれ躾るとしよう。
「そう言えば。おい、アーちゃん」
「んー?」
 いつの間にやら、そこらの足の長い草を持って遊んでいるアーちゃん。
「お前の探している弓の名前とかって、知っているのか?」
「あ、んーとねぇ、『よいちのゆみ』だって」
 
 
 

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