第三話 Top 第五話


魔導物語 八百万の神の国 第四話



  石畳の街道  午後4時22分
 
 アーちゃんは、怯えながら聞く。
 だが、その質問はやや(かなり)的を得ていない。
「いじめられたのはこっちかと思ったが? けっこう恐かったぞ」
 俺は毛先程も感じていない嘘をとりあえず言ってみた。
「それか、人違いだろ?」
「まちがえないやい! おにいちゃんシェゾでしょ!」
「だからなんで…」
「おにいちゃんのせいだい!」
「何の事…シェゾ?」
 俺は一瞬遅れて不可解な謎に気付いた。
「おい、何故俺の名前を知っている?」
 すると、アーちゃんは泣き顔を膨れさせて非難した。
「ひどい! わすれてるぅ!」
 いや、俺はそもそもこの大陸に知り合いなんぞ居ないのだが…。
「お兄ちゃんのせいであたし、酷い目にあったんだい!」
 …何の事だ?
「これ!」
 まだ気付かないのか、とアーちゃんは弓矢を突き出す。
「立派な弓だ」
 膠と漆で塗り固めた見事な竹弓。
 弓も同様に、芯に寸分の狂いも無い上等な竹矢。中々の高級品だろう。
 だが。
「そう言えば…」
「わかった?」
 アーちゃんは和弓なんて持っていない。オリジナルの洋弓モドキだ。
「自分の弓はどうした?」
「だからー! おにいちゃんにとられたの! あのとき!!」
「…あのとき…? ん!? お前、あの時の!?」
 
 シェゾは、前にあった出来事を思い出した。
 前に、とある地下遺跡でラグナスと一緒に暴れた事がある。
 その時、敵のボスから戦う為の条件を出された。奴は、今目の前にいるアーちゃんを召喚して、そいつを倒せたら、戦ってやる、と言って来たのだ。
 俺たちは別の意味で困惑した。
 無力極まりないアーちゃんに手を出すなど、出来なかったからだ。
 それで、おれは最終的にこいつを魔界にぶん投げて戦闘不能、と言う状態にして、なんとか事無きを得た。
 
 こいつは、その時のアーちゃんだ。
「…だが、なんでお前がここにいる? 俺は魔界に送り飛ばしたんだぞ?」
「うー…」
 その言葉になにを思い出したのか、またうるうると泣き始める。
「…とにかく、ちょっと来い。いじめてるみたいだ」
「いじめたもん…いじめたもん…」
 アーちゃんは差し出した俺の手を握りつつも、泣きながら不平をうだうだと言う。
 近くの茶屋に向かう途中で俺は思った。
 こんなところまで来れば、知り合いなんて流石にいないと思ったんだがな…。
 彼はなかなか一人旅をさせてはもらえないようだ。
 
 
 
  茶屋 午後4時38分
 
「…何だかな、奴は…」
 俺達が立ち寄った茶屋。
 目の前でぱくぱくとこしあん団子を頬張っているアーちゃんが言った話を要約するとこうだ。
 魔界に帰されたアーちゃんは、仲間に最初は馬鹿にされたそうだ。弓矢をなくした、と。一応アーちゃん達にとって弓矢はシンボル的なもの。ウイッチの箒と言えば分かり易いだろう。
 それで、なんとか新しい、しかもよりいい弓を作ろうと頑張ったのだが、手作りではタカが知れている。しかも、馴染んだ弓よりいいものが作れる自信は無かった。
 そこで、有名な弓を探そう、と思ったそうだ。
 そこへ…。
 
「ならば、ちょっと変わった弓を探してみないか?」
「へ?」
 アーちゃんの前に現れたのは、おかしな面を被った角と羽の生えたオヤジ。
「とある大陸には、和弓と呼ばれる素晴らしい弓がある。それを手に入れれば、きっと見返せるぞ?」
「…ホント? おじちゃん、それ、どこにあるの?」
「おじ…。んん、ゴホン、『おにいちゃん』が教えて、いや、連れて行ってあげよう」
「でも、おじちゃん、ホントに見つかる?」
 アーちゃんは小鳥みたいに首をかしげて質問する。
「心配無用。『おにいちゃん』はそこに送ったら帰るけど、ちゃんと代わりにそこから手伝ってくれるシェゾのくそった…いや、『おじさん』がいるからね」
「…だれって!?」
「シェゾって言うんだ」
「…シェゾ!?」
 アーちゃんが慌てる。
「だって、あのおにいちゃんに、あたしゆみを…」
「だから、代わりに思いっきりわがまま言っていいんだよ?」
 口をぱくぱくさせるアーちゃん。
「…わかった。あのお兄ちゃんのせいだもん。あたし、手伝ってもらう。ぜったいにはなれないもん!」
「そうそう」
 仮面の男はにやりと面の下で笑う。
「ありがとう、おじちゃん!」
「…は、ははは…。なんであっちはお兄ちゃんかな…」
 仮面の下の顔が痙攣するようにヒクついているのを、アーちゃんが知る由は無かった。
 
 そして、この大陸につれて来られてから『おじちゃん』に、最初の弓だけは買ってもらった。その後、俺を待って居たのだと。
 最初のあれは、どうしてもちょっとくらい驚かさないと自分の気がすまないと思ってやった事らしい。子供らしい意地だ。
 もっとも、返り討ちに遭って泣いただけだったが。
「で、それを聞いてここに来たのは?」
「えと、いち、にい…ろくにちまえ!」
「……」
 俺が出航した日?
 何となく嫌な予想はしたのだが、この時シェゾが出航した直後のアルルの元へサタンが来て、さんざんデートに誘った後にシェゾの動向を聞いて、やっと帰って行ったと言う事実を知る由は無かった。
 少しして、アーちゃんはお茶を飲み終えた。両手で抱えたお茶茶碗はアーちゃんの顔を隠してしまいそうだった。
「ぷは。じゃあさ、お兄ちゃん、あたしの弓さがし、てつだってね!」
 にこにことしているアーちゃん。
「…自由な旅の筈だったんだが…」
 頬張った草もちが、何故かほろ苦く感じた。
 シェゾの左腕の布が、なにかせわしなくそよ風に揺れる。
「……」
 まさか、幼児に妬き餅と言う訳でもあるまいに…。
 そういう事が無い、とは言い切れない彼女に、シェゾは一人で苦笑する。
「?」
 アーちゃんは、こぼれそうな瞳でシェゾを見上げた。
「なんでもない。で、宛はあるのか?」
「うん!」
 アーちゃんは背中の小さなナップサックから地図を取り出した。
「これ、おじちゃんからもらった地図。ここにね、情報があるって」
「…情報? そこにあるんじゃないのか?」
 シェゾは、地図を受け取って見た。
「…なんだ? これ…」
 その地図はかなり独特な描き方だった。ふざけている様な太い線、しかもゆらゆらだ。そこに、メモ書きみたいな線で道が示され、しかも字は縦に並んでいる上にはっきり言って読めない。
 さらに、パースも何もあったもんじゃない。
「なぁ、なんだ? これ」
「だからこまってたの。ぜんぜんわかんないもん」
「…だろうな」
 俺は、下手をすれば上も下も分からない地図を睨みながら言った。
 
 余談だが、この国(世界)において正確な『地図』と言うものが造られるのは、後に隠居した後に測量を学んだ、とある人物が生まれるまでお預けだったと言う。
 
「そだ!」
 アーちゃんは、もみじみたいな手をぱん、と叩いた。
「あのね、パノちゃんが探しものに行っているの。もう帰ってくると思うんだけど」
「パノちゃん?」
「だから、もどろ」
 アーちゃんは茶屋から、元来た道を走り出した。
 シェゾとアーちゃんが出会った並木道。
 そこから、笛の音が聞こえていた。
「…まさか」
 シェゾは、あからさまな嫌な予感を膨らませる。
「パノちゃん!」
「アーちゃん!」
 声の先にいたのはパノッティ。二人は、手に手を取ってキャーキャー言っている。
「アーちゃん、どこいってたの? さがしちゃったよ」
 パノッティは、いつでも笑っている様な目で聞く。
「ごめんね、おにいちゃんみつかったから、おはなししてたの」
 手と手を握り合い、アーちゃんも笑って言う。
「そっか、みつかったんだ。よかったね!」
「うん! あ、そうだ、あたし、おだんごたべたの。パノちゃんもたべる?」
「…おい」
 一応割り込もうとする。
「うん! ボクもたべるー!」
「おにいちゃん、いこ!」
「……」
 彼に選択肢は与えられなかった。
 と、そこまで言ってから、パノはやっとシェゾを見た。
「…わ!」
 パノッティは、シェゾの背の高さと、その恰好が黒ずくめなのでちょっと驚く。
 アーちゃんも、とんがり帽子を含めてやっとシェゾの腰であり、帽子の無いパノッティにいたっては膝の上あたりまでしかない。
 そんな大きくて黒ずくめの男が目の前に仁王立ちとなれば、恐怖感も沸くであろう。
「ん?」
 アーちゃんは既に慣れている。
「…ボ、ボク…」
「あ、だいじょうぶ! おにいちゃんやさしいよ」
「そ…そう?」
 パノッティはちらりとシェゾの目を見る。
「……」
 どうしろってんだ?
 シェゾは、とりあえず腰を落として目線を合わせる。
「…えーと…。まあ、別に危害を加える気はない。…安心しろ」
 シェゾにしては精一杯の優しい言葉のつもりだが、パノッティはその鋭い目にやはり臆する。声にしても、押さえたのでトーンが下がってしまい、むしろドスがきいてしまった。
「…わあ…」
 パノッティは、怯えてアーちゃんにしがみ付く。
「あーあ。おにいちゃんわるいんだ。こわがらせてるー」
 アーちゃんは、パノッティをなだめながら俺を非難する。
「…俺のせいかよ」
 シェゾは、やれやれ、と頭を掻いた。
 
 
 

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