魔導物語 八百万の神の国 第三話 ダンノーラ 港 午後3時25分 六日後、定時より半刻ほど遅れて船は港に着いた。 太陽は丁度頭の真上にある。 この地方はまだ風が冷たく、この分だと山や森の奥に入るとなると多分防寒着が必要だろう。 「…さて、と」 俺は暫くぶりの地面の感触を確かめると、思いっきり背伸びした。 踏んでも軋まない地面ってのはやはりいいものだ。 俺は早速街の道具屋を探して歩き出した。 この街は、まったく初めての場所だというのに何故か何処かしら懐かしい様な感覚を湧き起こさせる。 土と藁で固めた壁、信じられない事に、紙を使って作られた窓や扉がこれでもかと並ぶ家屋や商店。 そこの人々も一瞬バスローブでも着て歩いているのかと疑いたくなる様な服で通りを練り歩いている。キモノと言うそうだ。 一見ローテクもいいところだが、それを見ていると何故かそんな陳腐な問題ではない様な気にさせられる。 不思議な国だ。 改めて俺はそう思った。 そして、そんな歳でもない筈だが、知らない街を散策するというのはどこか胸踊る楽しさがあって好きだ。こんな街では尚の事。 そして、街で数件の道具屋を見つける。 俺は道具屋を梯子して周る事にする。 俺は一件目の店の暖簾をくぐった。 「いらっしゃいなのー」 そこには、とてもなじみのある顔が居た。 「…会うのは、初めてだよな?」 「そうなのー」 世界中にもももやふふふ、のほほやパキスタ、パララと言った商人関係の連中はいる。 そういう風にして生きている種族だからな。 そして奴らの商魂は並じゃない。 千年は超える昔らしいが、魔界の次元が何かの拍子に開いた事があったそうだ。その時、奴らは恐れるどころか、新しい顧客を掴むチャンスと、我先に飛び込んだらしい。そして、その時の奴らの祖先たる亜種は、今に至るまで魔界で立派に行商をしているくらいだ。 この程度の遠隔地になら、幾らでも進出している。 それはいい。 それはいいのだが、奴らは見た目に違いが分からなくて困る。 こいつら、分裂して増えるなんて噂もあるくらいだからな。 「…魔導酒と、ポーションを見せてくれ。あと、魔法付与された防具はあるか?」 「いろいろあるのー」 俺はナップサックに買った道具を詰め、防具については少々押し問答をして店の奥から属性軽減作用のある腕輪を手に入れた。 奴らは、風貌は妖しさ爆裂だが物流ルートは本物だ。お陰で、上手くやればこういったレア物のアイテムも手に入る。 「お客さん、買い方が慣れているのー。これ以上勉強できないのー」 負けさせ方に同じ手が通用するのも不思議だ。 「でも、たくさん買ってくれたからまた来て欲しいのー」 そう言って、もももはおまけにラッキョウをくれた。 …いや、おまけはいいけどよ、もうちょっと、こう…。 仕方なく、彼は道を歩きながらラッキョウを食べてしまう。 だが、こうなると逆に本体が食べたくなる。 こんな所まで来てあれを食いたくなるとは…。 自粛しろ、と思いつつ目で店を探す自分が恨めしい。 そして、シェゾはカレーは見つけられなかったが代わりに面白いものを発見する。 カレーうどん。 その新しい食感、味に彼は賞賛を送った。おかげで一つ、土産が決まった。 「さて、後は…」 満足して店を出てから街をながめつつ、シェゾは滞在するための宿屋を探す。 今回の冒険は長そうだから。 街外れの街道 午後4時3分 この国は何かと興味の湧くものが多い。 武器一つとってもおおよそ俺の国じゃみられない形のものがある。 ウインドウショッピングのつもりだったが、どうにも興味が湧いてしまった。 俺は、陳列した剣(ここではカタナと言うらしい)の中から、ワキザシってやつを試しに買ってみた。少々刀身は重いが、切れ味はいいと言う。 店を出てしばらく経ち、人気の無い、石畳の並木道に出た。 「どれ…」 俺は、ワキザシを構えると側の木立に目標を決める。 「ふん!」 上段から振り下ろしたその軌道は、決して細くはない枝を、滑るように貫通した。 ばさり、と枝が落ちる。 「…成る程」 俺はその切れ味に満足した。 きっと役に立つだろう。 俺は歩き出す。 歩く分にはのどかな道だった。そんな道で。 「!」 俺は気を感じた。 「…どこだ?」 ふと周りを見渡すが、誰も居ない。 「……」 僅かな静寂の後。 風を切る音を引き連れて、それは飛んできた。 「!」 上だ。 シェゾは跳ぶ様に後ずさりながら、天を仰ぎ見る。 同時に。 太陽を背にして、それは落ちてきた。 「!」 だが、シェゾはもうそれ以上動かなかった。 『それ』は、ややシェゾを外して落ちてきたから。 ビシ! 石畳の間の土に、上手い具合に矢が食い込んだ。 「……」 随分面白い事をする。 俺は鼻で笑った。 普通、当てようとするなら直線で狙う。 当たり前だ。 だが、この弓矢は放物線を描いて落ちてきた。 外したのか、外れたのかは別として、実に面白い。 これも、俺が変わっていると思われる原因かも知れないが、定石を無視した行動をする奴はとても好きだ。 今の攻撃を仕掛けた奴はどこだ? 俺は好奇の目で周りを見渡した。 「どこだ? もっと俺を楽しませてくれないのか?」 俺は唄う様にして叫んだ。 がさり! と、俺から見て4時くらいの方向、林の中の茂みが動いた。 「……」 俺は自分の口元が緩むのが分かった。 ずい、と先程の脇差も剥き身のまま歩き出す。 あんな面白い事をするヤツだ。つぎは、どんな事をしてくれる? 俺は好奇心で満ち溢れていた。 しかし。 「!」 今度は、茂みの中から直線的な矢が飛んできた。 しかも、顔から三十センチは離れた位置に。 「…?」 ここから茂みまでは既に二十メートルを切っている。 さっきの様な大道芸が出来る腕なら、わざとでもなくては外すとは思えない。 つまり、わざとなのか? その理由は? 俺は、さっきとは別の意味でますます興味が湧いた。 距離は十メートルを切る。 茂みは沈黙したままだ。 「……」 俺は、脇差を振り上げてみた。 これも、普通はやらない行動だ。 相手がどう構えているか分からないのに、己の腹を無防備にする。 普通なら、愚行の一言で終わりだ。 だが、全てを承知の上で構える。 シールドを張る事すらしない。 予備動作だけでもすれば、シェゾならそれだけでもそこらの物理、精神的攻撃など充分に跳ね返せる。実に正確に、相手に返せる。 だが、シェゾは一切の魔導力を放出しない。 茂みまで、もう五メートルを切っていた。 握りを直す。 チャキ、と鋼が鳴った。 「わああ!」 と、茂みからそれは飛び出た。 思いっきり俺に背を向け、一目散に逃げ出す。脱兎とは正にこの事だろう。 そして、一秒とせず正面の木にぶつかってこけた。 前も見ないで走ったようだ。 「……」 俺は気が抜けた。 「アーちゃん?」 頭を押さえてうずくまる小さなそれは、たしかにそうだった。 「いたぁい…」 おでこをさすりながらふにふにしていたが、自分に掛かる影に気付いてアーちゃんは恐る恐る振り向く。 その目には、こぼれんばかりの涙と避難が込められていた。 「…また、いじめるの…?」 「あ?」 |