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魔導物語 妬きもち焼きと世話焼きはどちらが苦労するか 第七話



  バブ・イル 午後4時39分
 
「それもそうだが、ところで…」
 ラグナスがシェゾに声を掛ける。
「何だ」
 ラグナスは、背中のウイッチを促した。
「…あ、あの…」
 じつに決まりの悪そうなウイッチがおずおずと前に出る。
「…ウイッチ。待っていろと言っただろう」
 シェゾは大きく息を吐いてやれやれ、と問う。
「…ごめんなさい。わたくし、最初は、最初は待っていようと思ったんです。シェゾが、待てって言ったから、待とうと思っていたんです…」
「何故、方針を変えた?」
「…お二人と、会ったからですわ」
「……」
「そこで、俺達が何故ここにいるのか、と言う点に繋がる」
 ラグナスが言う。
「そうだな。話せ」
「次元壁だ」
「……」
「お前も見ているだろう? この先にある次元壁を」
「ああ」
「あれは、ある時期を除いてまったく別の場所へ繋がる扉だ。俺達は、本当はジグラットの上に通じる筈の道へ進む筈だった。が、時期を間違えたんでここに来ちまったのさ」
「バブ・イルとジグラットが繋がった訳か」
「ああ。もしかしたら、そういう風に造っているのかも知れん。そして、俺達が来たのは昨日の明け方だ。一気に終わらせようとしたら、このザマって訳だ」
「お前ら、昨日から来ていたのか?」
「ああ。幸い、街に行けたから色々助かったよ。手持ちは尽きかけていたからな」
「…どう言う使い方すると、あの大荷物を数日で消化出来る?」
「聞くな」
 ラグナスは諭す様に言う。
「…で、改めて向こうに帰る為にこうして俺達はやって来たって訳だ。追試は終わっていないからな」
 つまり、こいつらは昨日次元壁を使ってこの塔に来た(飛ばされた)。そして、街へ向かい俺達を発見した、となる。
「なら、聞くが何で昨日顔を出さなかった?」
「いや、最初は俺もアルルも声を掛けかけたんだが…」
 ラグナスはむしろ、それを聞くな、と言う顔で言う。
「…シェゾ、昨日、ナニやってた?」
 アルルがそこで口を開いた。
「…何って、昨日は…」
 昨日の行動が瞬時に脳裏に浮かぶ。
「……」
 ウイッチとクレープ食って街を散歩。とは、何か言いづらかった。
「別に、昨日は休息して…」
「クレープ、美味しかった?」
「……」
「ボク、街で見つけたんだよ。ウイッチとクレープ『一緒に』食べてたよね。でぇと?」
 シェゾが声を詰まらせる。
 いつの間にかシェゾの傍に寄っていたウイッチは、アルルの視線から隠れるみたいにしてシェゾの背中に隠れてしまう。その顔は、明らかに赤みを増していた。
「ウイッチの怪我の事もあるし、お休みって言うだけなら十分解るけどさ…」
 アルルはシェゾをじっとりと睨む。
 シェゾは、脳裏に昨日のウイッチとの光景を思い出す。
 間違いなくアルルは帰りがけの事を言っているのだろう。
 ウイッチは背中で真っ赤になっていた。昨日、あの時のクレープの味がやけに鮮明に思い出される。
 アルルは女の瞳でシェゾを睨む。
「大事そうにだっこしちゃってさ…」
「それは仕方が…」
「…クレープ、代わりばんこにあーん、なんて食べちゃってさ…。それって『仕方ない』事なの?」
 どこまで見られていたのだろう。
「……」
 視線が痛かった。
「…ま、まあ、とにかく、何か邪魔しちゃ悪い気がしたんで、帰った場所を確認してから後で顔を出そうと思ったんだ」
 ラグナスがまたも間に入り、何とも言い辛そうに言う。
 だが、シェゾにとっては助け舟だ。出来れば、むしろその時邪魔して欲しかったが。
「あ、そうですわ。それで、今朝お二人がいらっしゃって、でも、その時、シェゾはもうお出かけした後でしたの…」
 ウイッチもどこかたどたどしい物言い。
「それで、お二人が何故ここに来たのかと言う経緯を聞きまして、塔に戻るからと言うのでわたくしも無理を言って連れて行っていただいたのです。わたくし、やっぱり我慢できなくて…」
「ウイッチ、そんな事して、傷は大丈夫なのか?」
 ウイッチを見ながらシェゾは言う。こうも人を気遣う彼は珍しいだろう。
「…パートナーです。わたくし、あなたの役立たずではありませんわ」
「そうか、そうだな」
 何処か優しいその言い方と、めったに見られない筈の彼のその笑顔。そして、シェゾは自然にウイッチの頭を撫でていた。
 ウイッチは、すがるようにして自然にシェゾのマントを掴む。
 そして、彼の言葉と頭を撫でてくれる手に、恥かしげにうつむく。
 二人を見て、アルルは何かどこかで体温が上がった気がした。
「…ラ、ラグナス! それより、追試!」
「お、おう」
「そうだ、お前ら、どうやってジグラットに帰る?」
「ああ、あの次元壁な、どうも本来の階上と、こことジグラットの二点で道が固定されているらしい。だから、新月の今夜になる前にまたあの扉を抜ければいい」
「ボクは、どうせ今夜が過ぎればまた通じるんだから急がなくてもいいんじゃない? って思うんだけどね」
 特に何も考えずに言うアルル。
「…アルル」
 シェゾが溜息をついて言う。
「ん?」
「お前の追試は、何だ?」
「ジグラットの調査」
「次元壁はいつ開く?」
「新月の夜!」
「今日は?」
「新月!」
「次の新月はいつだ?」
「へ?」
 一瞬の停滞の後。
「…あ…」
「急いで帰る訳が解ったか?」
「ハイ…」
 アルルは、恥かしくてシェゾの顔を見られなかった。
 
 やがて、四人は次元壁へ辿り着く。
「バブ・イルと、ジグラットか…」
 シェゾが呟く。
「名前の真偽はともかく、お互いに関係のある遺跡らしいな」
 ラグナスも合わせた。
「ラグナス、急げ」
 シェゾは、扉の気配を感じて言う。
 新月の夜が来ようとしている。
 扉は、微かに今までとは違う気配を発し始めていた。
 早く通らなければ、ジグラットへの道が変わり、本来の道になってしまう。
「そうだな」
 ラグナスは扉に両手を着け、解呪を行なう。
 扉がパチリと小さな放電を起こし、扉が重々しく動いた。
 これも、今回の事で言えばアルルの役目だよな…。
 シェゾはそう思ったが、まあいつもの事なので黙っていた。
 扉が音を立て、振動し始める。扉は、奥に向かって観音開きでその封印を解いた。
 扉の向こう、そこはこの遺跡とはまったく違う場所にある遺跡。
「…成る程、違うな」
「ええ、まったく造りが違いますわ。材質、建築様式、共に異質ですわね」
 ウイッチが素早く隣に来て言う。
 解説しようとして右足をあげかけていたアルルは、その足の行き場を失った。
 その奥に見えた通路は、岩で造られている点はこちらの遺跡と同じだが、明らかに材質が違う。
 火成岩らしき色の壁に、長年の風化により侵食したのであろう木々の蔦が顔を覗かせ、壁といわず天上といわず、その姿をゆがめさせている。
 空気も、こことは違っていた。扉の奥から、やや湿った空気が流れる。
 どうやら、こちらの遺跡よりも保存状態はかなり悪い様だ。
「…危なくないか?」
「ああ、けっこうな。元々頑丈じゃない材質みたいだし、見た通り植物に侵食されて土台も脆くなっている」
 そして、この塔と違い、高さは三十メートル程度で代わりに横方向が東西三百メートルはあると言う、広いなだらかなドーム状の遺跡だと言う事だった。
 外見は木々に覆われ、巨木に見えなくもないとラグナスは言った。
「……」
 正直、シェゾはアルルが一人じゃ無くて良かったと思った。
 万が一の事があったりした場合、こんな場所では助けは愚か事故が起きたと言う事すら分からないだろう。
「シェゾ、大丈夫だ。少なくとも、お姫様の安全は俺が保証する」
「…頼む」
 後少しで、シェゾは言うべきではない言葉を言いそうだった。
「…?」
 気付いたかどうかは分からないが、アルルは何か期待の目でシェゾを見ている。
「じゃあ、俺達は行くよ」
「ああ。早く行け。次元壁が変化する」
「……」
 期待は期待だけで終わる。アルルは何か落胆の表情を覗かせ、対照的にウイッチは安堵の表情を浮かべる。
 そしてシェゾは、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「ほら、アルル」
 ラグナスは既に扉の前に立ち、アルルを促す。
「…うん。じゃあね、シェゾ、ウイッチ」
 アルルは後ろ髪を引かれながら扉に向かう。
「では、さようなら、アルルさん」
 そこへ、ウイッチがわざわざシェゾに寄り添ってから二人へ、いや、アルルへ別れの言葉を言う。
「……」
 あからさまなそれも気に障るけど、それを注意しないシェゾもシェゾだよね…。いや、言っている事は別に間違っていないけどさ…でも…言い方って言うか…。
 アルルはそんな事を思い、クレープ事件を改めて鮮明に思い出す。
「さ、ラグナス! 行こう!」
 アルルは、無理矢理ラグナスの手を取ってずんずんと先へ進み始めた。
 これ見よがしにしっかりと手を握るアルル。
 そんな彼女を見て、シェゾは何かやりきれないと言うかしょうも無いと言うか、笑ってしまいたいと言うか、とにかく理解が難しい複雑な気持ちになる。
「あ、ああ…」
 引っ張られるラグナス。そんな彼も、シェゾとは違うが複雑な表情だった。
 二人の通過と同時に、その扉が閉じ始める。
 アルルは、閉じかけた扉の奥から振り返り、シェゾとウイッチを見る。
 彼の瞳は、いつもながら何を考えているのか、そうそう予想させてくれないそれだ。
 だが、どこかで寂しがっている。
 そんな気がした、いや、そう思いたかったのかもしれない。
 視線をずらすと、更に閉まりかけた扉の隙間ながらもウイッチと視線が合った。
 クレープの恨み(?)こそあるけど、あの子の背中の傷の事を思えば、許してもいい…のかも…知れない、かな…?
 ここは、心の広いお姉さんとして…うん、うん、そうだね。
 そう、寛大な人間を振舞おうとした。
 だが。
「!」
 アルルは見た。
 シェゾの腕に両腕をからませ、体ごと密着してがっちりと彼にかじりつき、更に思いっきりあっかんべーするウイッチを。
「ウイッ…!」
 アルルが突進しようと体を振り返らせたのと、その扉が閉じるのは同時だった。
 
 
 
 

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