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魔導物語 妬きもち焼きと世話焼きはどちらが苦労するか 第六話



  バブ・イルへの道  午前6時2分
 
 涼しい朝だった。
 シェゾは、街道を馬で進む。
 正味、三度目の塔への移動だ。
 今夜で、終わらせる。
 誓いを見届けるかの様に、やや白い空の新月が彼を見守る。
 シェゾも、中々見ようとして見られるものではない新月を白んだ空に見返した。
 見えざる月は、こっそりと、しかし確実にその存在感を彼に見せつける。
 四度目は無い。
 と、言うか今夜を逃すと次の新月は約一ヵ月後だ。一ヶ月も仕事を先に延ばせない。
 チャンスはどの道今夜だけとなる。
 
 今朝、出発間際。
 ウイッチはやはり最後の最後まで自分も行くとぐずったが、怪我人を連れて行くほど非常識ではないし、そもそも足手纏いだ。
 仕舞いには本当に泣いてしまったウイッチをそれでも制して、シェゾはお姫様の撃沈に成功した。
 この辺りの厳しさには遠慮の無い彼である。
 
 やがて、塔が見えてきた。
 最早馴染みだ。
 今日、この塔に再び登り、扉を開いてその先の目標を見つければ、今回の仕事はお仕舞いとなる。
「……」
 だが、何か釈然としない。
 
 …ああ、そうか。
 
 何一つ、解決しちゃいないんだ。
 俺は、今の自分の行動が全て逃げである事を思い出した。
 同時に、何に対してかは解らないが無性に腹が立つ。
 煮え切らない自分にか、それの原因たる奴らか、それとも、面倒な攻略が必要なこの塔に対してか。
 何にせよ、はけ口が要る。
 今後、彼の前に姿を表すモンスターは哀れとしか言い様がないであろう。
 シェゾはそんな感情的な憤りと同時に、この期に及んでまだ解決できないでいる自分に失望する。
 …取り合えず、受けた仕事は片付けよう。
 シェゾは、三度塔へ侵入を開始した。
 
 こう言った塔の特徴として、実体系はともかく、霊体、魔物系のモンスターは途切れる事が無い点がある。シェゾは、その場所へ赴くまでにまたしても面倒な敵の相手をしなくてはならなかった。
 雑魚よりは強いが、手応えのある訳でもない。中途半端な奴ばかりで、少々彼はうんざりしていた。
 初日に、強そうなのを殺りすぎたか…。残しておけば良かったか?
 モンスターにとっては迷惑な事ばかり考えている彼だった。
 
 塔を三分の一程登った頃。これも例の如くだが、高度的問題もあり、実体系から霊体系へモンスターが移り変わり始めた。
 死角にまぎれて襲い来る霊体モンスターが、いつもの如く背中から襲って来る。何でもない攻撃だ。
 殺意と言う気合は、視覚以上に相手の情報を提供する。
 シェゾは、一呼吸置いてからでも反撃できる余裕を持っていた。
 だが。
 背に、魔導力発動による弾けたノイズを感知した。
 そして、一瞬遅れて背中のゴーストに高温の火球がぶつかり、それは苦しげにもがく。当たった個所のエクトプラズムは熱と魔導力に拠る物質的、エネルギー的対消滅によりごっそりと消えた。
「……」
 シェゾは、何が起きたかを一瞬で理解、整理し、背中に大穴を空けて大きくよろけたゴーストを一閃の元に消し去った。
「…誰だ」
 シェゾが不機嫌そうに言う。自分の戦いを邪魔されるのは、例え雑魚相手であろうとも気持ちのいいものではないのだ。
「…俺だ」
 少し後ろの角から、声と共にそれは現れた。
「!?」
 アルルと、ラグナスだった。
 しかも、ご丁寧にもラグナスの後ろからはウイッチまで現れる。
「…何?」
 想像だにしなかった展開に、彼は一瞬混乱した。
「…よ、よう」
 とりあえず、誰も声を出さなかった空間の禁を破ったのはラグナスであった。
 シェゾは不機嫌と言うか混乱気味。
 ウイッチは、あれだけ来るなと言われていたのに来てしまったので、とても自分からは口を開けない状態だ。
 叱られた子供みたいに怯えている。
 アルルはアルルで、拗ねたみたいな不機嫌顔。
 同じ場所にいてこれだけ面子の表情が違うと言うのも珍しいだろう。
 そんな中。
 ラグナスは、声でも出さなければとてもここに居られなかった。
「…無用とは思っていたが、危なかったな…」
 シェゾは相変わらず、すこぶる不機嫌だった。
 下手をすれば、今背を向けると斬られかねない、そんな感じである。
 特に自分が。
 ラグナスは殺気すら感じる彼に、自分もこれ以上声をかけられなかった。
「…何でお前らがここにいる…」
 幸い、シェゾが口を開いてくれた。
 これ幸いと、ラグナスが説明を始める。
「いや、つまりだな、俺達も探検中だったんだ」
「…何のだ?」
 いつも以上に声に凄みがある。通った声なのに、ここまで迫力があるのは何故か。
「えーと…。ジグラット遺跡の真偽性を問う為の…追試だ」
「前はいいが、後のはなんだ?」
「あー…、アルル、いいか?」
 そういうと、ラグナスはアルルをちらりと見る。
 アルルはアルルで、先程の不機嫌な顔から一変して、何かばつの悪そうな顔へところりと表情を変えていた。
 少し悩み、アルルは小さく頷いた。
「…つまり、今回俺とアルルはそのジグラットらしき遺跡に行って、その遺跡の真偽を確かめると言う仕事って言うか、その、さっきも言ったが、追試の真っ最中なんだ」
「だから追試って何だよ?」
「…アルルがな、その、何て言うか、例によって学校の定期筆記試験が赤点で、追試を受けたんだ。だが、あまりにも常習犯なんでちょっとやそっとじゃヌルイって言われて、今回の実地を命じられた。で、一人だとちょっと厳しいってんで一人付き添いが許された」
「…それが、お前か」
 シェゾは、そもそも今回の不機嫌の理由が少しわかった。謎が解けるのは有り難いが、その理由が今度は知りたい。
 だが、それはシェゾが言う間でもなく本人の口から語られた。
「…ボク、最初は誰に頼もうかなーって思ったの。…こう言うの、やっぱりシェゾかなーって思ったけど、今までにも何度かお願いしているから、絶対また馬鹿にされると思って…それで…」
「で、俺の所に来たんだ」
 ラグナスが、消え入りそうな声のアルルの言葉を引き継ぐ。
「ジグラットの探検、モンスターも住んでいる場所だから、実際の試験は勿論自分がやるから、危険な時のガードを頼みたい、ってな」
「……」
 シェゾは、何か妙に気が抜けた感じがした。
「ジグラットって…あの、俺らの街から遥か北の遺跡のか…」
「う、うん、そう」
 ジグラットと言う名自体はシェゾも知っている。
 これも、一応は有名な遺跡だ。
 バブ・イルと違い、建造物こそだいぶ朽ちていると聞くが、内部の事、その目的は未だ謎が多い。
 …確かに一人では辛いが、だからと言って二人と言うのも微妙な遺跡だ。
「その程度の遺跡に行くのに、あの大荷物か?」
 シェゾは、二人の背中を見た時の荷物を思い出して思わず呆れた。
 まるで長旅にでも出る様な荷物だったからだ。
「…み、見てたの?」
 アルルが真っ赤になる。
「二人で街を出るところを、たまたまな」
「…言わんこっちゃない。そういう態度は何かしらバレるって言っただろ」
 ラグナスが、ややシェゾの思いとは違う方向でアルルを嗜める。
「…うう〜。でもでも、ボク、あれだけ必要だと思ったんだもん…。シェゾに来てもらうと絶対に何か言われると思ったから…」
「俺ならいいのか?」
「…ラグナス、そういう科白言わないもん」
「ま、そうだけどな」
「……」
 ガキか?
 要は、俺にそういう事を頼むと、馬鹿にされるから言わなかった。
 そういう事か?
 それだけの事か?
「それに、ラグナスって殆ど荷物持ってくれるし」
「いや、アルル、少しは持って欲しかったぞ」
 …俺は知っている。
 確か、何処かの世界のスラングで、そういう奴をアッシーとか言うらしい。
 シェゾは、何か今まで頭の中でもやもやしていたものが一気に吹き飛んだ。
 そして、もう一つの疑問が浮かび上がる。
「で、お前らが何故ここにいる? ジグラットはこことまったく反対の場所だ」
 そう言った時、なぜかアルルは再び不機嫌な顔になった。
「?」
 シェゾは、そんなアルルを不思議そうな顔で見る。
 そして、まだここに来てシェゾと話していないウイッチは、何かものすごくつまらなそうな顔をしていた。
 
 
 
 

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