第三話 Top 第五話


魔導物語 妬きもち焼きと世話焼きはどちらが苦労するか 第四話



  バブ・イル  午後1時5分
 
 バブ・イル。
 
 地方によっては、BABELと呼ぶところもある。
 古代に、天上の神々への畏怖も忘れて慢心した王が、天へ向かう、いや、天を支配する為の塔を造ろうとした。
 高度な知識と技術を誇っていたその文明は順調に塔を作り続けた。だが、当然と言えば当然だが、やはり神々の怒りを受ける事になる。
 神は、まず彼らの言葉を奪ったと言う。言葉の無い人間は途端に行動を鈍らせた。
 だが、彼らはそれでも建造を止めなかった。代わりに言葉でも何でも使い、何かに憑りつかれた様にして建造を続けた。
 そして、ついに神は怒りのいかづちを塔に落とし、そのまま文明を滅ぼした。
 やがて朽ち果てた塔には、魔物が棲む様になったと言う。
 それが、BABEL。
「……」
 まあ、これがその伝説の塔な訳は無いがな。
 シェゾは、塔を登りながらとりあえず確認する。
 古代の慣わしや信仰、考えに肖ろうと言う後の文明は幾らでもある。この塔も、その他大勢の一つだ。
 そもそも伝承とは場所が違うし、建造物も新しい。
 そして、塔の所々に刻まれた文字は、伝説より遥かに近代のものだ。
 何よりも、この塔には立派に頂上があるし、その高さはおおよそで1330フィート(約400メートル)だ。十分非常識な高さだが、歴史上のバブ・イルは、崩されて尚、5000フィートと言う山をも凌ぐ高さを誇ったと言う。
 一体、崩される前は何フィートあったのやら…。
 そもそも天体観測所と言っているしな。
 だが、伝承自体どちらが正しくてどちらが間違いか、等という論議はほぼ全て無駄だ。何故なら、実物が見つかっていないのだから。
 シェゾは、そんなどうでもいい基礎知識を考えつつ、突き進んでいた。
 魔物、ゴースト、そして、実体系のモンスター。
 それらは、シェゾの特異な気配を感じるのか次から次へと襲ってくる。
 だが、シェゾにとっては特に問題事ではない。少々手を煩わせる。それだけだ。
 闇の剣は、一体どれだけの切れざる体の霊体を切り裂いたか。
 いい調子だ。いや、むしろ拍子抜けだ。
 そう思っていたのだが。
「ん?」
 時間にして四時間程。塔を三分の二程登ったところで、シェゾは立ち止まった。
 目の前に、この遺跡にしても尚、仰々しい扉が鎮座していたからだ。
 通路はそこだけが膨らませたみたいに高く、広くなっている。通路自体は高さ三メートルの幅四メートル程度だが、その扉の場所だけ、上下左右で優に六メートル以上ある。
 そしてそれは、見た目の重厚さだけではない。
 その扉には、魔力を感じた。
 元々中堅程度以上の危険度の塔とは思っていたし、モンスターの種類から考えても魔導力の関連が強い事は想像に難くない。
 そして、今解った事として、元々塔から感じていた魔力の波動の発生源は、九分九厘がこの扉によるものだと言う事がある。
「…どう言う扉だ?」
 シェゾは、荒々しさすら感じていた今までの大胆な行動を切り替え、精密な機械を思わせる様な繊細な探知を始める。
 力任せで済む程度の仕事なら、ギルドは『難しい』とは言わないのだ。
 しかも、シェゾに向かってなど。
 厚さが何十センチあるのか解らない岩の扉。
 それは磨かれ、美しく彫刻され、黒光りしている。何世紀も放ったらかしなどと誰が信じるであろうかと言うような扉。
 そして、そんな印象を裏付けるかの様に、その扉にだけは傷一つ、崩壊一つ見あたらないのだ。
 まるで鋼の様だ、と思った。
 事実、試しにナイフを突き立ててみようとしたら、ナイフが欠けてしまった。
 そして、扉は、アクセントとして金で彫金が施され、観音開きであろう扉を美しく飾っている。
「…生きているみたいだな」
 シェゾをして溜息を洩らさせる、その扉に施されたそれ。
 それは、両扉で対となっている巨人。彼が出所を知るかどうかは不明だが、それは仁王を連想させる巨人だった。
 常人なら、岩と解って尚近づく事を躊躇うその雄々しさ。だが、シェゾは無造作、かつ慎重に近づく。
 そして、右手を、扉の合わせ目に置く。
「……」
 シェゾは、瞳を閉じて集中した。
 ゆらりと、陽炎の様に闇の波動が沸き立つ。
 それは、魔導吸収の儀式の際の現象に似ていた。
 少しして、シェゾは手を離す。
 その体から放たれていた気は、既に消えている。
「…そういう事、か」
 伊達に高難易度の依頼ではない理由がここにある。
 
 扉は、次元壁だった。
 
「次元壁?」
「そうだ。あの先に行くには時期が必要だ」
 俺は、塔から街へ戻った。
 日は暮れていたが、医院へ戻ると、ウイッチが窓から俺を迎えてくれた。彼女の病室は二階だったから、遠くでも俺を確認できたらしい。
 あんまり大きな声で呼ぶから正直恥かしかったが、迎えてくれると言う事自体は悪い気がしない。
 それに、怪我の後だけに俺を迎えてくれるのを見て、正直ほっとしたのも事実だ。
 その後、病室で俺達は話していた。
 流石に探検後の服は汚れている。
 俺は軽装に替えて、ウイッチの部屋に行った。
「えっと、次元壁って、どういうものでしたかしら?」
「簡単に言えば、ある時間が来ないとその先が無い扉の事だ」
「つまり、その扉の先には、何もないと言う事ですの?」
「正確には、行きたい場所が無い、と言う事だ。開く事自体は、無理じゃない。だが、その先は一体どこに繋がっているのかは見当がつかん」
「空をって訳にも…」
「勿論。見れば解るが、頂上まで窓一つ無いし、次元壁移行の上は強力な結界もある。破壊していいなら、無理って事もないがな」
「それはちょっと…」
「そういう訳だ」
 シェゾは、椅子の上で背伸びした。
「…あ…」
 ウイッチは、シェゾの腕を見て呟く。
「ん?」
「あの、腕、怪我してますわ」
「…ああ」
 右上腕に、切り傷があった。
 気付いてはいたが血も止まっていたし、この程度は日常茶飯事だ。彼の定義では、これは怪我とは言わない。せいぜい擦り傷だ。
 それによって、服は駄目になっているが。
「どうでもいいさ。それより、お前こそ起き上がっていいのか?」
「わたくしは、十分に治療してもらいましたもの…」
「ならいい」
 シェゾは、何の事もなく話の続きを始める。
「で、その次元壁でガードされた扉だが、扉の向こうが塔の先に繋がるのは、今から二日後の夜だ」
「二日後ですか? …それって、新月の夜ですわね」
「流石だな。そらで月齢を憶えているのか」
「勿論ですわ!」
 ウイッチは得意げに言った。
 魔導、薬学、そう言った点において、特に魔女と月は切っても切れない関係だ。
 新月と満月では、ある種の薬においては効果が違うどころか、逆作用を起こすものすらある程。月の潮汐力は、ウイッチ達魔女の世界において意外に重要だと言う事だ。
「では、明日はお休みですわね」
 ウイッチが嬉しそうに言う。
「…まあ、そうだな。無意味に塔を荒らす意味も無い。目的のブツは多分、全て扉の向こう側だ」
「その先は、どうなっているのかしら?」
「ま、厳しくはなっているだろうな」
「でしょうね」
「だから、お前はここで待て。どうせ、傷を癒さなくちゃならない」
「…そうですわね」
 ウイッチは、何か考えてから素直に応えた。
「じゃ、少なくとも明日はこの街でゆっくりしましょうね?」
「…出来ない事はないが…」
「決定ですわっ!」
 ウイッチは、眩いばかりの笑みで俺を説得した。
「わたくし、知らない街をウインドウショッピングするのって興味がありますの」
「お前、怪我人だろうか」
「エスコートしていただきますから問題ありませんわ」
「エスコートって…」
 シェゾが、俺? と自分を指差す。
「はい!」
 ウイッチの微笑みは、有無を言わせなかった。
 

 
 

第三話 Top 第五話