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魔導物語 妬きもち焼きと世話焼きはどちらが苦労するか 第三話



  診療所  午前7時8分
 
 朝日が俺の頬を叩く。
 気がつくと、ソファーの俺に毛布がかけられていた。俺は、まだだるい体を起こすと、ウイッチの病室へ向かった。
 そこには、うつ伏せに眠るウイッチが居た。
 背中が半分ほど出ている状態でシーツをかけられている。白い背中の白い包帯が、寝ぼけ眼の俺を現実に引き戻す。
「…すまん」
 俺は、傍の椅子に腰掛けて、背中に手をそっとかざした。
「……」
 自然治癒能力に負荷をかけない程度の、ほんの少しずつのヒーリング。それくらいしか、俺に出来る事はない。
「ん…」
「ウイッチ…」
 魔導は人の精神に拠る。
 多少でも、自分の申し訳なさが伝わっているだろうか。
 枕を抱えて眠るウイッチが、体をよじる。
「う…ん…」
 体が、ピクリと痙攣した。
 大きな丸い瞳は、眠たそうに瞼を開いた。
「…!」
 ウイッチが、目を覚ましてしまった。
 ちょっと驚くウイッチ。
「あ、あら? シェ…いたっ!」
 顔を上げようとして、背中の痛みに押さえつけられる。
「悪い、起こしたな」
「い、いえ。いいんですわ」
 枕に顔をうずめながら、ウイッチはシェゾに視線を向け微笑もうとするが、その微笑が少しこわばる。背中が痛むのだ。
「…付いていて、下さったの?」
 それでもウイッチ逆に体の力を抜いて、出来るだけ落ち着いたそぶりを見せる。
 そんなぎこちなく、幼い気遣いはシェゾの保護欲を一層煽った。
 
 女とは、なんとも手ごわい。
 
 シェゾはこんな状況に出会う度に、いつもそう思う。
「いや、朝になってからさ。昨日の夜は俺も寝ちまっていた。お前がこんなんだっていうのに、まったくひどい奴だな…」
 シェゾは自嘲する。
 普段、自信にあふれた彼のその表情は、にわかにはウイッチには信じられなかった。
「そ、そんな事ありませんわ。わたくし、先ほど、背中が何かとても温かかったんですの。それがくすぐったくて…。そしたら、あなたがいましたの」
「別に、おかしな事はしてないぞ」
「分かってます。あの感覚はヒーリングですもの。それも、ゆっくりと、優しくかけてくださったヒーリングですわ」
 ウイッチが、にっこりと微笑む。
 その微笑は、シェゾを癒す。
「…せめてもの、罪滅ぼしさ」
「シェゾ、わたくしは平気ですわ。それに、元々こういう事は起きてあたりまえ。自分の背中を守りきれない、わたくしがいけなかったんです」
 シェゾに、そして自分に言い聞かせるような声。
「しかし、俺は約束した」
「気にしないで!」
 ウイッチは、背中の痛みを押して起き上がる。そうすることで、シェゾの罪悪感を幾らかでもやわらげたかったのだが…。
「きゃ!」
 とたんに腰の辺りを押さえつけられ、押し倒すように無理やり寝かされる。
 シェゾのやや冷たい手の感触がウイッチの背中を支配する。
 彼は乱暴にシーツをかけ、暴れない様に押さえつける。
「シェ、シェゾ…?」
 体を押さえつけられ、ややパニックのウイッチ。
 腕力で押さえつけると言う、単純な行動だけに少女の素直な恐怖感が湧き出す。
 無論、ウイッチの細腕では抵抗は無駄だ。
 だが。
「あのな、お前、今包帯しかつけてないんだぞ」
 冷静なシェゾ。
「…え!?」
 摘まれたヒヨコみたいに手足をばたつかせていたウイッチがおとなしくなる。
 シーツの中、ウイッチは落ち着いて体の感触を確かめた。
 ショーツこそ着けていたが、確かに上半身には包帯が巻かれた場所以外に衣服の感触は無い。
「! …ご、ごめんなさい!」
 ベッドの中で真っ赤になるウイッチ。
 今起き上がっていたらどうなっていた事か…。
「分かったか?」
 シェゾの手が離れる。背中の感触が名残惜しそうに消えていった。
「とにかく、今は寝てろ」
「え、ええ…」
 シェゾは部屋を出た。
 やや上気したウイッチがその背中を見送る。
 ドアを閉め、溜息をつく。
「何やってんだ、俺?」
 ガキじゃあるまいし…。本当にあいつらと付き合っていると羽目を外される…いや、何か根本から狂わせられそうだ。
 しかも、それ自体は苦痛じゃないっぽいってのが…厄介だ。
 シェゾは頭を振って医者の居る部屋へ向かった。
 ドアが無いので、そこらの壁をノックする。
 何かの書類を見ていた老医師は振り向き、おお、と呼びかけた。
「お嬢ちゃんの様子はどうじゃ?」
「順調だ。もう少し、世話になる」
「うむ、まあ、一週間くらいは養生すると良かろう」
「ああ。俺は出るから、その間は頼む」
 老医師は、おや、と言う顔でシェゾを見る。
「お嬢ちゃんに付いてやらんのか?」
「仕事中だからな」
「お嬢ちゃんが寂しがるぞ」
「こっちの都合も察してくれ。それに、そんなガキじゃないさ」
 シェゾは、それだけ言うと部屋を出た。
「ふむ…」
 医は人術と言う。
 老医師は、彼の風貌や喋りから大体の性格は予想していた。
 昨日、手当てをしている間、少女が泣きそうなうわ言で彼の名前を呼んでいた事は、まあ言わないでおく事にした。
 
 数時間後。
 シェゾは、一人で塔を攻略する。
 正直、今の方が調子が良かった。
 逃避と言えばそれまでだが、目標を一心に見据える事で余計な事を考える暇が無くなったのが良かった。
 
 頭を冷やせ。
 冷静になれ。
 俺を取り戻せ。
 
 シェゾは自分を叱咤する。
 
 恐らく、俺は馴れ合いすぎているんだ。
 自分を思い出せ。
 俺は、闇の魔導士。
 シェゾ=ウィグィィだ。
 
 答を求めるかの様にシェゾは突き進んだ。
 だが、がむしゃらではない。どうにも表現が難しいのだが、隣に人が居る。そんな感覚で彼は進んでいる。
 調子の悪さを人のせいにしたくは無い。一人二人の面倒を見ながらでも十分に進める。そんな風に考えて行動していた。
 そして、それは順調だったし、そういう事を考えながら行動できるだけ、彼はペースを取り戻していたのかも知れない。
 だが、世の物事は、どれもこれもうまく運ばない様にでも出来ているのだろうか?
 
 彼は、少し後にそれを痛感する事になる。
 
 
 

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