魔導物語 妬きもち焼きと世話焼きはどちらが苦労するか 第二話 カフェ 午後3時7分 「正直、頼りにしていますわよ」 ギルドから仕事を正式に受け、俺達は帰路についた。そんな帰り道、打ち合わせの為に、と立ち寄ったカフェでウイッチは言った。 「お前、修行だろ? 人に頼ってどうする」 「もちろんそれはそうですわ。でも、いざと言うときにあなたなら、必ず助けてくれますもの。そういう安心感は大切ですし、だからこそ励みにもなりますわ」 「どこからその自信は来る?」 「信頼とお言いになって。人に信じられるのは良い事ですわ」 「よく言うぜ。闇の魔導士に向かって…」 それでもウイッチは、満足そうに微笑む。 …どうもウイッチの考えがよく分からない。俺は、アルルの事もあってか、人に対して、女に対して何処か猜疑心を持ち始めていたのかもしれない。 何の事はない。俺の勝手な独りよがりの考えだと言うのに。 それが、痛いほど分かっているのに。 目的地にある小さな街から、更に三時間程馬を歩かせた場所にそれはあった。 「けっこう遠いですわね」 俺の前で、ウイッチは遠くを見ながら言う。先程地図を広げて確認してから三十分程経つが、天を突くその塔はまだ視界に見えない。 馬に乗り、のんびりと歩いて見えるその光景は、傍から見れば兄妹か、恋仲の二人のただのピクニックに見えた。 「シェゾ、おつかれでは? 手綱、持ちましょうか?」 ウイッチは空を見上げるように顔を上げて言う。 シェゾの顔は、彼女の上だ。 二人は同じ馬に乗って移動していた。シェゾの前に、ウイッチが人形みたいに座っている。 「…さっきは、危うく森に突っ込みそうになったぜ」 「も、もうヘマは…」 そう言いつつも、顔を戻すウイッチ。さっきの暴れ馬の恐さを思い出した様だ。 「…でも、ずっとこうしていると、どうしても退屈ですもの…」 自分から話し掛けるようなシェゾではないし、こちらが振った話を膨らませる程サービスがいい彼でもない。 結局、道中静かな二人であった。ウイッチは静寂は嫌いではないが、独りでもないのにこうも静かだと、流石に調子が狂う。 彼女はまだ、静と言う贅沢を愉しめる程、大人ではないのだ。 「…あふ」 小さなあくび。 「寝てたらどうだ?」 「よろしいのですか?」 「到着までは自由だ」 ウイッチは、くるりと顔を回してシェゾの顔を覗き見る。 「お言葉に、甘えさせていただきますわ」 嬉しそうに微笑むウイッチ。 わずかに離れて下ろしていた腰をシェゾにぴったりと寄せる。小さな体は、シェゾの広い胸に収まった。リズムの良い馬の振動と、何よりシェゾの胸の中と言うのがウイッチにとって至高の安堵感を生む。 「……」 程なくして、ウイッチの体からゆるりと力が抜けた。 「落ちるなよ」 シェゾは、起こさぬようにそっと左腕をウイッチの腰に回し、固定した。 小さな体を包み込む、例え様の無い心地よさの抱擁感。 少女は、夢うつつの中で至福を感じた。 バブ・イル 午後4時21分 塔は高層遺跡特有の頑丈さと内部の狭さ、そして、構造の複雑さを持っていた。 確認されているだけでも千年を越えると言われている遺跡にして、そこは奇跡と言っていい程原形を保ち、風や植物の浸食の影響が少なかった。 土地質と気候が保存に良い影響を与えているのだろう。 そして、内部は外見に反して魔物の巣窟だった。 音は反響を生み、影も明かりにより複雑に交差する。 慣れているにもかかわらず、そういう遺跡は思わぬ死角を生むもの。 だが、俺のは単なるミスだ。 愚かなミスだ。 「ウイッチ!」 ウイッチは、探検中によく俺の背中を守ってくれた。 それなのに、俺は彼女の背中から僅かの間、目を離してしまった。 ウイッチの影から腕を伸ばしたまものの爪が、さそりの尻尾みたいにウイッチの背中に食い込んだ。 小さな体が瞬間、痙攣を起こす。 ウイッチは、人形みたいに倒れた。 「貴様!」 俺は剣を唸らせる。 まものは倒したが、ウイッチは背中に血を滲ませて倒れていた。声をあげる暇すらなかったようだ。 ウイッチの顔からは血の気が失せている。白い肌は、尚痛々しさを増長させた。 「く…」 俺は、どんな怪我をしても出した事のない、強い苦痛の声をあげた。 ヒーリングを最大限に強め、怪我、毒素の進行を何とかくい止める。ウイッチを抱き抱えて、来た道を戻る。 魔導力の過剰消費も気に止めず、ヒーリングと防御魔法に徹した。モンスターの襲来はまったく無視して走った。 「待っていろ! 今、医者に連れていく!」 その姿は疾風だった。 「…どうやら、背骨に異常はない様じゃ。ヒーリングと、何よりいち早く連れてきた事が良かったようじゃな」 街の術医(薬学と魔導の両方により治療を行う医者)は、待合室のソファーで仰向けになっているシェゾに向かって言った。 「…そう、か…」 シェゾも相当疲弊していた。 ヒーリングのかけ続けと、防御の為のありったけの魔導力の酷使による精神的疲弊は、ウイッチの生命的危機と実はいい勝負だった。 彼はそんな事はどうでもいいが。 「ヒーリングで体の免疫機構の補助と体力消耗を助けたのが幸いだったわい。これだけ安定したヒーリングをかけつづけるなど、そこらの奴には出来んぞ」 転移を使って瞬時にウイッチを塔の外に連れ出し、街へ連れてゆく事も出来た。 しかし、転移によりのしかかる体への負担は健康時でもきつい。 今のウイッチには、そんな余裕はなかった。それよりは、時間を犠牲にしてでもヒーリングに力を温存しておくやり方は正解だった。 代わりに、馬はへたったが。 「…昔、一人で無茶して…大怪我した時に、転移で、帰ったら…ぶったおれて、一ヶ月寝たきりになったことが、あった…。怪我は1週間しないで治ったのに、だ」 ほう、と医師は感心する。経験と、その回復に。 そして、転移を使えると言う彼に。 自分の経験が、こんな形で役に立つとは思わなかった。しかも、立てたくなかった。 「じいさん、ウイッチは…」 「毒素の完全な浄化と、患部の皮膚の再生が済めばもう大丈夫じゃ。ま、女の子だし、背中の皮膚が治るまではここに居なさい」 「皮膚…。傷、治るのか?」 「わしの治療と、子供の治癒力の高さの賜物じゃよ」 「そうか…」 シェゾは大きくため息をついた。 やっと、張りつめていた緊張が解けた気がする。 「そうそう、あと一つ、おまえさんの応急処置のおかげじゃ」 その一言は、シェゾにほんの少しの笑みをもたらした。 「で、お前さんは大丈夫かの?」 医者がシェゾを見た時、彼は気絶する様に眠っていた。 |