魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第十五話 希望なけれども、願い失わず シェゾは剣を構える。 相手は槍と大剣を構えるが、それはシェゾにとって何の意味も無い。 ゆるりと剣がアルの額に向けられ、彼は前進を始めた。 その時。 シェゾの横を、火球が飛ぶ。 それはそのままアルに向ってとび、あわやと言う距離で彼の掃った槍によって弾け、花火のように拡散して消えた。 「リエラ」 「…あたしが、やらなくちゃいけない…。あたしが…」 短剣を握り、アルを正面に見据えて構えているリエラがいた。 「弟、だろ?」 「だから、だからよ…。父さんと、母さんがいなくなって…アルまで、操られて…。もう、あたし、こうするしか、ない…」 涙をこぼしながら、腕を戸惑いと恐怖に震わせながら、それでも何かの責務を果たそうとするリエラ。 「奴は、両親を殺したかも知れない。だが、自分の意志じゃないだろう」 「……」 「だが、お前は、自分の意志であいつを殺す事になる」 「…! わ、解って…そんな事、解って…」 「だが、やった事は無い」 「ふ、普通そうでしょ!」 「なのに、やれるのか? お前の意志で」 リエラは息を飲む。 「……」 シェゾは改めて前へ踏み出そうとする。 「シェゾ!」 リエラは、跳ねる様にしてシェゾの腕を掴んだ。 「……」 何もいえないが、瞳が語る。 彼は、その瞳に何を見たのだろう。 「そんな短剣じゃ、リンゴも相手に出来ない」 そう言って、シェゾは闇の剣をリエラに握らせた。 「え、ええ!?」 無論、剣など握った事は無い。祭事用の装飾品としてなら別だが、これは実戦向きもいいところだ。 重さ、大きさ、とても扱える者ではない。 「こ、こんなの、持ち上げるだけで精一杯だよ!」 実際、彼女は腰で剣を中段に構えるのが精一杯だった。 「助けてやれ」 「え?」 独り言にも聞こえた。 だが、それと同時にたった今まで、鉄柱の如き重さで腕に悲鳴をあげさせていた剣が、まるで水中の木の枝の様に、ふわりと浮き上がった。 「!?」 『雑魚に我を触らせるな。気にくわん。 どこかで誰かが、そう言った気がした。 「リエラ、お前の気持ちが揺らがないのなら、その剣で戦え」 「…こ、この剣って…?」 今頃気付いたが、その剣はクリスタルだった。そして、その動きは意志があるかの如く手を導く。 「その気があるなら、手伝ってくれる」 「…その、気…」 「もう一度言う。どんな武器を持とうと、魔導を使おうと、それを動かすのはお前だ。お前の意思だ」 「……」 「それでもいいなら、それを使え。応えてはくれる」 シェゾは跳躍し、巨大なゼリーの山と化した魔物の前に立った。 そしてリエラは、必然的にアルと向かい合う事になる。そして、覚悟を本当に決めなければならなかった。 「…アル。あんた、本当にもう、ダメなの…?」 返答は無い。 ただ、姉の鳩尾に向けられた槍の切っ先だけが答を物語っていた。 ぐねぐねと波打つそれは、まったくもって不愉快な光景だった。 どこにも目など無いのに、表面全体が視線をシェゾに送っている気がする。 「…東の国に、『百目』ってのが居るって言うが…、そいつに睨まれるとこう言う感じになるのか?」 この状態で尚、口元を緩ませる彼。 闇の剣は無い。 無論、それ無くしても彼の力が劣る訳ではないが。 最早、シェゾは目の前の事に集中するのみだった。リエラに関しては問題無い。 闇の剣を貸したのだから。 いや、闇の剣に守らせた、と言うべきか。 「…リンボ…。縁があるな。嫌だが」 目の前の生命体、と言うか物体はシェゾの頭の中にじわじわと恐怖を刷り込もうとしている。だが、それは彼の精神力の前には、岩に水滴をぶつける程度の事。 跳ね返してこそいるが、深く感情をリンクさせたシェゾには魔物の思考がやんわりと見て取れた。 −…恐れている? 脆弱な、恐れと言う感情など、己は持たない筈だ…。 むしろ、ここまでして動じる事の無いシェゾに対して、魔物の方が戦いていた。 恐れを脆弱な感情と思う事自体、間違っているぜ。 シェゾの体から、黒い気が吹き上がる。 気は漆黒の巨大な羽となり、それは彼を雄々しく浮き上がらせた。 薄暗い闇の中にして眩いほどに黒く、透明な闇だった。 対峙する二対の人影。 動けない、と言う場合は、主に相手に隙が無い場合と相手が何を考えているのか分からないから、の場合が多い。 この場合、その両方がお互いを動けなくしていた。 リエラの、いや、剣の隙の無さに動けぬアルだったもの。 アルの行動が読めず、動くに動けないリエラ。 理由は正反対だが、それが見事にバランスを保っていた。 だが、その絶対のバランスは、それ故に崩れやすい。 どこかで炎が揺れた。 ただ、それだけ。 二つの影が、揺らぎ、次の瞬間に重なり、そして、離れた。 シェゾは目の前の物体と対峙したまま振り向こうともしない。 結果は、分かり切っているから。 そう。 幸福な終幕がある事は決してないと、分かり切っているから。 |