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魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第十四話
 
 
 
  許しなけれども、慈しみ失わず
 
 さて、差し当たっての問題は親玉がどこに居るか、と言う事だな。
 シェゾは、記述にあったこの遺跡の生い立ちから考え始めて結論を引き出そうとする。
 この地下遺跡は、文明としてそれらしく生きていた頃は、一応それなりの高度な文明だったらしい。
 古ぼけて忘れ去られそうな程の昔、リンボよりの魔物が現れた。だが、そいつは珍しく無意味に暴れるだけの奴じゃなかった。
 奴は必要充分な知能を持ち、効率的に欲求を満たそうとした。
 そして、何時の世界、どこの時間にも阿呆は居る。そいつとつまらない約束事をした人間が一人居た。
 己の権力への欲望と、魔物の欲求は上手い具合に重なり、そいつは魂を売り渡す。
 そして、一つ遺跡を残せる程に繁栄したらしい。
 それは宗教。
 神を騙り、生贄により繁栄と奇跡を約束する邪教。
 
 …犠牲つきってのが気に食わないぜ。
 それ自体も、それを気にしない奴らも…。
 そもそも犠牲付きなんだから、奇跡じゃなくて単なる引き換えだろ。
 シェゾは苦い顔をする。
 ついでに言うとその顔には、彼の元々の目的が結局骨折り損に終わると言う事実から来るものもある。
 魔導吸収は諦めねばならないから。
 リンボと分かった時点でそうだ。
 あれを食らうのは、止めた方がいいからな。
「腹壊す…」
「え?」
「何でもない」
 
 見せ掛けの奇跡に民衆は踊らされ、それはその時代に結構な勢力を持ったと言う。
 地上には表向きの神殿を創りあげ、一応厳かに儀式を行なう。そして地下に創りあげたこの神殿では、欲求の赴くままに生贄を貪り食っていた。
 が、やがて外の国からそれを良しとしない者達が集まり、滅ぼす為に攻撃を仕掛けた。
 だがそれは、決して正義一辺倒の行動ではなかったと言う。
 楯突いた民衆は、マインドコントロール下であろうと本心であろうと、有無を言わさず殺された。
 救出でも正常化でもなく、それは殲滅。
 その侵攻は、正義でも人類の誇りでもない。単に攻める側の、己の利を守る事だけが目的だった。
 だが、相手もリンボの魔物だ。文献から見る限りは雑魚の部類らしいが、それでも遺跡一つを落とすのに十ヶ月を要した。
 十ヵ月後にようやく魔物は力を落とす。
 だが、結局とどめを差す事は叶わなかった。
 かき集められた魔導師が、抹殺から封印へと役目を変える。渾身の力を込めて、遺跡は地下で封印された。
 その後、地上の遺跡は封印のしるし、愚かなる邪教の墓石代わりとして残された。
 やがてその地域自体の文明が滅び、皮肉にも強力な結界による作用でその遺跡だけが後世に姿を残す事になる。
 そして歴史が埋もれて消え、その上に更に歴史が綴られ始めてから人はまったく別の意味で遺跡を扱い始める。
 それは、今考えてみれば魔物が再び復活する為に、人と言う名の蟻に欲望と言う名の砂糖の匂いを嗅がせていたからかもしれない。
 ありったけの魔導師を集めて厳重に行なった封印すら、完璧とはいかなかった。
 それが、忘れ去られる筈のこの封印を解くきっかけとなった。
 そして、今の状態は檻の鍵を解いたと言ったところだ。
 扉はもう、押せば開く。中身が飛び出すのは時間の問題だろう。
「…さぞ、腹を空かしていたんだろうな」
「え?」
「リエラ、封を解かれても尚、奴がここに留まる訳が分かるか?」
「留まるって…。まだ、封印が効いているからじゃないの!?」
 シェゾは首を振る。
「今は、奴の意思で留まっているだけだ」
「どうして…」
「腹減らしているのさ」
「腹?」
「どうやって人を引き付けて、空腹を満たすかと思っていたんだろう。そこに俺が来た。で、俺を恐がらせようって作戦になったってところだな。恐怖心は精神と繋がる。強い奴の恐怖心はよりグルメって訳だ」
「…その為だけに…聖騎士団の人達を?」
「そんなもんだ。欲望にかまけると、意外にレベルの低い発想をする事はリンボの連中によくある」
 彼は、空から雨が降るのと同じくらい当然そうに言う。
 しかし。
「あたし、そんな状況に遭った事ないもん…」
 普通、それが正しい。
「そうだな。だから、お前は引っ込んでいろ」
「そ…そういう訳にも…」
 何か、八方塞がりと言う感じのリエラ。
「ほら、動き出すぞ」
「え!?」
 シェゾが見上げる遺跡の上部。
 そこから、何か陽炎のようなものが流れ落ちてくる。
「きゃ!」
 シェゾはリエラを抱きかかえて、遺跡の頂上から飛翔する。
 石のベッドから散乱する首飾りは、もう目に見えない。
 振り返りもせず、背中向きのまま地面にゆるりと降りるシェゾ。
「な、何か追って来る…」
 それは、アメーバのようにゆるりと二人の後を追った。正面を見たままの移動だったのでリエラはそれをじっくりと見ることが出来る。
 だが、ふわりと緩い落下を続けるシェゾは特に気にもしない。
 そして、二人を追う気が突如炎の塊となる。気は、まるでガスの様に勢い良く燃えた。
 炎が生き物の様にのたうち、そして消滅する。
「…!」
 驚きつつもリエラは理解した。
 シェゾがやったのだと。
「流石に、お前まで操られるとやりにくくなる」
 シェゾは、もし自分が操られても無造作に斬るのだろうか。
 リエラは背筋が冷たくなる恐怖と、無性に悲しい気持ちの両方を感じた。
 どちらが嫌なのだろう。
 彼女には判断できなかった。
「味はともかく、栄養的には動くに充分、か」
「え?」
「雑魚(聖騎士)供の恐怖も腹の足し程度にはなったようだな。そこに来て俺、だ。奴、我慢出来なくなったようだ」
「…そ、それって」
「動き出す」
「……!」
 遺跡が、ゆっくりと、いや、地下空洞全体が振動を始める。
「まったく、行儀の悪い奴だ。もう少し待てばこっちから行ってやったのに…」
「ひ…」
「潰されるぞ」
 シェゾはリエラの腰を抱いて大きく後ろに下がった。
 更に十数メートルも下がる。
 そして、着地と同時に遺跡全体が小刻みに揺れ、頂上から順にゆっくりと、砂の山が崩れる様にしてなだらかに崩壊し始める。
「…滅びは、美しいものだな。その中に何が詰まっていても」
「シェゾ…」
 恐るべき敵を目の前にして、遺跡の崩壊に心から賛辞を送っている彼。
 こんな状況にして尚、滅びを慈しみ、そして悲しむ彼。
 リエラは、一体どういう経験をするとそういう心情になるのだろう、と僅かの時間だがそれに興味を覚えた。
 だが、彼のそれは一転する。
「つうか、先に壊れやがった。手間、省けたがな…」
 彼は笑った。
 だが、その瞳は悲しそうに光る。
 
 崩れゆく遺跡は、その内部から次第に異質な物体を沸き上がらせた。
 エクトプラズムの巨体がアメーバの様に廃材の山と化した遺跡内部から染み出し、まるでそれは水饅頭のように遺跡を包み込む。
「…!」
「でかいな」
 それは山だった。
 ぶよぶよとうごめき、何色とも区別がつかない表面は赤黒い炎に照らされれ、更にグロテスクさを増す。
 何もしなくても、それだけで充分に人に恐怖を抱かせるその容姿だった。
 実際、リエラは口を押さえて顔をゆがめる。
「…れ、霊体って、におい、あるの…?」
「純粋なエクトプラズムなら無臭だが、これはいろいろ取り込んでいるからな…」
 硫黄より更に鼻につく刺激臭が充満していた。
「体に悪い。速攻でケリをつける」
 それにはリエラも賛成だ。
 その時。
「……」
 シェゾはゲルの塊の頂上を見た。
「そう言えば、残っていたな」
「え?」
 落下するようにして、それは彼らの目の前に降りた。
「アル!」
 リエラの弟。
 彼が、まだ残っていた。
 
 
 

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