魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第十三話 怒りなけれども、悲しみ失わず かくしてその通りになろうとしていた。 シェゾが剣を構えた。相手は、リエラの弟。 だが、瞬間アルはゴムで引っ張られたみたいにして後ずさる。 彼の気に怯えたからでも無さそうだ。まったく別の力に、彼は引き戻された。 だが、彼はそれを追う。 その前に、神官が立ちはだかる。 その瞳、気に、人のそれは感じられない。 ここに最初に入った神官様は、最初の犠牲者に過ぎないのだ。 封印を解いた哀れなる男は、いまや単純な木偶として動いているに過ぎなかった。 「雑魚に用は無い」 シェゾは跳躍し、そして無情なる一閃を叩き込む。 神官は、何かしようとしたが疾風に叶う筈も無い。頭上から一筋の線を描き、後はそこから砂の様に崩壊して消えた。 長い間の気の憑依が、体組織を追い込んでいたのであろう。 それはつまり、一定の時間以上取り憑かれた者は決して助からないと言う意味。 「……」 リエラは、立ち尽くす事しか出来なかった。 今、目の前で瞬間に起きたとしか思えない行動、それによる、神官の消滅。 そして何より、今ここに残っている『敵』は、彼女の弟だ。 しかし、彼に手加減は無い。 消滅した神官の居た場所から十メートル程後ろの階段に立つ彼は、今や生死の許可を目の前の美しき死神に握られていた。 「シ…シェゾ!」 リエラが我に返って彼を追う。 と、ほぼ同時にアルがふわりと身を翻し、風に靡く様にして神殿の上へと移動する。 「…来いってか」 闇に栄える美しき死神が獲物を追い、滑る様にして神殿を登る。 「待って!」 リエラも、二人の後を追った。 二人に追いついた時。 それは絶望の時か、それとも。 遺跡頂上まで登り切った時、シェゾとリエラは地上のそれとまったく同じものを見た。 だが、一点違う所がある。 岩のベッドの上、そこは、赤黒い色で濡れていた跡がある。 「…!」 リエラは絶句した。 ベッドの上に、粉々になったアクセサリーが落ちていた。 それは、彼女の両親のもの。 両親がつけていた貝殻と石で造られている幅の広いネックレスの残骸だった。 「……」 リエラはその場に座り込む。 「…う…」 一気に嗚咽が込み上げ、石の床に止め処なく大粒の涙が零れ落ちた。 「……」 シェゾも悟る。 「さっきの神官に、一言でも謝らせとけばよかった…」 そこへ、殺人的な視線を感じるシェゾ。 見上げると、遺跡の更に上部にアルが、いや、アルだった者が立ち、二人を睨め付けていた。 見ると、先程の槍とは別に右手に巨大な剣を持っている。 巨大な刃、分厚い刀身、そして、刃にこびり付いた血液の跡。乾いたそれは、赤黒く変色していた。 それを見てリエラは涙をこぼしたままの瞳を見開く。 「…う、嘘! 嘘よぉっ!」 叫ぶ様なその否定と希望。 だが、リエラは更に非情な事実を知らなければならなかった。 「生贄を…。更に生贄を…」 岩が喋っているかと思う様な精気の無い声。 人が発しているとは思えないその声だった。 「随分男前の声だな」 「あ、あんな声…アルのじゃない!」 「あいつも、完全に支配されている。もはや、ただの器だ」 「…!」 その言葉には何のフォローも無い。単なる事実だ。 そして、シェゾは剣を向ける。 今、剣先の彼の残り寿命は分単位にまで縮んだ。強制的に。 ふと、彼が遺跡の中に消えた。 「!」 だが、シェゾはすぐに悟る。 あそこに、内部への入り口があるのだ。 「奥の奥まで来いってか?」 「シェゾ…」 ぽろぽろと涙を流したまま、リエラはシェゾにすがる。 だが、あまり慰める時間は無い。 「リエラ、通路の文字は読んだか」 「う、うん、飛ばし飛ばしだけど…」 それは、遺跡の発展から滅亡までの史書だった。 実際に書いた者は遺跡の滅亡を見守った者らしく、誇大にも、野卑する事もなく、事実を淡々と、しかし事細かに記していた。 「ありきたりと言えばありきたりだし、滅びて当然と言えば当然だ」 「…力による支配で領土を広げ、やがて、手にした土地で、『魔法』を知った王達の、発展と、滅亡までの、記録…」 単純な力は確かにそれ故に効果があるが、それに溺れた者はそれ以外を得てして格下と決めつける。 何代目かの王も、とある制圧地で自分達の力とは全く異なる力、魔導力を知った。 しかし、負けた文明に興味を示すはずも、正しく知識を持つ筈もなく、長い間それらは、ちょっと便利なもの程度にしか認知されなかった。使える者がごく少数だったのも、そのレベルがごく弱かった事もある。 が、魔導力を扱う者達はやがて反旗を翻す。 数世代をかけて能力を、知識を蓄積し、滅びた我が国の復興を願った。 「そして、その願いもやがて狂気と紙一重になる。書には地獄の悪鬼を呼び出し、と書いてあったが、おそらくはリンボの扉をどうにかしてこじ開けたんだろう。そいつが出てきて、暴れ回ったらしい」 「魔界、でもないの?」 「人の話を聞ける様な力を持つ奴だからこそ、元から人ごときの言う事なんか聞かない。多少の時間だろうが操れたって事は、俺の知る限りリンボの化け物か、魔界のせこい魔物程度だ。そして、この力から考えると、どう考えてもリンボの奴だ」 そこまで言って、シェゾは階段を上り始める。 「わたし、全部読んでいないから…、どうして滅びたの? どうして、こんな力がここに残っているの?」 「リンボの奴は悪食だが、奴らなりにグルメだ。奴らは、好きなものを食う為ならどんな事でもする。ここは、それに都合がいい場所なのさ」 「何を、食べるの?」 「有名と言えば有名だぜ」 「え…何?」 シェゾは言い聞かせる様にゆっくりとその言葉を呟く。 「Fear…」 リエラは息を飲んだ。 正直、彼にとってこう言う類の遺跡、そこにある力云々自体は大した問題ではない。 ただ、それに絡む事柄がやっかいな場合が多い。 今回もそうだ。 また、本人の目の前で罪を背負わねばならない。憎まれなければならない。 「…まぁ、いつもの事か」 ぼそりと確認するかの様に呟く。 そして彼は、随分と恐ろしい事実を実に飄々と受け入れた。 初めてと言う訳ではないから。 頭に、遺跡で見たベッドが思い浮かぶ。 岩の、永遠の眠りを約束するそのベッド。 そこにこびり付いた血。 生贄の最も大切な役目は、血でも心臓でもない。 その恐怖心。 それだけが欲しかったのだろう。 今より前の時代、神様へのご進物となれば問答無用で引っ張られただろうな。 大抵の生贄の習慣のあった文明に共通しているが、個々の場合は特に、男より女、そして処女が良く選ばれたと言う。他の場合は神聖とか汚れが無いとか、余計なお世話の理由だったろうが、ここの場合は、より恐怖を湧きあがらせやすい存在だったからだろう。 彼はそんな仮説を考えて顔をしかめる。 「…気に入らない」 「え?」 「この遺跡、俺が潰す」 「…!」 リエラは背筋が凍りそうな気をシェゾから感じた。 彼は決めたのだ。 もう、終わるまでその気配が途絶える事は無い。 遺跡が遺跡たる為のその形すら、失う時が迫っていた。 |