第十一話 Top 第十三話


魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第十二話
 
 
 
  優なけれども、心失わず
 
 二人で歩き始めてから、遺跡に、いや、道に変化が起きた。
 通れるのだ。
 素直に遺跡が近づく。
 もう、数十メートルで遺跡に到着だ。
「…なんでこんな簡単に着くかね」
「ん? 何が?」
「いや、何でもない」
 問題が増えたならまだしも、解決したならそれはそれで良しとしよう。
 二人は、遺跡の前に立った。
 ピラミッド型のそれは、地上の遺跡をより壮大にした感じだ。しかも、地下遺跡であるだけに風化等の被害が無く、炎による煤け以外はほぼ原型のままだった。
「ここに、いるの?」
「多分な」
「…神殿、あ遺跡か。遺跡の下に、こんな空間があるなんて、それだけでもビックリしたけど、ここの空気って…一体何なの?」
 リエラが身震いさせて言う。
「いや、この瘴気の中でそれだけ行動出来るだけでも賞賛ものだ」
「そう?」
 リエラが嬉しそうに言う。
「やはり、ただの巫女じゃないな」
「誉めても何にも出ないよ」
 彼女は笑う。
 嬉しそうに。
 だが、その表情は次の瞬間に強張る。
「……」
 シェゾも、その顔は既に戦士のそれだ。
「…シェゾ」
「来る。何かがな」
 その瞳は目の前の遺跡の頂上を凝視する。
 地上に近い灯りのみが周囲を照らす為、遺跡の上部は不気味な影に包まれる。それは、一瞬そこが遥かな地の底を覗き込んでいるのではと言う様な錯覚を起こさせた。
 一瞬、そんな錯覚にバランスを崩したリエラがシェゾにしがみ付く。
「大丈夫か」
「う、うん。ごめん」
 再びその足でしっかりと立ち、頂上を見据えた頃にそれはやって来た。
 暗い頂上から、それは影が歩いて来るかの様にゆっくりとやって来る。
「…!」
 リエラが息を飲む。
「…神官」
「奴か」
 どこか眠っているかの様な足取りで進むそれは、痩せ型で背の高い男だった。仰々しい神官着、黄金をあしらったアクセサリー。見た目は、正しく大神官様だった。
 お世辞と気遣いを最大限に使えば、その顔はまぁ、見た目が悪くは無いと言えなくも無いが、そんな気を無くすのは、その目がどうにも精気を感じさせないからだ。
「…し、神官! えっと…リエラです! 無事ですか!」
 言いたい事は山ほど有るが、辛うじてそれを押さえて、『巫女』としての物言いで話し掛ける。
「……」
 だが、神官は反応しない。いや、彼らが目の前に来ている事にすら、気付いているのだろうか。
「神官! 父さんや母さんはどこ? 弟はどこ? あなたを探しに来た筈よ!」
 だが、そんな言葉に耳を傾ける事もなく、そのまま神官は降りてきた。もう階段は最後の一段まで降り切り、シェゾ達との距離は十メートル程度だ。
「…神官?」
 リエラが前に出ようとする。
 と、シェゾは突然リエラの腕を掴み、乱暴に引き戻した。
「いつっ!」
 肩が抜けるかと思う程それは強かった。と、同時に一瞬の前までリエラの頭があった位置に空気の裂ける様な音が響く。そして、それはそのまま地面にめり込んで直線に八十センチ程の溝を掘った。
「!」
 左肩を押さえつつ、リエラが息を飲む。
「…シェゾ…」
 そして、ただ何となく彼の名を呼ぶ。それは、自分が生きている事の確認であったかも知れない。
「あれはもう、神官様じゃないな」
 シェゾは呟く。
「…もう、元に戻らないの? 殺すしか、ないの…? 海岸の事件や、ここの遺跡前のあれみたいに…」
 リエラが悲痛に嘆く。
 海岸でシェゾが葬った騎士の事。
 そして、彼女がここに来て腰を抜かし、暫く動けなかったあの遺跡前の死体の山を思い出す。
「あたし、あんな沢山の人が死んでいるの、初めて見た…。もう、そうしないと、救えないの…?」
 彼女の瞳は救いを求めていた。
「救いかどうかは知らん」
「…え!?」
「だが、少なくとも楽にはなっただろう」
 彼は静かに言った。
「俺は、別に聖職者でも坊さんでもない。襲ってくる『敵』は倒す、それだけだ。まぁ、強いて言えば、苦しめて殺す趣味は無いがな」
 彼にとってはセオリーとも言える行動だが、リエラは生死が日常などと言う状況は異常以外の何者でもない。彼女は、彼の特異な生き方に今更ながら恐怖を覚えた。
「…シェゾ、あの、あなた…何で、そんな生き方しているの…」
「そういう生き方しか知らないからだ。それより、また何か来るぞ」
「!」
 リエラも、それを遅ればせながら感じた。
 先ほどの攻撃以降、指一本動かさなかった神官の後ろから、階段を下りてもう一人がやって来る。
 鬼気迫る波動を沸き立たせつつ。
 地上からの灯りが頼り故、遺跡の上部は暗い。そんな場所から影が降りてきて、だんだん姿を表す。
「…!!」
 リエラは、もう一度驚愕した。
「アル…」
「知り合いか?」
「お…弟よ…。生きて…」
 だが、その科白は途中で遮られた。
 簡易的な、そしてこの地方特有であろう色彩の防具に身を包んだその男は、三十メートル以上の距離を一気に跳び超えて、シェゾとリエラの前に立った。
「アル!」
「…やれやれ」
 シェゾは見た。その瞳は、神官と同じく既に正気を保ってはいなかったのだ。
 そして、その手には大きく反った刃の据えられた槍が持たれている。
 ハッタリでないのは、その隙の無い構えで容易に想像がつく。
 ここの気に触れた事は間違いないだろう。そうなった者がどうなるかは、もはや言う間でも無い事だ。
「シェゾ…。アル、操られて、いるの? 神官に…?」
「どうかな? 神官だって、自分の意志があるかどうかなんて怪しいもんだ」
 操る者と操られる者、と言うよりは、単純に操られている二人、と言うのが正しいと思われるその光景だった。
 経緯は、はたしてどう言うものなのか知った事ではない。
 だが、意識を失って尚、神官の瞳は嬉々としているかの様に見える。
 満足したのだろうか?
 
 人は恐れ、且つ、憧れる。
 未知の力に。
 その、底の見えない魅力に。
 何度繰り返すのだろう。
 何度滅べば気が済むのだろう。
 
「命と引き換えに手に入れて、何が楽しいかね? しかも、操られてちゃ世話ないぜ」
 シェゾは剣を構える。
 相手は、既に臨戦体制なのだ。視線をそらしただけで、次の瞬間に胴と頭がお別れしていてもおかしくは無い。
「待って!」
 リエラがシェゾの前に立ち、彼の腕を掴む。
「ア…アルを、どうするの…?」
「……」
 シェゾは、どこか皮肉っぽく笑った。
 そして、次の瞬間には氷の瞳がリエラに突き刺さる。
「退け。奴に殺されたくなければな」
「!」
 リエラが顔を青ざめさせる。
「どうやら、ここにある力は、俺のイメージする様な力じゃないらしい。なら、後はこの力を消す。それは、お前との約束だ」
「…シェゾ」
 それは、そのままこの遺跡に存在する力の消滅を意味する。そしてそれは、その力を植え付けられた者も同様。
「最悪の展開を覚悟しろ」
 そういうと、彼は己の腕にすがっていた女を無下に退けて、前に踏み出す。
 自我の光を失ったアルが、感情を失った男が、それでもその男から湧き出る鬼気に身を一歩引いた。
 そんなシェゾの気は、瘴気溢れるこの遺跡内においてすらそれを圧倒する。
 異質なるその気配、それは瘴気を弾くどころか、触れた瘴気を分解していた。
 そしてそれは、避け様の無い終わりの始まりを表す。
「アル…」
 リエラは、槍を構えてシェゾを睨みつける弟を見て確信する。
 目の前に姉が、リエラが居るのに彼は目線すら送らない。強い者、敵。それ以外はまったくの対象外なのだ。
 リエラは知る。
 もう、どうにもならないのだ、と。
 アルも、先ほどの怯みは既に忘却し、もう何事も無いかの様に槍を構える。
 恐怖心を無くしたバーサーカーが引く事は無い。戸惑いも、悔やみも、無い。
 そこに立つのは敵と敵、ただそれだけだった。
「ま…待って!」
 リエラは、シェゾの前に出た。
「……」
 シェゾは、だがやはり止まらない。彼は、ただ戦場へと赴くだけだ。
「シェゾ! …あ、あたしがやる!」
 泣きそうな声だった。
「やめておけ。身内で、殺しあうつもりか? そもそも、どうやってだ」
 リエラは、その言葉に身を強張らせる。
「…で、でも…せめ、せめて…」
 声にならなかった。
「人を殺す。身内を殺す。それが、お前にわかるか? いや、正直、分かって欲しくはないがな」
「……」
 彼は、知っていると言う事だろうか。
「それに、奴は『瘴気』に触れた。一般人が触れたって、そこらの戦士だってまともに相手出来るかどうか分からなくなる程の力を持つ」
「…アルは、一応、槍使いだった…」
「尚更だな。串刺しがオチだ」
「身内も、分からないの…?」
「親や兄弟だから助けられた、正気に戻った、何てのはお話の中だけの演出と思え」
「…アル…」
「リエラ、前にいい事を考えろと言って置いて何だが、こう言う展開もある。今からは、悪いが最悪の展開を考えろ」
 リエラはもはや、弟であった、としか言えない目の前の『敵』を、悲痛な顔で見て、そして悲しむ。
 結局、彼女はシェゾの言った通りに、最悪の展開を迎えなければいけなかった。
 
 
 


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