魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第十一話 実なけれど、真失わず 「シェゾ!」 彼は、想像すらしていなかった筈なのに、どこかで予想していた展開を頭に描く。 「リエラ…」 普通の服装よりは戦闘に適した感じの厚手の布で構成された服。そして、魔導付与された宝石のあしらわれたブレスレッドを身に着けたリエラが、シェゾの背後から走ってくる。 「だ、大丈夫? 怪我は? 薬、持ってきたよ!」 あっという間にシェゾの傍に辿り着き、リエラは方膝をついた。背中の小さなサックからビンを取り出す。 首筋の傷を見つけて、シェゾの返事も待たずに軟膏らしき薬を塗る。 「さっきの、ゴースト系だよね。なら、これで退魔効果と化膿止めの効果があるよ」 手馴れた手つきで薬を塗り、ガーゼをテーピングする。 「…どう?」 「ああ、良くなった」 「良かった」 ほっと一息つくリエラ。 「…ところで、お前…」 シェゾは、彼女が一段楽したのを見計らい、先程起こった現象を再確認した。 あれはライトニングボルト。 中級の電撃魔導だ。 「…魔法使いも珍しいんだったよな」 彼はゆっくりと言い聞かせるように問う。 「…ばれちゃったよね?」 シェゾはやれやれ、と息を吐く。 その時、最後の一体が背中から襲いかかる。 「シェゾ!」 言うより早く彼は対処は出来たが、あえてそれをしない。 一応、確認しておこうと言うのだ。 リエラが素早く詠唱して、もう一度ライトニングボルトを放った。エクトプラズムは、電気分解と巫女の特性である神聖魔導を付与された特有の効果によって、煙の様に消えた。 「お前、やっぱり魔導を『知って』いたな」 シェゾは、やや蔑んだ目でリエラを見る。 「やっぱり? もとからバレてた?」 「恐れ多くも、巫女って職業ついている奴が『魔導ってなに?』って事無いだろ。第一、仮にも正式な巫女になるには、よっぽどの僻地ならいざ知らず、普通は資格が要る。通常の、魔導学校を卒業できる程度の知識が、な」 「…よく知っているね」 これは、元々巫女と言う職(?)につく人口が少なく、学校にしても臨時的な授業扱いに過ぎない為だ。 従ってそこらの魔導学校では関連した教師が居ない為に、学べる学校も限られる。 その為、一般の学校にはその教科が在る事自体知らない人も少なくない。 本当の『巫女』とは、それ程特異な存在なのである。 「うーん、見事。何時おかしいって思ったの?」 「シャーベット」 「え?」 「あれはどうやって作った?」 「…あー、やっぱそうだよね」 「不自然だよな。魔導が珍しいこの暑い地方であんな冷たいもん」 「えーと、ワイン貯蔵用の地下に箱作って、アイスストームで氷作って、小さな冷凍庫にしたの。で、シャーベット作って、お待ちしてました」 「じゃあ、こういう地方だし大人気の商品だな」 「んーん。初めて作ったよ。でも、美味しかったでしょ?」 リエラはえっへんと自慢げに言った。 「ああ、美味かった。で、初めてなのか?」 「だって、あたし、自慢じゃないけど、シャーマン的な力は割とあるけど、一般的な魔導力は中の下だよ。冷凍庫だって、やっとシャーベット一個分だったんだから」 リエラは、照れ笑いしながら言う。 「あの日、今日辺りに来る筈だからって、朝から必死に氷作ってシャーベット用意したの。でも、もしも後一時間も遅れてシェゾに到着されたら、シャーベット溶けてたよ」 怯えるどころか、むしろ楽しそうに語るリエラ。 「…一つ、質問がある」 シェゾはそれを聞いて眉をひそめた。 「なに?」 「て事は、お前、俺が来るのを知っていたのか?」 「…まあ、ここまで言ったらもう全部種明かし」 リエラは、イタズラっぽく笑いながら言う。 「あのね、エディって人、知っているでしょ?」 「エディ?」 「ほら、裏仕事の仲介人の」 シェゾは、酒場で肉をむさぼり食う、ひげもじゃのクマを思い出した。 「…奴か。今回の仕事も…何?」 「あたしの親戚のおじさんなんだな、これが…」 リエラはえへへ、と申し訳なさそうに言う。 「…はめたな」 シェゾの声のトーンが下がる。 リエラは慌てて弁明する。 「あ、あの、それは謝る。謝ります! どうしても、力のある人に何とかして欲しくて、それで…」 リエラは、縮まって申し訳なさそうに言う。 「で、知っている人に聞いていたら、おじさんがそういう仕事しているから、すごい人知っているって事だったの」 「…あのオヤジ」 シェゾはため息をつく。 「でも、エディおじさんに聞いた話だと、その人って興味のあるコト以外は…って話だったから、それで…」 「密林のお宝、か」 伝承自体は、勿論嘘ではない。しかし、彼はそう言った言い伝えや昔話に慣れているので自分の調べた内容とかみ合わない部分があると途端に興味を失う。それでも興味を失わないのは、ブラフとしても尚魅力的な内容の時。 だから、今回は伝承に従って魔導は『すごいもの』と言う認識にする必要があった。 「そのね、シャーベットの案も、おじさんなの。ここに初めて来たら絶対暑がっているだろうから、冷たい物でもごちそうすれば、きっと注意を向けてもらえるって…」 「……」 シェゾは苦笑いする。 その通りだが、今思うと幼稚な手にまんまと引っかかってしまった。 ちなみに、流石にリエラは言わなかったが、エディは他にも『彼は見た目よりもナンパだから、かわいいリエラがお願いすればきっと大丈夫』、とアドバイスしている。 …きーっとさ、そのおじさん、他にも、『シェゾは女の子に弱いから、迫れば断らない』とか言っているんだよ。絶対。 アルルは、シェゾの顔をじーっと見つつ、鋭い読みでそれを的確に当てていた。 「一本とられたって訳か」 「…ゴメンなさい」 リエラは、しゅんとする。 「で?」 「え?」 リエラがキョトンとする。 「続けていいんだな?」 「…いいの?」 「乗りかかった船だ。それに、実際興味が湧いてきた」 シェゾはしょうがない、と笑う。 「あ、ありがとう!」 リエラは、眩いばかりの笑みでシェゾに感謝した。 「まずは、神殿に行かなきゃならん。お前、よく俺に追いつけたな」 「え? 普通に歩いてきたよ。勿論ここは初めてだけど…」 「そう言えば、基本的な事だが何故来た? それに、ここを知っていたのか?」 シェゾはとりあえずの謎を聞いてみた。明かせる事は明かしておくに越した事は無い。 「うん、遺跡の上の扉まではね。下に何があるかまでは知らなかったけど」 「すぐ解る事だが、なら入り口まで教えてくれればよかったのに」 「えーと、お言葉だけど、昨日の本に書いてあったんだよ」 「何?」 「あの本、代々巫女にのみ伝わる本でね、ちゃんと読めば入り口のところまでは書いてあるの。但し、絶対封印だから、その下に関しては…だけど」 「もうちょっと読んでおけば良かったな」 「でも、実際に開いたのは勿論初めてだから、緊張したよ。こんな地下遺跡があったなんて知らなかった…。ここに、お父さん達が…」 「多分な。ついでに、最初の馬鹿もここだろう」 「…どうなっているのかな」 リエラは、あれこれと不安な考えを想像してしまい、深くうなだれる。 「リエラ。お前はそういう人間じゃないが、一応言っておく。戦いってのは、その気になると結構上手くいくもんだ。勝てると思えば勝つ。負けると思えば負ける」 「…うん…」 「だから、まずはお前が理想とする希望だけを考えろ。…それだけだ」 シェゾは、かすかにリエラに向けていた顔を戻して神殿を見る。 「う、うん」 その時のリエラは、驚いた様な、それでいて心底嬉しそうな表情だった。 彼女は、シェゾがこうも他人を気遣うというのが奇跡に近いと知っているだろうか。 知りはしないだろう。 だが、彼の言葉の優しさはそれだけで十分、彼女の心に残る程の感動に値する。 そして、リエラの笑顔。 それもまた、シェゾの心に留まるに十分だった。 |