魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第九話 情なけれど、哀れみ失わず その日の昼前、シェゾは遺跡を目指してリエラの家を出た。 出がけの会話。 「ねえ、ホントに戻ってこないの?」 「多分な」 「絶対?」 「もしも、報告したくなる様な面白い事があったら、その時は戻ってくるさ」 「…うん、分かった。だと、いいね」 「おいおい。それって、あんまり良くないぞ」 「そうかな?」 シェゾは、珍しく簡単に笑顔を見せた。 「じゃな」 「うん、気をつけてね。いってらっしゃい」 それは、帰りを待つと言う言葉。 リエラは、寂しそうにシェゾの背中を見送った。もしかしたら、もう逢えないかもしれない。しかし、シェゾの笑顔は、心に刻みつけられた。それは、彼女の心に一生残るくらいに爽やかな笑顔だった。 遺跡までの道はそう遠くは無い。普通で一時間弱。シェゾの足でなら四十分程度と言う距離に、その遺跡はあった。 だが、簡単には事は運ばない。 シェゾは、人の愚かさをまたしても目の当たりにした。 「……」 「そこの者、止まれ!」 遺跡の周りに、二十人ほどの警護がいた。 恐らくは、リエラが言っていた残りの聖騎士団様達だろう。 シェゾは、ヤリをもって物騒に構える尖兵に向かって、一切速度を落とさずに歩く。 「き、貴様! 我々を…」 槍を持つ男達後方の兵も、剣を構える。 「聖騎士団様、だろ?」 シェゾは、お情けで止まってやった。 「そ、その通りだ! 我々はこの場所を不審な者から守ると言う使命がある! お前の様な怪しい者を近づけるわけには行かぬ! 即刻立ち去れ!」 「…嫌だっつったら、どうする?」 「…!」 男達の顔色が悪くなる。 シェゾの不敵な面構え、そして、滲み出す気に押されているのだ。 どうやら、仮にも剣術を扱う者として、最低限の気配くらいは感じるらしい。 だが。 「わ、我々が万が一倒れたとしても、最強の六騎士が必ずここを…」 彼らはまだ知らないらしい。 ここに泊り詰なのだろう。 「…歩いてちょっとなんだから、もう少し細かく情報集めろよ…」 「なに?」 逃げるならそれでいい。シェゾは哀れに思って昨夜の『事故』を言ってやろうと思ったその時。 遺跡が、また動き出した。 「ひ!」 「な、なんだ?」 「…う、うわあ!」 男達が、地鳴りの様な気配を感じて戦く。遺跡の目の前だけにその波動は桁違いだ。 そして、その波動は哀れなる聖騎士団に無情な牙を剥く。 アンコールワットの様に突き出た遺跡の頂上から、陽炎の様に気が流れてくる。 まるで、透明な土石流だ。 その気は、瞬きする間も無く男達を包み込む。 「…うおおお!」 かくして、昨夜の再公演が役者を替えて始まった。 二十名が、全員正気を無くし、一斉にシェゾに襲い掛かる。 しかも、それなりに強くなっている。 太刀筋、力、戦法。 それなりに見事だ。 しかし。 「……」 すべては、『それなり』である。 彼にとってみれば、そんな彼らの疾風の様な動きも、水の中でもがく豚程度に過ぎなかったのかも知れない。 シェゾは逆に水鳥の様に身を翻すと、瞬間で闇の剣を取りだす。 彼らがスローモーションに見えた。 そんな彼らの間を縫うシェゾの姿は、目に焼きついた残像の様だった。 そして、シェゾは明らかに人数の半分以下しか剣を振っていないと言うのに、息一つ乱す事無く、遺跡の周りの静寂を取り戻してしまった。 彼が剣を振る音よりも、木の実が地面に落ちる音の方が五月蝿かった。 そして、それより五月蝿いのは男達が倒れる音。 魔導など使う間でもない。剣は、全て急所を貫いていた。 それは、最も確実に殺せる部分。 そして、最も楽に死ねる部分。 男達は、正気をなくしたまま死んだ。それはそれで幸せかもしれない。 恐らくは、死んだ事にすら気づいていないのであろうから。 「……」 シェゾは何とも不快になっていた。 別に、無力な男達を倒した事について等ではない。 どんな意志かは知らぬが、直接攻撃してこない事に対してだ。 力あるものは、それなりの行動をすべきだ。 この行動は、その力に見合った意志とは言えない。 そういう、うざったい事をする意志に対してシェゾは苛立っていた。 静寂の戻った、いや、ざわめきを押さえつけられたその遺跡。 シェゾは、周囲を確認する。 森を直径で二百メートル程切り開き、その中心より北側へ五十メートルほどずれた位置に、その神殿は鎮座する。正確に四面で東西南北を示すピラミッド型のその遺跡は、見た目的に『ウシュマル遺跡の魔法使いのピラミッド』を連想させる。ただ、それと違うのはピラミッドの辺に当たる部分から、歯の少ない櫛の様に柱の跡が残っている事。 そして、周囲には恐らくそこに立っていたのであろう、柱と思しき石柱が様々な大きさで横たわっている。 恐らく、出来たての頃はピラミッドの四辺から、きれいに天を衝く様な柱が何本も伸びていたのであろう。 もしかしたら、その柱が更に上の何かを支えていたのかも知れない。 そう思えるくらい、遺跡の周りは柱やら壁の様な岩が散乱していた。 ピラミッド自体の上にも、岩が落ちている。所々に穴を開けているその姿は、諸行無常を感じさせた。 遺跡の階段を彼は昇る。 頂上までは40メートル程で、その頂には祭壇があった。 中央に据えられた石のテーブルは、やや狭いベッド程度の大きさがある。 そこに寝た時に丁度首になる辺りには、無数の刃物に拠るとおぼわしき傷がある。それは、何を意味するのだろう。 「…昔の宗教には良くある話か」 シェゾは、今でもそういうのが無い事は無いのを知っているが、とりあえず過去の話とした。 辺りを見ると、『ベッド』の後方に祭壇がある。 シェゾは、その祭壇から煙のように湧き出る気を感じる。 「…古い手だ」 作られたのが昔だから仕方ないにしても、たしかにそれは古い手と言わざるを得ない隠し扉の作り方だった。 シェゾは、祭壇を軽く調べる。 祭壇の裏手に、さび付いた鎖が何本かあった。ぱっと見は、祭壇の飾りだ。 その中から一つ明らかに作りが違う鎖を手にとる。鎖が伸びている付け根は、穴になっていた。 そして、鎖の下にはこぼれた赤錆。 よく見ると、鎖は所々サビを落として銀色の地肌を覗かせている。 つい最近、誰かが触ったのだ。 「む…」 滑らない様に手に巻きつけてから、シェゾは引っ張る。 赤錆がぱらぱらと落ちた。 錆のせいでそのうち、ちぎれはしないかと少々心配したが、杞憂だった。 ひとつ、大きく音がした。 シェゾがその手を離すと、鎖はジャラジャラと音を立てて戻ってゆく。 そして、祭壇の後ろの岩壁が、木槌で打った様な音を立ててゴトゴトとスライドした。 「…ご開帳」 シェゾは、その奥の闇へと歩を進める。 階段になっていた。入り口は人が一人分程度の広さだが、中に入るともう、横に二メートルはある広い階段になっていた。 傾斜も遺跡外見のイメージよりは緩い。 緩いらせん状になっているそれは、恐らく遺跡頂上から内部をぐるりと回っているのだろう。 つまりこの遺跡、言ってみれば階段部屋って訳か? シェゾは、御大層な階段に一応驚く。 無論灯りは無いが、シェゾは迷わず進む。 一本道である上に、匂いそうな程にあの気が、いや、瘴気が流れている。 迷い様が無かった。 ただでさえ、頂上まで40メートルを数えるその遺跡である。 更にらせん状となると、その階段の距離は半端ではなかった。 「……」 だが、シェゾは退屈していない。 最初は、『見えないだけ』の暗闇ゆえにそのまま降りる気だった。だが、目が慣れた頃にふと、壁の幾何学模様に気付く。 シェゾは、ライトを灯して驚いた。その階段は入り口から、びっしりと古代文字が描かれていた。恐らくは、これから行き着く出口までそうなのだろう。 「…成る程ね」 それは、歴史書だった。 シェゾは、こう言うものに対しては好奇心を押さえきれない。 わざわざ入り口まで戻って、じっくりとその記録を読みながら、彼は改めて下へと向かって行った。 |