魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第八話 哀なけれど、悲しみは失わず その気は空から槍の様に飛んで来た。 飛んで来た場所は、シェゾには察しが付いている。 『槍』の数は三本。 それが、空気を揺らめかせながら飛来する。 目標は、シェゾでは無い。 「……」 シェゾは、空を見上げた。 聖騎士達は相変わらずおろおろするばかりだ。もはや、体制が立て直る事は無いであろう彼らの上に、それは降って来た。 「うぐわわああああああ!」 六人のうち三人の脳天に見事に槍が突き刺さった。 そして、そのまま気は同化する。 「…お、おい?」 衝撃を受けた三人に、残った三人がパニックを起こしつつも声をかけた。 「ど、どうした? あいつに、何かされたのか?」 彼らには、それがどこから来たか、いや、何が来たかすら知る知恵は無いらしい。 彼らは次の声をかける事が出来なかった。 口を開く前に、その首が三つ宙を舞ったから。 白い砂が鮮血に染まり、続いて体が倒れる音が重なって砂浜に響く。 「…くおぉ…」 首が飛ばなかった三人、つまり飛来した気の槍の直撃を受けた三人の目は、既に正気を無くしている。 そして、三人の随所の筋肉は時折異様に膨張と縮小を繰り返す。 手にした飾りだらけの剣が鈍く輝き、その性能以上に切れ味を増していた。 シェゾは冷静に判断する。 「…成る程」 そう呟いてシェゾは踏み出す。 無造作に、無人の野を行くかの様に。 闇の剣が閃光を発したのはその直後だった。 まるで先程の連中とは思えない隙のない剣戟を見舞う三人。 三つの刀身は、シェゾの脳天と右肩、左肩を正確に狙う。 当たれば、シェゾが三枚に下ろされているであろう鋭い一撃。 だが。 シェゾは剣を横一線に振った。 気合も入れてなければ、何かの念を込めた様にも見えない。 だが、その軌道に沿って三つの剣は飴の様に砕け、その先にある三人の首も綺麗に吹き飛んだ。 ありえない筈だった。 そこまで闇の剣は長くない。 だが、現実だった。 未知のドーピングにより手に入れた人外の力で襲い来る三人を前にして、彼は呼吸一つ乱さずに全てを終わらせた。 「…風景が台無しだ」 もう少し他に言う科白がありそうなものだが、彼はもう一言も喋らなかった。 シェゾは、そのまま海岸を後にしてリエラの家へ戻る。 何気なく帰ったのだが、リエラは先程の気配を感じ取っていた。 流石はちゃんとした(元)巫女だ。 「シェゾ! さっき、なんか海岸のほうから変な気配を感じたんだけど? 一体なに? 何かあったの?」 尋常ではなかった気配に慌てているリエラ。 こんないいシャーマンがいるって言うのに、どうして上がああなるかね? シェゾは溜息をついた。 「リエラ、神官ってのは雑魚…聖騎士団なんて持っているのか?」 「え? 知っているの? うん、確かにあるよ。えっとね、最強の騎士六人と、二十人くらいの小部隊だけどね。けっこう強い筈だよ」 「強い、か」 シェゾは笑う代わりに深呼吸みたいな溜息をつく。 「で、正直言うとさ、あたしは、多分彼らにどこからか見張られているんだ。軟禁に近い状態だしね。全然気配は感じないんだけど。流石だよね…」 彼らの『能力』に感心するリエラ。 「…あれがね…」 シェゾは笑うと言うよりもむしろ泣きたい感じだった。 あんなのが俺に剣を向けたと言う事実は、正直己にとって恥と言っていい。 「ん?」 「いや、多分、お前はかなり自由になった」 「は?」 「明日分かるさ。俺は寝る。明日、始める」 シェゾはそういうと、用意された寝室へ姿を消した。 「う、うん。おやすみ…」 部屋に入ってからシェゾは考える。 …わりと好戦的な『力』だ。 封印の理由は、大体解ってきた。 そして、とりあえず動き出した力の尖兵は消した。 力は、大分目覚め始めている。 …明日は、下見だな。 シェゾは決めた。 その日の晩が、決戦だ。 シェゾは窓の外を見る。 相変わらず星は無数の瞬きで夜空を彩る。 当り前の事だが、地上での流血騒ぎなど、星には無関係なのだ。 次の日の朝。 「…シェ! シェゾ!! 起きて起きてっ!!」 リエラが大慌てでシェゾの部屋になだれ込んできた。 死人だって起きてしまいそうな勢いだったが…。 「…ん…」 シェゾは跳び起きるどころか、まぶた一つ開いていない。 朝の彼を制御する事は、某魔導士の卵にすら難しい技なのだ。 「シェゾ! 起きて! 大変なの! ねぇってば!」 だが、シェゾは体を起こす事は愚か、身じろぎひとつしようとしない。 普段からして彼は朝に弱いが、この地方特有の熱帯性気候のおかげで、眠っている間にもかなり疲労してしまった様だ。 汗ばんだ額がそれを物語る。 しかも、夜中の暑さに対して、今朝は朝から曇り始めていた為に、比較的眠りやすい気温だ。 従って、今朝の彼を手なずける事はゾンビに器械体操させるより難しい。 「…むぅ…」 「シェゾってばあ!」 あいも変わらず目すら開けないシェゾに掴みかかる。 がば。 「わああ!」 シェゾは、近づいたリエラの胸倉辺りの服をを条件反射的に掴んで、フォールするような体制でベッドに貼り付けた。 五月蝿い、と言う代わりに。 広いベッドだったので、シェゾの横ではリエラがネズミ捕りに捕まったネズミのように体をじたばたしている。 しかし、その体はびくともしない。 「……」 ひとしきり暴れて、それがムダとわかると今度はシェゾをヘンに意識し始めてしまう。布団に突っ伏した横顔は、男のそれである。 リエラはそんな男の表情をこんな至近距離で見るのは初めてであり、しかもそれが美形と来ては、どうにも暴れる気がそがれてしまう。 シェゾはシェゾで耳元が静かになったので、また寝息を立て始めていた。 「……」 ベッドに突っ伏したシェゾの腕の下に収納されたリエラ。 こんな、力強い腕を感じた事は無かった。 「…あ、あの…」 声で抵抗を試みるも。 「ぐう…」 シェゾは本格的に二度寝の体制に入る。 「……」 それから小一時間も過ぎた頃。 「…ん?」 「……」 半分枕に埋まっているシェゾの顔。かろうじて外に出ている右目を目覚めさせると、すぐ側にリエラの耳が見えた。 背中をシェゾの右手で押さえつけられていたので、うつ伏せのまま彼女は結局そのまま動けなかったらしい。 「…おう」 そう言ってシェゾは右手を離した。 「…起きた?」 リエラは深呼吸して立ち上がる。 「くあ…。よく寝た」 やっと体を起こして背伸びするシェゾ。 「ヨカッタネ…」 そういうリエラの頬はやや上気している。 当然と言えば当然だが、強制的に添い寝をするのはリエラ初の経験であった。 「…それで、ね。海岸に、昨日の夜に話した聖騎士団のトップ六人が揃いも揃って殺されていたの」 朝食の準備を再開しながら、リエラは一気に喋った。 「なんでだ?」 「…さあ、戦ったとしか見えないらしいけど、でも、争いあったにしては随分と状況が不自然らしくて…」 リエラは冷えたハムエッグを温め直しながら言う。 「あ、シェゾ、お湯沸いたからコーヒー淹れてくれない?」 「ああ」 曇りの天気のせいで、ホットでも十分だった。むしろ冷たいものよりも目が覚める。 「ねえ、昨日、外に出たよね? その時は何もなかったの? あの時間に感じた感覚に何か関係しているんじゃないのかな…」 その勘は流石と言うべきか。 「あ、そうだ! 昨日、その事言っていなかった? まさか、もしかして…」 「俺だ」 実にあっさりと白状するシェゾ。 「…!」 リエラは流石に身を強張らせる。人が殺されるのに慣れている訳もなければ、殺した人を見慣れている筈も無いのだから。 「だが、最初に殺し合ったのは奴らだ」 「え?」 シェゾは、食事しながら昨晩の一件を話した。当然と言えば当然だが、リエラは全然食が進まなかった。 「…あの、力の影響…?」 「ああ」 コーヒーを飲んで一息つくシェゾ。 「俺は今日遺跡に行く。そして、調査してそのままカタをつける気だ」 「……」 リエラはかろうじてコーヒーを一口飲んだ。 「最初は遺跡に行くんだから、何かしら神官連中から妨害は起きると思っていたが、ああなった以上まず問題は無い。崇められていたなら尚更、俺みたいな馬の骨にやられたなんて言いやしないだろうし、ああいった奴らだ。今頃、保身で手一杯になっただろう」 「う、うん」 「俺が遺跡に行ってどうなるかは保証できない。それは分かってくれ」 「…うん」 「それと、用が終わったら、後は考えろ」 「…うん…え?」 「終われば、俺はそのまま行く」 「…え?」 彼は、いちいち事の経緯を報告しようなどと言う親切心は持ち合わせていなかった。 |