魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第七話 未来なけれど、夢失わず その日の晩。 俺はリエラの家にやっかいになっていた。 急いだ方がいいと思ったのだが、リエラは代々伝わる文献を見せてくれると言ったので情報収集を先とする事にした。 「…まあ、遺跡の表面だけを拝んでいた様な似非信仰だ。大した事無いと思ってはいたが、なんともまあ…」 シェゾは数冊目の本を机に放った。 「だめ? 役に立たない?」 コーヒーポットを持ってやってきたリエラが言う。 流石に昼のビキニは脱ぎ、今はパンツとタンクトップだ。浅黒い肌と真っ白なタンクトップが対照的で、年齢より大人びた印象を与えていた。 「遺跡の構造って点では役に立ったが、肝心の『力』の部分は皆無だな。いったい何百年もなに調べていたんだか…」 「…ゴメン」 空になったグラスに、何杯目かのコーヒーを注ぎながら小さい声で言うリエラ。 「それよりも、お前、言わば軟禁状態なんだろう?」 「軟禁…。そうだね。そんな感じ。仕事とか生活とかは全然制限無いけど、町の外に出るとかそういうのはダメって感じかな」 「俺がここに居るのはいいのか? 外部の者だぞ」 「んー…。文句も来てない様だし、いいんじゃない?」 「平和だな」 「ん。遺跡関係者以外は平和な町だよ」 リエラはニコニコしながら、何げに物騒な事を言う。 「巫女がそういう事を言うな」 シェゾも何となく笑って言う。 「元、巫女だもん。ふふふ」 リエラは笑う。 「ねえ? シェゾってさ、この村、嫌い?」 リエラが聞いてくる。 「…村、か。ちょっと暑い以外は、いい所かもしれないな」 「かもじゃなくって、いい所だよ。ね、ここに住みたいとか、思わない?」 「あ?」 「男手があると、やっぱり色々助かるしさ…」 がぶ。 「……」 シェゾは左腕に痛みを感じた。 アルルは、顔の横にあった腕に器用に噛み付いている。 「おい」 「ぐるるぅ〜〜」 唸っているアルル。 「なんなんだお前は」 アルルは服に歯形を残して口を離す。 「だ、だってだって…だって…シェゾってば、浮気が入り婿の引越しで悪い虫が…」 アルルは何か思考の押さえが効かなくなっていた。 自分を見ているのに、自分は『映っていない』。そんなシェゾの瞳が無性に悲しい。 「…アルル」 シェゾは、見えもしないのにアルルの顎をくい、と持ち上げる。 「にゃ?」 後ろからだっこ状態なので、ぐるりと振り向く格好になるアルル。 「!」 そして次の瞬間、唇が重なった。 優しくも、抵抗を許さないその行為。 かすかな時の停滞の後、唇はそっと離れる。 「おとなしくしてろ」 「…うん」 アルルは、おとなしくシェゾの腕の中に収まった。 「まあ、それは考えておくとして、ちょっと出てくる」 シェゾは本を机に置いて立ち上がる。 「…どこ行くの? 付き合おうか?」 「いやいい。代わりに晩飯でも用意していてくれ。受けたんだから、飯ぐらいは賄ってくれるんだろ?」 「あ、うん。それはモチロンだけど…。でも、どこ行くの?」 「おとなしく待っていろ」 「…うん」 リエラはおとなしく従った。 誰に対しても態度が変わることは無いシェゾ。 そして、誰もが同じ様な反応を返してしまうのであった。 シェゾはリエラの家を出た。 外は既に夜の闇だが、その夜空は無数の星に彩られている。 ともすれば、その美しく輝く三日月すら霞んでしまいそうな程に無数の星々は輝く。 彼は星空が好きだった。 闇にしてその闇を否定しない輝き。 美しいだけではない。 どこかで、救いにすら思えていたのかもしれない。 だが。 「……」 彼は感傷に浸る為に外に出たのではない。 シェゾは一見無造作に海へ向かって歩く。 足音が聞こえる。 それはシェゾの足音にしては無粋。 しかも、それは増えていた。 やがて、シェゾは砂浜に出た。 ただでさえ少ない人工の灯りが皆無になり、夜の海によって光を倍に増やした星々が天地の垣根を消し去って輝く。 波の音は平衡感覚を狂わせ、足元から頭の上から輝く無数の光は、まるで地面が消失したかの様な錯覚を起こさせる。 シェゾは、まるでそんな世界から生まれ出でた化身の様にして立っていた。 水辺に精霊が現れたと言っても、誰も疑いはしまい。 そして。 「…人の散歩を邪魔する奴。誰だ?」 無論、答は解りきっている。確認に、いや、出てこい、と言う意味に過ぎない。 とても隠れていたとは思えない下手くそ極まりない隠密行動だが、一応闇の中から六名の男が現れてシェゾを取り囲んだ。 どうやら、暗がりごときと、闇の意味を履き違えている様だな。 シェゾは、いつもの事ながら『闇』と言う意味の扱いに対する軽さに苦笑する。 「そこのよそ者なる男。この聖なる神に守られた町から出て行け。さもなくば神命により、お前を天へ送り返す事になる」 シェゾは声を上げて笑い出しそうになった。 「お前ら。暗殺部隊のつもりか?」 「…暗殺などと無礼な事を…。聖騎士団と呼ぶがいい。騎士団の中でも最強の六騎士。我らにかなう敵などこの世に居はしまいぞ」 「……」 シェゾは、振り返りもせずに肩を震わせた。 「…口を閉ざして出てゆくなら、我らとて無駄な殺生はせぬぞ?」 愚かにも、彼らはシェゾの肩の震えを恐怖と取ったらしい。 「くく…」 シェゾの我慢は限界だった。 「!?」 夜空に屈託のない笑い声が響いた。 清々しささえ感じる笑い声にして、圧倒的な威圧感。 男達は夢にも思わぬ行動に驚き、一人残らず思わず後ずさりした。 …これで無敵ね。 シェゾは初めて相手に振り向いた。 「素敵な神だな」 その言葉と同時に、シェゾの体から彼らにとって未知なる波動が噴きだした。 「…な、何だ? お前は…」 既に逃げ腰となっている聖騎士団。 気を感じる程度は出来るか。 もっとも、感じるだけ、の様だが。 シェゾは右手を天に掲げる。 そして、手の周りの空気がゆらりと波打つ。 男達は恐怖に瞬きすら忘れて、その現象に注目した。 目を離すとどうなるか分からないと思ったから。 次の瞬間。 その手に、剣が現れた。 闇よりも尚純粋な闇の気配に包まれたその男が、その手に剣を出現させた。 光の屈折が無ければ、その存在すらわからない透明なる刀身。 美しいその剣自体が雄々しく、そして禍々しい気を放つ。 主人に勝てぬとは言え、その気は純粋で強大だった。 闇の剣の出現が、男達の恐怖を焼印の様に確実なものにした。 「ば、化け物…」 聖騎士団の勇者面々は、もはやシェゾが一歩前に出ただけで脱兎と化そうとしていた。 シェゾも、こんな木っ端を相手に闇の剣を使おうなどと思った訳ではない。 リエラに害が及ばぬ様にすればいい。 それは情とかでは無い。余計な手間をかけさせない為だ。 その為には、殺すよりも恐怖で支配する事が何よりだと考えていた。 人は、時として死よりも生きる事に恐怖を感じるものだ。 だが。 「!」 シェゾは感じた。 どこからか異質な気が迫ってくる。 「…これは」 シェゾはここに来て初めて緊張を覚えた。 そして、同時に昂揚感も沸き始めていた。 |