魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第五話 言葉なけれど、心失わず 「…お前、古代語を知っているのか?」 シェゾは疑問と言うよりも確認の為に聞いた。 「うん。それくらいは当然」 少し前を歩きつつ、リエラはあっけらかんと言った。 「あたしね、これでも巫女なんだよ。父さんも母さんも神殿に勤めていたの」 「……」 巫女がビキニ着て小麦色に肌を焼いて、シャーベットの売り子している地方って聞いた事ないな…。 「まあ、元、なんだけどね」 「理由は?」 「んーと…。あ、店に着いたよ」 リエラは上手く話題を変えた。 「…そうか」 シェゾは別段追及する事も無く、それに応じた。 言う気がないと判断したのか、それすらもどうでもいい事なのか。 二人は服屋に入った。オープンな店構えだが、日差しが遮られるだけでどこか涼しく感じる。 観光地に近い場所らしく、実用的な服から、パーティ的な服まで品揃えは結構ある。普通の服に混じってだが、少々硬そうな服がちゃんとある点もシェゾ的に気に入った。 「さて、なんにする?」 リエラはそこらの服をあれこれ手に取りながら言う。 「…っつうか、店主が居ないようだが」 「あたし」 「何?」 「ここ、あたしの店。『ルミエラ』って言うの。以後、ご贔屓にね」 「……」 シェゾは、とりあえず服を選ぶ事にした。せめて通気性のいい服を探さないと、奥地に入ったら暑くて倒れてしまう。 「探索とか冒険にも適しているのは…これかな? 要所要所がこの辺りの海で捕れる甲殻類の甲羅で補強されているから、軽いし丈夫だよ。お肉も美味しいの。それと、靴もメッシュが入っていてね…」 流石に客相手は慣れている。相手が欲しいものを的確に判断し、納得させるトークで商品を説明していた。 …どういう巫女だ。 その疑問だけは拭えなかったが。 暫くして、シェゾはとても涼しげな服へと変身していた。 意地でも長袖は譲らなかったので、その代わりに熱を反射し、通気性もよいと言う事で白のメッシュ地の服に身を包む事となる。 防具を着ける代わりに布の重ね合わせで極力防御を代用する。その上に、甲殻類の殻を加工し、デザイン良く配置する。白い貝等が丁寧に磨かれた事で複雑に輝き、美しいファッションとして確立する。 その姿は、さながら騎士と言ってもいい様な神々しい輝きに包まれていた。 「似合う似合う!」 リエラはパチパチと手を叩く。 「本当か?」 「本当。鏡見てよ」 シェゾは、店の片隅の巨大な移し鏡の前に立つ。 「…真っ白だな…」 肌もどちらかと言えば白く、あまつさえ透き通るような銀髪であるシェゾ。そのまま立てば、彫刻といっても良いような出で立ちとなっていた。 白のコーディネート。好きな服装ではある。前に来ていた服を思い出す。 「いいよ。とっても!」 シェゾはふう、と溜息をはいて納得する。 確かにこれだけ肌を隠してもさっきと比べてまるで涼しい。いいだろう。 「で、いくらだ?」 「なにが?」 リエラは、ん? と聞く。 「なにが? じゃないだろ…」 「?」 「俺はわざと袋の硬貨を鳴らす。 「あーあー、代金ね。もちろん貰うよ」 「一言で済む話を長引かせるな」 シェゾはやれやれ、と言う表情になる。 「で?」 「…お金じゃないんだな」 「何?」 「言いにくいんだけどぉ…」 「何だよ」 「カラダで払ってくんない?」 「…おい」 シェゾは軽く睨む。 「まーまー落ち着いて。別に手篭めにしようとかじゃないから」 「当り前だ」 今度はどんな風にふざけた会話を返すかと思っていたが、リエラは思いのほか真面目な顔でシェゾを見る。 そして、少し考えてから、思い切って話し始めた。 「えっとね、本当にこのお願い、受けてくれるなら、このお店、あげてもいい。それで足りないなら…他には、持っているもの、何も無いから、だから、良ければだけど、あたしも好きにしてもいい。今、あたしってこのお店と、自分自身で全部なんだ。それしか持っているものが、ないから、さ…」 先程までの陽気な表情が曇る。 「なんだそりゃ?」 「だから、だから、どうしてもあなたに受けて欲しいの…。本当に本気で…」 「『あたしも好きにして』ってなによぅっっ!!!」 アルルはシェゾの胸倉にぐりぐりと頭突きする。 「以後絶対黙れ。追い出すぞ」 「……」 アルルは頭をつけたまま『がう』と威嚇だけして、仕方なしに黙った。 その代わりに、シェゾを背もたれにして抱っこ状態を強要する。 「どうもお前は胡散臭い」 「…ひどいコトあっさり言うね」 シェゾの性格は、知り合いでもなければ相当にきつく見えるのは事実。 実際きついが、それでも彼を知るとそれが許せるようになるから不思議だ。 リエラは当然知らない。 素直にむっとふくれた。 「元とは言え、巫女が冷たいもの売ったり観光の店開いたり、あまつさえ、ビキニ着て接客するなんて聞いた事が無い。カタギとは普通思えないな」 「…まあ、言われればその通りなんだけどぉ…」 隙の無いその突っ込みにリエラはへこむ。 「でもでも、話くらいは聞いてよ。せめて服代と思ってさ…」 その嘆願は本物。 「いいだろう」 シェゾは応じた。 「ありがと! 飲みもの持ってくるから、ベランダの椅子に座っててね!」 それは、話が長くなると言う事だろうか。 実際、話は長かった。 どうやら意地でも嘆願を聞き入れてもらいたいらしい。 最初に出た話は、この村の生い立ちからだった。 「ここはね、ある文明が滅びて、その跡に出来た村なんだ」 リエラはフルーツジュースをピッチャーで持って来て、グラスを用意する。 氷は無いが、井戸水か流水で冷やしているらしく、充分飲み心地は良かった。 「つうと?」 シェゾは注がれたジュースを一口飲んで質問した。ここまできたら付き合うしか無いだろう。 リエラの瞳は、語らずとも心を伝えていた。 強く、そして悲しく。 何がこいつにあったかは知らないが、人生において悲しい出来事や辛い現実なんてのは山ほどある。 だが、それでも人はそれに慣れる事は無い。 自分の悲しみにも、他人の悲しみを見る事にも。 シェゾは、彼女の深い悲しみの原因を知りたくなっていた。 |