第三話 Top 第五話

 
魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第四話
 
 
 
  真なけれど、義失わず
 
 二人は、書庫を奥へと向かった。
 この図書館、元は小さな二階建ての石造りの建物だったらしいのだが、本の保管条件や、移動の手間などを考えるうちに、増築、改築を繰り返してゆき、既に三百数十年。
 お陰で、図書館内の移動は複雑怪奇を極める。
 そんな道を、シェゾの案内でアルルは進んだ。
「ねえ、シェゾ」
「ん?」
「そもそも、どうして目が見えなくなったの?」
「ああ、それか」
「怪我や病気は分かる気がするけど、視力を失うって、普通無いよね?」
 流石に慣れてきたのか、アルルの心に余裕が出来た様だ。
 ぽつぽつと、質問が出始めた。
「まあ、話せば長くなるが…」
 シェゾは、そこらに転がっていた巨大な本を開き、座椅子の様に開く。そして、その上に腰を下ろした。何度も言うが、彼は今目が見えていない。
 アルルは、改めてその行動に驚きながら、その隣に座った。
「暑い地方だった」
 事の経緯が、語り始められる。
 
「…暑い」
 シェゾはうんざりして愚痴った。
 情報では、ちょっと暑い程度の土地だと言う話だった。
 ところが、いざその場所についてみると、これがそのまま亜熱帯気候である。
 空を見上げれば特長的な極彩色の鳥が舞い踊り、華麗に鳴く。
 身長が縮んだかと錯覚を起こす様な巨大な植物が行く手を阻み、時折甘い果実の匂いで休憩を促す。
 ここはジャングルだった。
「あの情報屋…後でぶっ飛ばす」
 普通は愚痴で済むが、彼はおかしなところに律儀である。そう言ったからにはやる。
 やるといったらやる。意地でも。
 この星の何処かで、ちょっと不幸な未来を約束された男が一人、誕生した。
 
「ふむ、密林の中の古代遺跡、か…」
 シェゾは興味津々にその情報を聞いていた。
 ありがちな話だが、その場所によっては十分な信憑性がある。
 何処かの安酒場の奥まったテーブル。
 不恰好に溶けている蝋燭の灯りの元、シェゾと情報屋は向かい合って話していた。
「ああ。確かな情報だ。ここにはな、奥地だからってんで誰も足を踏み入れた事の無い遺跡がまだ点々とあってな、神殿とか、王の墓とかもあるらしい。つまり、お宝も手付かず、って訳だよな? ん?」
「宝、か…」
「そうそう。まあ、手付かずの理由は奥地って言うだけじゃねえだろうけど、旦那なら何て事も無い筈だからな」
 お互い、言葉は同じだが、男の言う宝と、シェゾの考える宝は少々趣が違う。
 男の言う宝は、本当の貴金属。金目の物、と言う意味。
 シェゾの言う宝とは、主に古代魔導に間する情報、力、それらに関したアイテムの類である。又は、それに準ずる物の事。
「な? これはギルドにも言ってねえ極秘情報だ。それだけに保険とかそういうのは一切ねえが、代わりに上前もいらねえ。見つけたお宝はそのままあんたのもんだ。その上で、いつも通り俺に情報料をくれればいいのさ」
 男は、その薄汚れた地図を大層大事そうに撫でながらビールを飲む。ぼうぼうの髭についた泡が、みっともなくも陽気な顔を描き出す。
「なあに、そもそもあるかどうか自体が眉唾ものってのは分かっているさ。だから前金はいらねえって言っているんだ」
「…俺が首尾よくお宝を見つけて、持ち逃げするとは考えないのか?」
 シェゾは水割りをカラカラと響かせながら、定番の質問をする。
「へへ。シェゾさんともあろうお方が、そんなせこい真似なんざぁしねえって事くらい分かってるさ。裏仕事を斡旋する俺が言うのもなんだが、信用の置ける相手にしかこんな事話さねえんでね」
 そう言って、今度はマンガ肉に銛の様なフォークを突き刺して、豪快にかじりつく。その姿は、どこかサーカスのひょうきんなクマを連想させた。
「いいだろう」
 シェゾが、水割りを一口飲んで言った。
「商談成立!」
 男は、マンガ肉を咥えたままで両手をポン、と叩く。
「もうこれはあんたのもんだ。さあ、おかしな奴に見られないうちに仕舞った仕舞った」
 シェゾは、下手に折ると割れてしまいそうな程に古いその地図を器用に丸め、サックに仕舞う。
「飲み代だ」
 シェゾは、八角形の金貨を一枚取り出すとテーブルにパチリと置いた。その厚みと精巧な細工は、芸術品の域に達する。
 それは、安酒場など丸一日貸切に出来てまだ余る価値がある。
「…ひえ!? い、いやいやこれはなんとも…。やっぱ旦那気前がいいねえ…。普通、成功報酬だってこれだけはくれねえもんだぜ」
 男は、咥えてたマンガ肉をぼとりとテーブルに落として正直に感嘆する。
「じゃな。上手くいったら連絡する」
「まいど!」
 シェゾはカウンターで艶っぽい視線を送り続ける娼婦も気にせず、外へと姿を消した。
 後にした酒場では、先程の男が今日はおごりだと大声でわめき、ならず者達の歓喜の声やらグラスの割れる音、そして音程の外れた歌声やらが豪勢に響いていた。
 
 シェゾは歩き出す。
 そして、それが事の始まりだった。
 
 四日後。
 シェゾは厚手の服で武装した己を怨んでいた。
 気温は昼間で優に三十度を超える。しかも、湿気が並ではない。
「どういう気候だ? この辺りは…」
 シェゾは、ふらふらと近くの村に向かっていた。
「……」
 村に着き、シェゾは自分の服装がどれだけ場違いかを再認識した。
 その村の反対側には海がある。
 エメラルドグリーンの海面、淡く白い砂浜。対照的に鮮やかな緑の椰子。原色の青と白い雲。正しく、絵に描いた様な南の海だった。
「…アロハシャツでも着てくればよかったな」
 額に流れる汗も拭わずに呟いた。
「はい。冷たいよ」
 突然、シェゾの目の前に冷たげな冷気を出す、椰子をくりぬいた容器が差し出された。
「ん?」
 殺意、危険な気配は無い。
 シェゾは、ゆっくりと横を見た。
「はい」
 そこに居たのは、日焼けによる浅黒い肌の少女。歳は十代後半と言ったところだろう。腰までありそうな三つ編みの金髪と青い瞳が、その肌に対照的だ。
 オレンジのビキニとパレオも目にまぶしかったが、とても少女に似合っていた。
 スポーティな体に、やや窮屈そうなビキニで表された発育のよさが、至って素直な魅力を引き出す。
 
「あの、なんでそこの描写はそんな細かいの?」
 アルルが口を挟む。
「黙って聞け」
「……」
 
 少女はそれを渡す。
「…ああ」
 受け取った椰子の入れ物はとても冷たい。
 暑くてうだっているシェゾには、手から伝わる冷気はとてもいい感触となった。
 生き返った、とばかりに深呼吸する。
「これは?」
「椰子のシャーベット。おいしいよ」
 ああ、浜辺の物売り、か。
 シェゾは納得した。
「丁度冷たいものを食いたかった。いくらだ?」
「お金はいいよ」
 人懐っこい笑みで答える少女。
「ん?」
「その替わり、質問」
 少女は、シェゾの顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「…何だ?」
「あなた、戦士?」
「ま、そうだな」
「やっぱり! ここら辺でそんなかっこうしている人、居ないもん! あ、でも、武器は持ってないの? 剣とか、槍とか…。それとも、魔法使い?」
 『魔法使い』。この言葉は久し振りに聞いた。それは、ここらの地域が実生活に根付いた魔導を扱っていない証でもある。
 多分、魔導士の存在はここらでは神官とかのレベルなのだろう。
「魔導…魔法は使える。剣も持っている。今は手元に無いがな」
「そうなんだ。でも、あなた、魔法使いなんだね? すごい! あたし、初めて見る!」
「別に、大したもんじゃないぞ」
「そんな事ない!」
 少女は子供みたいに喜んだ。
 
「なーんで他の女の子にはこうも素直に話すの?」
「黙っとれっつってるだろうが」
「ぶーぶー…」
 覇気の無いブーイングをかますアルル。
 
「魔法使いに、用があるのか?」
「うん、強い人に…」
 勤めて明るい少女だったが、ふと表情に影が落ちたのをシェゾは見逃さなかった。
「あの、あの、魔法使いって、いろんな事が出来るんだよね?」
 だが、少女の顔は瞬間的にヒマワリの様にほころぶ。期待に目が輝く。
「まあ、そうだな」
「えっと、例えば、お花を出したり、カードの数字を当てたり、あと…宙に浮いたりとかって出来るの?」
「……」
 俺は、ここらの人間の魔導に対する理解のレベルが分かった。
「…出来るっつーか、そんな事したくもないっつーか」
「見せて!」
「……」
 俺は、辺りを見回した。
「あの椰子の木を見ろ」
「あれ?」
 少女の後方、海岸に立ち並ぶ椰子の林。
 その木の一本から、俺は選んだ。
「…あ!」
 至って素直な感嘆の声。
 椰子の木から一つ、大きな椰子の実が放物線を描いて飛んで来た。
 シェゾは手を上げ、それをキャッチする。
 少女は、目を丸くして息を飲んだ。
「…すごいすごい! 本当に魔法使いだ!!」
「ばれると面倒だから、話すなよ」
 椰子を渡して、念を押すように言う。
 これはいたって正直な気持ちだった。恐怖云々より、ここでは見世物になりかねない。
「う、うんうん! 絶対言わない!」
「それと…」
「なに?」
 もはや少女の目は、アイドルを見るそれだった。
「服屋はどこだ?」
「こっち!」
 少女は、ごく自然にシェゾの手を引いて歩いてゆく。
 
「……」
「何だよ?」
「べっつに!」
 アルルはまんじゅうみたいにふくれている。
 
「ちょっと待て。シャーベットがこぼれる」
「あ、そか」
 シェゾは、シャーベットを食べながら少女と並んで歩いた。
「ねえ、マント脱いだら? ものすごく暑そうだよ?」
「手がふさがる」
「そうなの? だから、暑くても着ているの?」
「ああ」
「ふーん。魔法使いって変わってるね…。あ、そだ。あたしはリエラ。あなたは?」
「俺は、シェゾ・ウィグィィだ」
「…変わった名前だね?」
「そうだな」
 よく言われる。
 それだけならいつもの事さ。
 だが。
「『神を汚す華やかなる者』、だなんてさ」
 リエラは当然の様に言った。
 
 

 

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