第二話 Top 第四話


魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第三話
 
 
 
  道なけれど、希望失わず
 
 二人は、バタバタと小走りで道を歩いていた。
 今ばかりは、シェゾがアルルに手を引かれて走っている。
 もっとも、走っているのはアルルだけで、シェゾは大股で歩いている程度で事足りているのだが。
「…こ、ここまでくれば…」
 耳まで真っ赤な顔のアルル。
 人通りの少ない通りまで来て、やっと立ち止まって胸を押さえる手は、アルル自身の心臓の激しい鼓動を感じ取る。
 しかし、それは走ったからだけではない。
「そうだな」
 シェゾも、やや頬を赤らめている。だが、こちらはうって変わって走った事による上気程度と言ってもおかしくない。
「…ボ、ボク、一体ナニやってたんだろう…。ううぅ〜ハズカシイよぉ…。もう、あのお店行けないぃぃ…うう〜〜」
 アルルはふにふにと泣いている。
「そこまで恥ずかしい事か?」
「ふ…二人っきりならまだしも! あんな沢山の人の、人の…前で…キ…キスしかけちゃうなんて…。普通、恥ずかしいでしょっ!!」
 それを思い出したアルルは、再びトマトみたいに赤くなる。
「もう少しだったんだが」
 からかっているのか、それとも本気か。
「シェゾ!」
「……」
 シェゾとアルルは、あの後暫くマイワールド状態だった。
 普通は途中でどちらか(主にシェゾ)が冷静さを取り戻すものなのだが、あいにく今のシェゾは周囲を気にする事が出来ず、アルルもアルルでその時はもう、シェゾしか視界に入ってはいなかった。
 だから、好きなだけのろけてから、あろう事かうっかりシェゾに抱かれたままキスをしそうになってしまった。
 そして、流石にその所業を見かねたのか、近くに座っていた何処かのご婦人に強めの咳払いをされる。
「んん! ごほん!」
 アルルはやっと現実世界に戻ってきた。
「…ほ…え? …はうぅっ!」
「ん?」
 
 そして、今に至る。
「ふう…。喫茶店に入った後なのに、のど渇いちゃったよぉ」
「もう一回入るか?」
 瞬間的に、アルルはさっきのメルトダウン寸前の光景を思い出す。
「き、却下!」
 アルルは真っ赤な顔のままシェゾの手を引いて、ずんずんと図書館へ向かった。
 
 二人は、程なくして図書館へ辿り着いた。特に大きくもない街にして、魔導学校のそれと合わせると大小4つもの図書館があると言うのは、やはりこの街が魔導士の輩出に長けた街と言う証明であろうか。
 シェゾは、アルルに目標は街で一番大きい図書館『knowledge
Library』と行き先をはっきり言った。
 にもかかわらず、途中で道を間違え、シェゾに手を引かれてしまった時があったのは、アルルの名誉の為に秘密としておこう。
「……」
「どうした? アルル」
「な、何か今、ものすごく人間としてレベルが下がった気が…」
「何だそりゃ?」
「わかんにゃい…」
 そんなこんなで辿り着いたアルル達。
 アルルは、早速図書館の扉を開けようとする。
 しかし、その扉は硬く閉ざされている。
「あの、開かないんだけど?」
「当然だ」
 さらりと言いのけるシェゾ。
 その図書館の扉には、冗談みたいに大きい南京錠がかけられている。
 物理的な防犯はもちろん、マジックロックも抜かりなく付与されている。
 その錠の防犯性は言うまでも無いが、更に扉自体が岩で出来ているみたいに重厚で威圧的だった。
 まるで、岩壁に扉の絵を書いた。
 そう思える程に、開く事を拒否するその姿であった。
「この図書館は、この街にとっては…そうだな。寺で言えばご本尊みたいなもんだ。特別な日とか、特殊な依頼を受けた時、あとは都市の大学や学術研究所の強い要請がある時とかしか開かない様になっている」
「…だったね」
 
 それが『knowledge
Library』
 街の外れ、しかもわざと治安の良くない場所に立っているその図書館。周囲には人の住む場所など無く、集まったのか呼び寄せられたのか、霊的モンスターの類がたむろするその図書館。
 巨大な洋館を思わせるその作りは、中には魑魅魍魎が住むと言われてもまったく不思議ではない、異様な雰囲気をかもし出していた。
 ご丁寧に、屋根の上付近は昼だと言うのに何故か暗雲立ち込め、あまつさえコウモリが飛んでいる。外壁の蔦が、何か血管を思わせて、アルルの恐怖心をあおる。
 更に、館の背後の森は異質な空気を漂わせ、それは天然の防衛網とさえ言える。恐怖感は何よりも万能な防犯装置だ。
 
「何時見てもやっぱりここって恐いなぁ…。それで、あの、どうする気?」
「開ける」
 いつもの事だけどさ、シェゾって目的格以外の文法を使おうって気は無いのかな?
 そんな事を考えているうちに、シェゾは闇の剣を呼び出そうと構えた。
 何も持たない右手を左肩へ上げ、袈裟懸けに勢い良く振る。
 手に、美しい火花がシャワーの様に散った。
 すると、振り切った手の中にはもう闇の剣が治まっている。
 いつもの事ながら、その鮮やかな動作を見るたびにアルルは感心していた。
 武器を部分的な転移によって出す人は、決して居ないわけではない。
 だが、シェゾの場合は基本が違う。
 転移は、せいぜいどこか特定の場所に仕舞っている武器を転移で持ってくるだけだが、シェゾの場合は空間を越えて『出現』させるからだ。
「すご…って、あの、そんなもの出してど」「こうだ」
 シェゾはアルルの科白を全て言わせなかった。
 垂直に上段へと持ち上げた闇の剣を、寸分の迷い無く一気に振り下ろす。
 すると、不思議な事に剃刀一枚入る隙間も無い扉の綴じ目にそれは滑り込んだ。
 
 ありえない。
 
 闇の剣は、その名の通り剣である。
 ナイフですら刃の厚みは最低ミリ単位であるもの。剣ともなれば、五ミリやそこらでは済まない。
 なのに剣は扉の間に抵抗無く滑り込み、そのまま南京錠をも真っ二つに割る。
 音は無い。南京錠すら、鈴のような音を一つ出しただけで落ちてしまった。
「……」
 それには当然驚くアルルだが、彼女は一つ失念している。
 そんな芸当をやってのけたシェゾは今、目標が見えていないと言う事実を。
「開いた」
「ってゆーか、開けた、だね」
 むしろ現実離れした行動に感覚が麻痺したのか、さして慌てないアルル。
 本来は警報の役目も果たす筈のマジックロックは、剣の一閃に魔力自体を消失させられ、南京錠だった鉄塊ごと無念に役目を終えた。
 重い扉が久し振りに軋みながら開き、室内のよどんだ空気を入れ替える。
「…ちょっとカビ臭くない?」
 アルルが鼻をつまむ。
「確か、最後に開かれたのは…三十一年前だって聞いたな」
「げ。それって絶対本によくないよぉ。いまだってこんなにカビ臭いじゃん」
「本当に大切に思っている奴もいるが、大体の学者様連中って奴らは、持っている事に意義があるって考えている。第一、そこらの学者が活用できる様な本じゃないのが多いのさ」
「…もったいないなぁ」
 いや、別に読みたいとかそういうワケじゃないけどね。
 シェゾは、闇の中へ歩いてゆく。
「ちょっと! 灯り!」
「俺は要らん」
 闇の中から聞こえる声は、何か居心地の良さそうな声。
 …闇が、いいんだよね? 間違っても、カビ臭いのが好きなんて言わないでよ…。
 アルルは願う。
「ちょ、シェゾはよくても、ボクはよくないのー!」
 アルルはライトを唱え、提灯程度の明かりを手に入れるとシェゾを追った。
「うわ!…あいた!…おおっとぉ!」
 一人でひとしきり騒いだ後、前を歩くシェゾが見えた。
「ひえー…。あの、この中を歩いてたの? 今まで?」
「今の俺に視界は無意味だって分かっているだろう?」
 いや、視界って言うかなんと言いますか…。不思議すぎる…。
 なぜかって言うと、この図書館の廊下って廊下っぽくないもん。
 異様と言えば異様だった。
 書庫に収まらず、廊下の両側まで配置されたそれら本の数々は、どれを見ても高級さとインテリ感を余す事無く表現している。
 そんな嫌味なまでに高級かつ高圧的な本が、地震でもあったのか、それとも読んでそのまま戻さないのか、通路に四散しているものが少なくない。
 しかもその本はA4やB4どころの大きさではない。最低でもA3クラス、モノによっては、5ミリ厚は下らない鉄板でカバーされたA2判、総ページは三千を超える化け物みたいな本まで転がっている。重量にして大人一人分よりも重いだろう。
 もはや、人が開けるものではない。
 場所によっては、もうロッククライミングと言って差し支えなかった。
 そんな中を、シェゾは灯りも使わずに歩いてきた。こけるどころか、躓く事も無く。
 それも凄いは凄い。
 だが、今は。
「……」
 アルルは、都市にも負けない規模と質の図書館と聞いて、ちょっと街の自慢と思っていたのに、この事実を見て正直幻滅した。
 なんか、聞いた話だと、ここにしかない本だって少なくないって言うのに、このちらかりようって一体なに? 普通ここまでは出来ないよ?
 アルルは、この時はまだ気付いていなかった。どの本も、埃の上に落ちていると言うその事実に。
「ね、ねえ…こんなところに、その、シェゾの目を治す方法なんてホントにあるの?」
 不安の募るアルル。
「あるさ」
「…どうして、そんなにはっきりと言えるの?」
「俺がこれを治したいって思っているからさ。そう思う限り、必ず見つかる。でなきゃ、作り上げてでも見つける」
 強引な論理だが、真理でもあるのかも知れない。
「…そうだね。見つかるよね」
 アルルはそんな自信たっぷりのシェゾは好きだった。
 でも、シェゾが自信を失う事なんてそうそう無いんだから、結局いつでも彼が好き、と言う事になっちゃうのかな?
 アルルは、そんな事を考えて一人顔を赤くした。
 今なら、いくら表情を出しても気付かれない。それをいい事に、アルルは思いっきり素直に表情を彩った。
 と言うか、まだどうやって本を読むのかと言う根本的疑問は聞いていないのだが。
 
 
 

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