魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第二話 光なけれど、愛見失わず 二人は、近くの喫茶店に入っていた。 「あ、あの、ホントにホントなの?」 アルルは確認した。 喫茶店に来るまでに、一応彼の行動で確認はした。 シェゾの瞳は、進む方向を『見ていない』。 瞳は、まっすぐ顔の正面を見据えるだけ。 だが、それでも彼はまるで歩行に苦労していなかった。 さっきアルルが発見した時の様に、人が近づけば交わす。道は最短の距離を進む。 ごく普通にアルルと歩き、ごく普通に喫茶店に入り、空きテーブルについた。 「カプチーノ」 「あ、えと、レモンスカッシュ」 後ろを通っていたウエイトレスを斜め後ろで呼び止め、注文する。 まるで普段と変わらない彼だった。 「…ホント、だよね?」 アルルは、化かされている様な顔でシェゾの瞳を見る。 「本当だ。歩き方だってぎこちなかっただろ?」 「いえ、あの、全っ然普通に見えますケド」 実際その通りだった。 普通に歩いていてもつまずく特技を誇るアルルにして、目が見えない体で人の波の中をあれだけスムーズ歩くなど、神技以外の何ものでもない。 「だが、お前に気付かなかった」 「だから、それでやっと分かったんだもん。シェゾに言われるまで、ふざけているんだって思ってたよ、ボク」 「鈍い」 「シェゾが凄いんだよぉ…」 誉めているんだか、非難しているんだか分からない。 そこへ、注文の品がやってきた。 シェゾの前にカプチーノ。 アルルの前には、レモンスカッシュが置かれる。 「……」 アルルは、じっとシェゾの動作を見守った。 普通、飲み物は人の前の似た様な位置に置くものではある。ではあるが、それでも置かれる位置に差はある。 それなのに、シェゾは迷うことなくカップを手に取った。ふと、取っ手の位置を指で確かめた。それで、辛うじて彼の目が見えていないと確認できた。 だが、それ以外はまるで普通だ。 「…見え、ないんだね? ホントに…」 「ああ」 そして、本当に本当だと分かって、いきなりアルルは泣きそうになった。 「ど…どうして? ねえ? どうして目が? 治らないの? 元に戻らないの? ねえ、シェゾ? 教えて? どうやったら元に戻るの?」 アルルは反対側の椅子からシェゾの隣に駆け寄り、腕にすがって問いかける。 「おい、茶がこぼれる」 「お茶と目のどっちが大事なの!」 大声だが、その声はやや震えていた。 「…アルル、よせ。そんな声を出すなよ」 「だって、だって…。この服も見てもらえない。ボクに似合っているかどうか、チェックもしてもらえない…。この服着て、一緒に遊びに行きたかったのに…それも、それも…」 「だから、まずは落ち着け。俺だって不便だ。このままでいる気は無いさ」 声は自信に満ちていた。いつものシェゾだ。アルルはそう思えると、不思議と安心感を覚える。 しかし。 「あの、それ、本当? これって、冗談通じないからね?」 やはり完全には不安は消えない。 「本当だ。何度も言わせるな。だから歩いていたんだ」 シェゾは、カプチーノを一口飲んで言った。 「どこへ?」 アルルは、真面目なシェゾに安心しつつ問う。 が。 「図書館」 「…は?」 アルルはまたも、なけなしの安心感を失った。 「としょかん。Libraryっつった」 「あ、あの…。シェゾさん。目、見えないんDA・YO・NE?」 アルルは何か本当に化かされている気分になってきた。 「だから何度も言わせるなっての」 「…どぉやって本見るのさぁ〜〜〜!!」 混乱して泣きそうな声のアルル。 「泣くな」 「シェゾがいけないんだよぉ〜〜…」 それでも冷静なシェゾに対して、もはや本当に泣きに入っているアルル。 「ボク、ボク、シェゾがわかんないよぉ…。シェゾって、一体何なのぉ? どーしてそう非常識なの? 怖いものって、不安になるものって無いの? 出来ない事ってないの? ねえ…どうなの? そうなの…」 シェゾの腕にかじり付いて泣き出すアルル。 「ひん…ひん…」 そんなアルルの気も知らず、シェゾはどうせならもう少し可愛く泣けと思っていた。 「…アルル」 本当は、『出来るんだから仕方ないだろ』、とか言おうと思ったが、今言うとこいつは泣きやみそうにない…って言うか暴れるかもな。 こいつが泣いているのを見るのは気分がいいものではないし、そんな趣味もない。 第一、アルルは俺の為に泣いている。 シェゾは、そんな気持ちを汲む事にした。 「アルル」 優しく、甘い声。 そっと、しかし力強くアルルの肩が抱かれた。 彼女の細い肩は、シェゾの手にすっぽりと包まれる。 「…はえ?」 そして、肩を抱いた右手は体のラインに沿って首筋をなぞり、耳を優しくくすぐる。 彼の手はそのままうなじの後れ毛を掻き上げ、頬に手が触れた。 背中に電気が走る。 彼の手は大きく、柔らかく、そして優しかった。 「あ、あの…」 いつもの事だが、こんな態度のシェゾはずるいと思ってはいる。 正直、されるがままになってしまうから。 こういう時は、何とか自分が優位に立たないと。いつもそう思いつつも、実際は一切の抵抗の術を無くしてしまうアルル。 頭を抱いた手はそのままシェゾの顔に引き寄せられ、シェゾはアルルの前髪にそっとキスする。そこは髪なのに、神経があるみたいに敏感になっていた。 頬に触れた手が動くたびに、背中がぞくぞくする。 「……」 アルルはもう動けなくなった。 「悪いな。何かって言うとすぐ泣かせちまう。だが、本当に俺はこれを治す為に動いているんだ。だからまあ、信じてくれ」 シェゾはそのまま、アルルのおでこにそっとキスを贈る。 額が熱い。 体の力が抜ける。 こんな時、アルルはいつも思う。 どーしてボクはこうなっちゃうのに、キミは平然としていられるワケ? 「…はい」 アルルがその一言を言うのに、どれだけの深呼吸が必要だっただろう。 そして、そのままシェゾの胸に顔を埋めた。 今度こそ、シェゾを信じる事が出来た。 大丈夫。 そう、心のどこかで自分が言った。 そう思えた。 深呼吸はアルルの心を解きほぐす。 「うん…。大丈夫、だよね」 猫みたいに顔をすりよせ、微笑むアルル。 シェゾも、好きにさせる事にした。 「…えへ…」 不安が払拭されたアルルは、緊張感が解けたせいかとても素直に甘える。 「ふふふっ…。シェ・ゾ…」 すごく幸せ。アルルはそう思った。 店の中。客から店員から、果ては連れのペットまで、一身にその注目を集めている事実に二人が気付くのは、もう少し先の事だった。 |