魔導物語 共に歩みて幸多かれ 第一話 期待なけれど、願い失わず 道を歩くと言う行動は、意外に神経を使う。 数秒でも目を閉じて歩いてみると良い。あっという間に誰か、もしくは何かと衝突するであろう。 この小さな田舎街でもそうなのだ。都市になど出た日には、一秒だって目を閉じて歩く事など出来まい。 スムーズな行き来とは、相手同士が注意しあってこそ可能なのだから。 そんな往来を、彼は全く普通に歩いていた。 時間は昼を少し過ぎた辺りだった。町のあちこちから、食欲を誘う匂いが漂う。 通りに面したオープンカフェには、飼い主と一緒に食事する小型犬が居た。 ただでさえ雑多なカフェ前。シェゾは、向こうから来た馬車を避けようとして小型犬の尻尾を踏んづけた。 「ぎゃお!」 犬がパニックを起こして暴れる。 「わあ! どうしたジョン!?」 シェゾが何事もなかったかのように通り過ぎたカフェでは、暴れている犬と飼い主が周りを巻き込み、てんやわんやしていた。 人が向かい合えばかすかに肩を動かし、当人同士の無意識の譲り合いによって流れる様に人は通り過ぎる。 だから、アルルは普通に彼を発見し、普通に目で追った。 そして、彼はアルルに近づく。 いつも通りのぶっきらぼうな歩き方。特に相手を見つけても自分からは声をかける事はしない。そんな態度の歩き方。 憮然としていて、そしてどこかで寂しいと言っている。 そんな歩き方。 ボク、変なのかもしれないけど、そんなシェゾの歩き方、かわいいって思う事が多い。 そんな事を思ったアルルは、全くいつも通りのシェゾを見つけ、近づく彼を道のこちら側で待った。 「……」 シェゾはどんどん近づいてくる。彼の早足は知っている。 「……」 もうシェゾは目の前だ。そろそろ、視線くらいはこっちに向けてくれる距離になる。 ただ、彼の場合は一瞥してそのままという場合も間々ある。 良くても、『よう』の一言。 シェゾにとっては、相手と目を合わせた。それだけでも一応はコミニュケーションの一環なのだ。 だから、アルルは取り合えず目が合ったら声をかける事にしている。それから、いろんな出来事が始まる場合が多い。 シェゾとの一緒の時間が始まる場合が多いから。 そして何より、今日は彼に会いたかったのだ。 「…へ?」 しかし、アルルは第一段階を、目線を合わせると言う初期の作業が出来なかった。当然、その次のステップも踏めない。 彼は、視線すら合わせずにアルルの横を通り過ぎて行ってしまう。 「…ええ?」 頭一つ分以上も上にある彼の視線は、水平なままで通り過ぎた。 「…ちょ、ちょっと! シェゾ!」 シェゾが通り過ぎて10メートルも過ぎてから、アルルはやっと声をかけた。 「……」 シェゾはようやく足を止める。 「…アルル、か?」 それは質問型。 「何言ってんの? ボクでなきゃ誰なのさ!」 アルルは、止まって背中を向けたままのシェゾにずんずんと歩み寄る。 「道理で、ちょっと違うと思った」 「は? ナニ? ねえ? いくら何でも視線すら合わせないって言うのは問題だよ? それって、ボクとシェゾとかの関係の問題以前に、人として困り事だよ!」 ちょっと怒っているアルル。そういう間にアルルはシェゾの横にたどり着き、シェゾの顔を見上げた。 それは、いつも通りの彼に見えた。 太陽に栄えた銀髪。 それと同じく、太陽の光に透明に輝く青い瞳。 だが、その瞳はぴくりとも動かない。 「こっち、か」 シェゾは、何か妙な動作でアルルの方を向いた。体ごと。 「…シェゾ?」 一応シェゾはアルルの方を向いてくれたが、何かがおかしい。 微妙に体は彼女の方向からずれ、何よりもその視線はアルルのポニーテールに照準を合わせている。 「あの、何か、ボクの頭おかしい?」 「知能か?」 「髪!」 口はいつも通りだ。 「…まあ、良くないけどそれはいいや。あのね、いい?」 「何だ」 アルルは、ちょっと咳払いして気分を整える。 「今日さ、見て分かるだろうけどね、服、新しくしたんだ? あの、どうかな? 一応、自分のスタイルとかはわきまえて選んだつもりなんだけど…」 今頃、見られている自分を意識してもじもじするアルル。 その仕草は、普通ならばどのような男だって狂わせるであろう可愛さだった。 だが。 「どんな服装だ?」 「えっと、あのね、薄いスミレ色のワンピースで、この飾りボタンと重なったレースのフリルが可愛い…って! あのね、何言わせるワケ!?」 「何が?」 アルルは流石にちょっと苛々し始める。 「だーかーら! 見たら分かるでしょ? 感想くらいフツーに言って欲しいんだけど?」 女性としては、服を無視されるのは気持ちいいものではない。 アルルはごく素直に非難する。 「そうか。お前、新しい服を着ているのか」 シェゾは、真面目に言った。 「…シェゾ?」 アルルにもそれは伝わる。 彼女は、彼の的を射ない応えに疑問を持つ。 そんなアルルを知ってか知らずか、シェゾは済まなそうに言った。 「悪いな。今…見えないんだ」 |