第五話 Top 第七話


魔導物語  精霊光臨祭前夜 6th
 
 
 
  御光り

 外に出た三人は、とりあえず近所のカフェに入り、ソファに腰を掛ける。
 注文をしようと顔を上げるた時、二人が既にウェイトレスを呼んでいた。
 そしてシェゾの注文を聞く間でもなく。
「アイスのブラック一つと、アイスミントティー一つ」
「それからカモミールのアイスを一つですわ」
「だよね、シェゾ」
「ああ…」
 シェゾはそのまま茶を注文させ、おもむろに本を広げた。
 途端。
「これがそうですのね…」
 ウイッチが感動しきりにページを捲る。
 隅々まで穴の空く様に見つめつつ、簡単の言葉を呟く。
「うわ、古い本だなぁ…」
 アルルも同様に感心しきりである。
「あのな、お前ら…」
 顔の前でごそごそされている為、いかにもやりにくそうなシェゾが呟く。
「ところで、何でここで見るの?」
「そうですわ。読むにしても何かするにしても、図書館でやればよろしいのではないのですか?」
「ここの方が何かと都合がいい」
「え?」
「何が?」
 二人の顔が迫る。
「邪魔するな」
 シェゾが二人を押しのける。
「んきゃ」
「やん」
 二人は人形みたいにころりとソファに転がる。
シェゾはやれやれ、と本をめくり始めた。
 暫くの間、二人はおとなしくシェゾの両脇で彼が本を読むのを眺めていた。
 やがて。
「これ、お前らここで読んでおけ」
 シェゾはそう言って席を立つ。
「え?」
「この本が必要ではありませんでしたの?」
「用は済んだ」
「あ、じゃボク達も…」
「本読んでいろ」
「で、でも、わたくしたち、ロトリクス教会の精霊光臨祭の本祭…」
「それが始まる前くらいまででいい。そうすれば、お前達の見たい物が見られるぞ」
「え?」
「いいか、本を見ていろ。役に立ちたいんだろう? せっかく舞台を用意してやるんだ。有り難く思え」
 言うが早いか、シェゾは有無を言わせぬ転移でその場から消えた。
「あ…」
 アルルが、たった今までここにあった体温の消滅にしゅん、とうなだれた。
 最早、シェゾを追う手だては無くなったから。
 シェゾが消えたその後。
「読めって言われても…」
「どこから読めばよいのやら…」
「で、舞台って何?」
「知りませんわ」
 二人は重く、分厚い歴史書に辟易していた。
 ウイッチは元々読みたかったとは言え、今の事に関する事を探すとなると、この情報量は多すぎる。
 彼が何か行おうとしている事は間違いない。
 だが、事を終わらせた後では自分達にとっては何の意味もないのだ。
 かと言ってシェゾが読めと言うからには意味があるのだろう。
 言われると頷く以外出来ないのが、惚れた弱みと言う奴である。
「あ」
 何とはなしにページを捲っていたアルルが声を出す。
「なんですの?」
 ウイッチも、アルルが手を止めたページを見る。
「あ」
 同じ声が出た。
 開いたページには、栞が挟まれていた。
「これ…」
 アルルがそれを手に取る。
「シェゾの、ですか?」
 その栞は透明な木の葉の形をしていた。
「ガラス…?」
 気を付けねば、見失ってしまいそうな程にそれは透明度が高かった。
 葉脈の透かしがなければ、そこに有るとすら気付かないかも知れない。、
「でも、こんなにしなうガラス、見た事ありませんわよ」
 ウイッチが手に取り、そっと曲げてみる。
 栞はどれだけ曲げてもねじっても応力に屈する事はなく、ただしなやかに光を反射し続けた。
 この様な代物、誰もが持てる物ではない。
「ここにこれがあるって事は…」
「これの持ち主は…」
 二人が互いの顔を見つめ合う。
 次の瞬間。
「じゃーんけーん!」
 二十五回勝負十二勝十二敗三十七引き分けの壮絶な戦闘の後、見事根性と執念で彼の栞を(勝手に)賜ったアルルは、フルマラソンを走りきったランナーの様な感極まった笑顔のガッツポーズで仁王立ちし、ほろほろとむせび泣いていた。
 心なし、後光も差している。
「うん、これだけでもう、シェゾの言う事聞いたお駄賃としては充分。あははっ」
 栞に頬擦りするアルル。
 そんなアルルの横で、ウイッチは対照的な表情で敗北感にむせび泣いている。
「……」
 喫茶店のウェイトレスは、そんな席の二人を見て、持ってきたお茶をなかなか出す事が出来ないでいた。
「じゃ、読もうか。とりあえず知る事は必要みたいだし」
 非常に満足げに笑いながらアルルは言う。
「ええ…」
 ウイッチは脱力しながら頷いた。
「ええと、ライラント古戦…場…跡…?」
「古戦場?」
 ウイッチが驚く。
「う、うん。えとね…」
 アルルはその先を読み始める。

 ライラントの都市から、馬ならば早駆けで一時間の距離。
 まるで、たった今戦闘があったかの様な戦の傷跡が残る草原にシェゾは立っていた。
 くぼみかと思われた地面は、よく見ると穴の底に折れた剣やら槍らしき金属の破片が見える。
 ひび割れかと思われた地面の隙間は、何か巨大なエネルギーが地面を抉った跡だろう。
 土の表面は高温によりガラス質に一部変質していた。
 相当な高温。
 相当な高位魔導も使われたらしい。
 シェゾの背後。
 不意に地面から綿の様に光が浮き出る。
 音もなくそれは膨張し、やがて甲冑の形へと変化した。
 棍棒の様な分厚い剣が抜かれ、風の様に振りかぶられる。
 刃が振り下ろされた。
 その瞬間。
 甲冑は、頭頂から股間までを見事に二分される。
 初めて音を上げながら甲冑が倒れる。
 甲冑は光に戻り、そして眩い尾を引きながら天に飛んだ。

「その場所での、他の都市との争いは半年に及んだ…」
「アルルさん、その理由は?」
「うん、ページ、飛ばしていたみたい。もっと前だね」
 その時。
「おお!」
「今のはなんだ?」
「何? 綺麗…」
 街では、丁度その光景を見ていた人々が歓喜に湧いていた。
 かなり遠くでの出来事だというのにここまではっきり見える。
 相当なエネルギーという事らしい。
「ウイッチ!」
「ええ」
 喫茶店にいた二人もそれを見る。
 今空に飛び上がったその光。
 二人には見覚えがあった。
「昨日も見たよね、あれ…」
「ええ、あの光、やはりどこかで…」
「読んでみよう。とにかく」
「ですわね」
 二人は栞の挟んであったページの少し前を読み始めた。
「ええと、ライラント商業の歴史について…『そもそも、ライラントの綿産業は決して順風満帆なものではなかった…。それが、後の悲劇、二年に及ぶ戦争を生み出す』」
「え?」
 二人は顔を見合わせる。




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