第四話 Top 第六話


魔導物語  精霊光臨祭前夜 5th
 
 
 
  カモネギ

 妙な部分で自信たっぷりに言う館長。
「そのココロは?」
「いや、その…」
 館長が何故か照れくさそうに薄い頭を掻く。
「これはこの街の人ならまだ聞いてくれるのです…他の街の方ですと何とも…」
「お話ください。聞きますわ」
「そうですか? ええと…実は…その、笑わないでください。この結界を張ったのは…闇の、魔導士なのですわ」
 館長が気恥ずかしそうに笑いかけ、その表情を疑問に変える。
 二人が、妙に落ち着いた顔をしていたから。
「なーるほど、ですわ」
「シェゾだったんだ。納得納得」
「ええっ!?」
 館長と図書士が、揃って大声を上げて立ち上がる。
「あああ、あなた方はいいい一体、一体どなた様なのですかっ!」
 思わず敬語になる。
「やや、闇の魔導士の名を聞いて…そんな、しかも、しかもシェゾ様を知って!?」
 二人は見ていて面白い程に慌てふためいている。
「シェゾ様?」
「シェゾ、ここでは様付けですの?」
「……」
 館長は興奮で真っ赤になった顔のまま椅子に掛け、二人を交互に凝視する。
「あの…『闇魔導士』を、本当に信じてらっしゃる?」
 にわかには信じられないらしい。
「信じるも何も、ボク、シェゾん家のタンスの中身なら靴下の数まで知っているし。って言うかボクが揃えているのもあるし」
 そういえば、穴が開いているのがあったな、とアルルが思い出す。
「わ、わたくしはシェゾのほくろの数も知ってますわよ」
 頭に血が上り、反射的に口と足が動くウイッチ。
「う、嘘だぁ! そんなのボクしか知らないもん!」
 アルルも対抗して立ち上がる。
「う、嘘じゃありませんわ! 知ってます!」
 口を結んでアルルを睨み付けるウイッチ。
 威嚇しているつもりだとは思うが、どうにもその表情は拗ねている様にしか見えない。
「じゃ、ほくろが三つ並んで付いている場所どこか知ってる?」
 得意満面な表情で問うアルル。
「え!? な、並んで…?」
「ほら? 知らないでしょ?」
「さ、三角形になっている場所…なら知っていますけど…」
「うそ!? どこ?」
 その言葉に、逆にアルルが驚いた顔になる。
「……」
「……」
 二人はがっぷりよつで睨み合いとなった。
 どうやら互いに、本当に少しは知っているらしい。
「今日は引き分け…かな?」
「そう言う事にしておいてあげますわ」
 奇妙な線引きによる休戦協定により、今日の戦は終わる。
 二人は腰を下ろした。
「あれ? 何だっけ?」
「あ」
 二人の前に、目を点にした館長と図書士が居た。
「あなた方、シェゾ様の…お、奥方様、とか?」
 恐る恐る問いかける館長。
 本当は二人の年齢を考え、更に一人ではない事を考えると、本妻ではなく妾と言いたかったのだが、万が一外れていてはまずい、と言葉を選ぶ。
 一瞬二人はえっ? となるも、すかさず言葉を返す。
「え? そ、そんな…わたくしがシェゾの奥さんだなんて…やっぱりわかりま」「斬られるよ」
「……」
 暴走しかけたウイッチだが、その一言に流石に言葉が止まる。
「ええと、ボク達、おくがた…では、ないんですけど…似た様なっていうか希望って言うか…」
「まぁ、そう思って頂いて構いませんわ。ちなみにこちらが永遠の2号です」
「2号とは誰の事か2号とはっっ!」
「お静かになさいませ。ここは図書館ですわ」
 先程の失態も棚の上に放り投げ、眼前に迫るアルルの顔を、ウイッチはクールに押さえる。
「…いつかキミとはきっかり決着をつけないといけないねぇ…」
 おでこ同士をぐりぐりと押し付け合いながら睨み合う二人。
「その言葉そっくり熨斗つけてお返ししますわ」
「あの…」
 館長が恐縮しながら口を出す。
「続きを話して、よろしいか?」
 猫の様に毛を逆立てていた二人ははっと我に返る。
「ど、どうぞ」
「結構ですわ」
 二人の異様なオーラはようやく消え、席に腰を落ち着ける。
「ええと、これでようやく結界に関しては納得いたしました。あなた方は、どういう関係かはともかく、シェゾ様とお親しい間柄でいらっしゃる。それによって、闇魔導に因る結界にたまたま耐性がついたと、そう言う事ですね」
「そのようですわ。まさか、自分の体にそんな変化が起きているとは思いもしませんでしたが…」
 何となく両の手を見詰めるウイッチ。
「うん、普通、自分の魔導特性が感化されたら気付くよねぇ。で?」
「はい、その結界を張られた理由は、先程も申しました歴史に理由があります」
 ようやく普通に会話出来る環境になった館長は安心して話を始める。
「その歴史って、どんなですか?」
「歴史の闇と言って良いでしょう。言ってしまえば、この街、ライラントの悪しき部分です」
「悪しき部分…」
「どの街にも、あるにはある部分ですけど…」
 二人は神妙な面持ちとなる。
「観光都市故に、その負の記憶は長い間伏せられてきました。都市が都市らしく復興した頃、都市の主立った面々と識者を集め、そう決めたのです」
「封印は、その頃に?」
「そうです」
 事に納得しかけていた二人は、再び疑問に頭を悩ませる。
「…時間、合いませんわよ」
「だよね」
「え?」
「館長さん。それって、つまり二世紀近く前の事ですよね?」
「はい」
「シェゾ、ゾウガメさんとかではないのですから、いくらなんでもそんな昔の頃には居ない筈ですわ」
「あ、それは…」
 その時。
「おっさん、来たぜ」
 事務室の扉が開き、そこにいる誰もが、特に二人には馴染みのある声が聞こえた。
「受付空にするなよ、誰か来たら…」
 声は途切れた。
 八つの瞳が男を見ていたから。
 そのうち二人の視線が特に熱い。
「えーと…」
 視線を合わせぬ様に男は周囲を見回す。
「邪魔した」
 素早く足音が遠ざかりかける。
「まったぁぁっ!」
 カモネギ。
 そんな言葉を脳裏に浮かべつつ、アルルとウイッチは同時に叫ぶ。
 美しい弧を描いてハンターが跳んだ。
 それはまるで、狐が獲物を捕まえる時の様な、華麗で俊敏な動作。
「おわあぁっ!」
 斯くして、闇の魔導士は神妙にお縄に付く事となった。
「…なんでこうなるかね」
 シェゾは両脇を看守に堅められ、逃げ場を無くした囚人としてコーヒーをすすった。
「それはボクの科白なの」
「昨日の夜、逢いましたわよね?」
「あー…まぁ、な」
「やっぱり気付いていたんだ」
「なんで無視なさいましたの?」
 二人が非難の目を向ける。
「戦っている最中だ。挨拶なんかする暇あるか」
「別に強敵相手って訳じゃ無さそうだったのに…」
「雑魚の剣だって刺されば死ぬ」
 重い言葉にアルルははい、と頷いた。
「いやはや、本当にお二人とシェゾ様がその様な仲でしたとは…」
 館長は改めて納得した、と憑き物が落ちた様な顔で頷いていた。
「仲?」
 逆にシェゾは怪訝な表情となる。
「…お前ら、何を話した」
「ベ、ベツニナニモ」
「オキニナサラナイデ」
 あんな事を人に話したとバレたら正直斬られかねない。
 二人は打ち合わせもなく完璧に口裏を合わせ、尚かつ館長と図書士には、余計な事を言ったらコロスビームを目で送っていた。
「それより、今回シェゾは一体何をなさりにここにいらしたのですか?」
「ただ事じゃない事だけは分かってきたよ」
「…お前ら、本当にこういう事に首突っ込むの好きだよな」
 シェゾは呆れた様に呟く。
「好きって言うか…」
「愛の為せる技と言いましょうか」
「愛か呪いかは知らんが、それはさておき」
 シェゾは無視して館長に振り向く。
「新しい情報が入った。多分、今年で片が付く」
「ほ、本当ですか?」
 館長はにわかに沸き立つ。
「ああ、その為に、あの本が必要だ」
「あの?」
「奴が結界を張ったあの本だよ」
「あれが?」
「事細かにあの時の事が欠かれた情報が必要だ。持って行くぞ」
「は、はい。それは勿論構いませんが…」
「あのう、何にご利用なされるのですか?」
 図書士が問う。
「本自体が必要だ。中身もそうだが、あの本に込められた力がな」
 シェゾは立ち上がり、図書室へ向かう。
「あ、あの…」
 図書士がもう一度恐れながら、と声を掛ける。
「ん?」
「…も、持ち出し禁止なので、特別貸し出しカードに記入…して、いただけますか? それと、折り目とかつけないで頂ける様…お、お願いします」
 おどおどとだが、はっきりと注意事項を告げる彼女。
「…ああ」
 実に仕事に忠実な図書士だった。
 



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