魔導物語 精霊光臨祭前夜 4nd ステロール図書館 「ほえー…でっかいねぇ?」 「阿呆みたいな顔で阿呆みたいな声出さないでくださいます? 恥ずかしいですわ」 二人は今、図書館の前に立っていた。 予定では午後一には来る筈だったのだが、パレードやら出し物、出店の食べ物に博物館等を見て廻っている内に、空の太陽はオレンジ色に染まり始めている。 ウイッチは、夜の精霊光臨祭本祭の前に図書館に寄ってしまおう、と急いでこの場にやって来た。 「あ、阿呆ってなによ! 阿呆って!」 「見たそのままですわ」 「…だって、ボク達の街の図書館も、街の規模の割には破格の大きさなのに、ここのライラントの図書館ってば、ちょっとしたお城並の大きさなんだもん」 「まぁ、それには頷けますけど」 事実、ステーロール図書館はお城並、と言うよりも古城を改装した図書館である。 十世紀以上の過去に王制が敷かれていた頃の遺物であり、衰退によって王制が崩壊したそれ以降は放置されていた無用の長物を改造して建てられたのが、ステロール図書館であった。 ふくれるアルルをさておき、ウイッチは天を突くかの様にそびえ立つ塔のある図書館を見上げる。 「ここは、昔わたくしのおばあちゃんも通った事があるらしいですわ」 「ウイッチの? ってことは、あの伝説の魔女と言われているウイッシュさんの事?」 「おばあちゃんは普通、何人もおりません」 「…細かい事突っ込まないでよう」 「ま、それはともかく、ここには魔法薬学の本もたぁんとあると聞いています。わたくし、是非この門をくぐりたかったのですわ!」 流石、ウイッチの下調べは完璧だった。 「本当に来たかったんだね。良かったね」 ひまわりの様に微笑むアルル。 自分の事の様に嬉しいらしい。 「…だから、アルルさんには、心から感謝していますのよ」 「え? 何? 何て?」 「入りますわよ」 ウイッチは顔を見せない様にして、小走りで行ってしまった。 ドラゴンの口よりも巨大な扉を抜け、二人は受付を済ますと図書館へ入って行く。 流石に祭の最中とは言え図書館内は閑散としており、その空間だけはいつもと変わりない様子であった。 「流石に、ここまで騒がしくはない様ですわね。良い事ですわ」 「お祭りの最中に本を読もうって人はそうそう居ないもんね」 「わたくしは別です」 嬉しそうに言うと、ウイッチは早速部屋全体が吹き抜けとなった作りの、中二階の奥まった本棚に直行する。 本棚の重なり合った道は曲がりくねり、まるで閲覧を拒むかの様な作りの一角だった。 事実、ここまで来た者は殆ど居ないのだろう。 その付近、空気自体が少々古く、そして黴くさかった。 だがウイッチは、普段から通っているかの様な無駄のない足取りで進む。 予備知識があるとはいえ、自分でも不思議な位の迷い無き足取りだった。 「ここですわ」 程なくしてウイッチは明かりもろくに差し込まない最深部にたどり着く。 「ああ、そうですわ…。これこれ、この本だけはここにしかありませんもの」 ウイッチはろくに探す動作もなくお目当ての本を見つけ、、うきうきと本を取り出そうとする。 「……」 本の背を持ち、引っ張り出そうとする格好で固まるウイッチ。 「どうしたの?」 「お、重いですわ」 「え?」 ウイッチはジェスチャーでもしているかの様な体制で固まっている。 「大きい本だけど、そんな事無いでしょ?」 アルルが手を添える。 「う!?」 力を入れると、本の重量が手にのしかかる。 まるで、本の形をした岩を持っているかの様な重さだった。 「な、何これ?」 力を込め、二人でずるずると本棚から引き出そうとしていたその時。 「お、お客様! お待ちを!」 背後から悲鳴の様な制止の声が聞こえた。 汗を流しながら二人が振り向く。 そこには、先程受付に居た眼鏡の似合う、ストレートヘアの知的な才女の顔立ちをした図書士が慌てふためきながら立っていた。 彼女は二人が何の本を取り出そうとしているのかを確認すると、更に慌てふためきを増しながら走り寄って来る。 「え?」 「な、何ですかしら? 手荒な扱いは…して…んしょ、いませんわ」 尚も本を引き出そうとするウイッチ。 「あああっ! おお、おやめくださいいっ!」 図書士は強引に二人の間に割り込み、三分の一程引き出されていた本を、ものすごい勢いで元に戻してしまった。 本が奥に当たり、図書館に鈍重な音が響く。 図書士はぜいぜいと息も絶え絶えでその場に座り込んでしまう。 「あ、あの…」 アルルが心配そうに問う。 「開いて…いませんよねっ!」 図書士がいきなり立ち上がり、アルルにつかみかかる。 「うわわっ! 開いてません! 今初めて触りましたぁっ! だからぶたないで!」 図書士はウイッチにも鋭い目線を向ける。 「ほ、本当ですわ…」 少し後ずさりしながら訴えるウイッチ。 図書士は今度こそ体中の力が抜けたらしく、本棚にもたれかかる様にしてもう一度座り込んでしまった。 「あの…」 「何なのですか?」 二人は呆然とする以外にする事が無かった。 図書館の事務室。 先程の図書士と図書館の館長、そしてアルル、ウイッチが、机を囲んで座っていた。 「あのー…」 「お客様、失礼ですが、一体何処のどなたですかな?」 反り返ったカイゼル髭も逞しい、絵に描いた様なビール腹の館長が二人に問いかけた。 机の上にお茶が置いてあるところを見ると、別に怪しい人物扱いではないらしい。 「それは、正当な理由があってお聞きになっておられますの?」 こういう場面ではウイッチが心強いとアルルは思う。 「そう言われると難しいところがあるのですが…」 「では、一切お答えする理由はございません。わたくしたちは、開放された図書館で、閲覧可能な本を見ようとした。それだけですわ」 「そうなのですが…その本が問題なのです」 言いにくそうに館長が髭を撫でる。 「言葉を引き出したいのならば、それに相当する情報を提供していただきます」 「ほえ…」 アルルは何倍生きているか分からない大人相手に一歩も引かぬ、ウイッチのその姿に感心しきりだった。 「…じつは」 館長も引き下がれないらしい。 重い口が開いた。 「あの本には、特殊な結界が張られていたのです」 「結界?」 「ウイッチ、あの本って一体何の本なの?」 「この街の全てが綴られた歴史書なのですわ」 ウイッチが口を開く前に館長が答えた。 「はい、館長のおっしゃる通り、あの本はこの都市がまだ村だった頃からの歴史が、何一つ隠す事なく事細かに綴られた貴重な原本なのです」 図書士がそれに続く。 「歴史書って、普通きちんと書かれてないんですか?」 アルルが問う。 「レベルに因るのですよ。歴史書とはいえ、人が書いた本である以上、その人の主観が多少なりと入ってしまうのです。つまり、中には本に記されない事象も出てしまうのですよ」 「へぇ」 「この本は外部の人間や教会の神父、大学の教授等、複数の識者の手により書かれました。その為、ほぼ全ての歴史が本当に包み隠す事無く書かれているのです」 図書士が付け加える。 「貴重な本である事はわたくし存じておりました。ですが、何故結界を張る程ですの? 聖書の原本だって、普通に人が手で触れますわよ?」 「それは、この街の隠された歴史に係わっています…」 「隠された?」 「どういう事ですの?」 「その前に、お話しする事をお約束しますから、あなた方の事も話していただけますかな?」 「どうやら、話す価値はありそうですわ」 アルルも頷いた。 ウイッチが軽く咳払いする。 「わたくしはウイッチ。大魔女ウイッシュの孫ですわ」 館長がおお、と声を上げた。 「ご存じで?」 「勿論です。魔女ウイッシュが若かりし頃にこの図書館を利用していた事は、我々の間では有名ですからな。成る程…」 何か合点がいったらしく、館長が頷く。 「で、そちらの方は?」 「え? ボク?」 館長はにこりと頷く。 「…ボクは、特に…」 「人畜無害な魔導学園の単位ギリギリ一学生ですわ」 「実技一番だもん!」 すかさず付け加えるアルル。 「で、館長さん」 「がるる…」 噛みつくアルルを無視し、ウイッチは話を進めた。 「では、本についてお話ししていただけます? 本来、結界をかける様な本なら、本棚には置いて置く真似はなさらない筈では?」 「はい。ではお話しします。あの結界、本来はそういう結界があると言う事実すら見破られない様になっている代物なのですよ」 「それって、どういう意味ですか?」 アルルが問う。 「結界は、正確には本にのみではなく、周囲全てに対して張られているのです。ですので、普通はあの周辺には、人は近付こうとすらしない筈だったのです」 「成る程、物理的なスクリーン効果ではなく、精神的に働きかける進入防御壁があった訳ですね」 「その方がスマートだし、何より図書館に来た人達に違和感が無いよね」 納得したアルルは、そこで疑問に気付く。 「…ボク達、何の問題もなく行けましたよ?」 「それが謎なのです。この結界を張って頂いた方はそんじょそこらの魔導士ではありません。大魔女ウイッシュのお孫さんと聞いて納得しかけたのですが…やはりそれでも腑に落ちないのですなこれが」 その点には二人も頷く。 元来、結界に一族であるとかそう言う事は関係しないものである。 「あと考えられるのは耐性ですわね」 「うん、その結界の属性が特殊な場合に限るけど、その特性に体が慣れると、ある程度無効化しちゃうっていうのはあるね」 「それこそ絶対にあり得ない筈なのですよ、これが」 |