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魔導物語  精霊光臨祭前夜 2st
 
 
 
  新井式回転式福引き機

 二時間後。
「でもでも、どうせ、どうせ、きっとうんとは言わないんだよ…。だからいいんだ…いいんだもん…」
 アルルは頭をがくりとさげながら、寂しく夕日に照らされて帰路についていた。
 特等が当たった者の行動とは思えない落胆ぶり。
 座り込む決意で向かった彼の家。
 ところが、彼はあっさり留守だったのである。
 使い魔兼お手伝いのてのりぞうは、彼があと十日は帰らない、と告げた。
 てのりは嘘を付く性格ではないし、その理由もない。
 彼は、確かにあと十日は帰らないのだろう。
 ここにアルルの野望は根底からくじかれたのであった。
「誰かにあげちゃおうかなぁ…」
 その時。
「えぇっ!? もう当たったですって?」
 聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ごめんなさいなのー。もう、特賞はでちゃったのー」
「そ…そんなぁ…」
 悲痛なその声は、さっきアルルが福引きをしていたテントから聞こえる。
 どうやら、特賞を狙っていた声の主が落胆している場面らしい。
「この声…」
 アルルは声の主が気がかりだが、とりあえず現場を覗いてみる。
 と、人垣を越えた途端に声を掛けられる。
「あ、アルルさん」
「やっぱり…」
「はい?」
 福引きのドラムの前。
 そこには、拗ねた表情と仕草をした少女、ウイッチが一人、さも不満そうに立ちつくしていた。
 ウイッチはアルルに気付くと、きゅっときびすを返して彼女の元へ走る。
 そしてアルルにとって耳の痛い言葉を投げかけた。
「アルルさん、聞いてください。わたくし、ここの福引きで、特賞があの十三年に一度のライラント精霊光臨祭だと聞いて、それだけの為に使いもしないやかんやら中華鍋やらまで買って、抽選券を山の様に貯めましたのよ! それなのに、それなのにぃ…もう、特賞は出た、なんて言われましたの…」
 がっくりと崩れ落ちるウイッチ。
 多少芝居がかった動きではあるが、その悲しみは本物なのだろう。
「あのー…ウイッチ…」
「ああっ! 何という悲劇でしょう! わたくし、もう身も心もぼろぼろ…。こうなったら…」
 不意に顔を上げたウイッチの瞳が光る。
「こうなったら、あの方にこの悲しみを慰めてもら」「シェゾは一週間帰ってこないよ。絶対。間違いなく」
 ウイッチの言葉を塞ぎ、反射的に声を出す。
「はい?」
 ウイッチは目を点にする。
「シェゾ、お出かけ中。最低でも、あと十日は帰らないって言ったの」
「…Really?」
「Of course. My fair lady.」
 アルルはうん、と頷き、ウイッチはがくり、とうなだれる。
「あ、ねぇ、よかったらさ…」
 アルルはどさくさにまぎれてシェゾにナニかしてもらおうとした狼藉はさておき、本気で悲しんでいるウイッチが可哀相になる。
 アルルは買い物袋の中から、上質の和紙で作られた封筒と、こよりで丁寧に蝶結びの水引がつけられ、中央に達筆で特賞、と書かれた例の熨斗袋を取り出す。
「! そ、それは…」
「実は、当たったのボクなんだよね…。でも、ボクはむしろカレーの方がよかったから、ウイッチさえ良ければ、これ、あげ」「それはむりなのー」
 今度はもももがすかさず口を挟む。
「ほえ?」
「譲渡換金はだめなのー。特賞が決定した時点でもう、アルルさんの名前と、間違いが無い様に肖像画付きでライラント観光協会に旅行申請書提出しちゃったのー。今頃、伝書竜が空をすっ飛んでいるのー」
「仕事はやっ!」
「…う…」
 ウイッチの大きな瞳にこぼれんばかりの涙が溜まる。
 ぬか喜びの後の落差は激しい。
 今度こそ彼女は泣きだしそうだった。
「あ、だだだ、だったら、だったらさ! ウイッチ! ボク! ボクと一緒に行こう!」
 アルルはウイッチの両の手を力強く握りしめながら提案する。
「…アルルさんと?」
 すん、と鼻をすすりつつ、ウイッチは伺う様な瞳でアルルを見る。
「え? なの」
 もももも、何故かきょとんとした顔になる。
「うん! 要はボクが行けば、残りの一人は誰でもいいんだもん。それなら問題ないよね? ももも?」
「あ…まったくNo problem(巻き舌)なのー。でも…でも、本当にいいの?」
「え? 何が?」
「いや、べつにいいのー」
 珍しく、何か奥歯に物の引っかかった言い方のももも。
 だが、とりあえずそれはさておき、アルルはウイッチに再び問う。
「ね? ね? ボクに、えーと…らう…」
「ライラントですわ」
「そうそう、ライラントのお祭り、色々教えて欲しいな。ね?」
「……」
 俯いたまま、少しの間ウイッチは考え込む。
「よろしいのですか?」
 ほんの少し、ウイッチの瞳が明るくなる。
 素直な、ほのかな期待の瞳。
 アルルは胸をなで下ろしながら、うんうん、と頷いた。
 その五日後。
 アルルとウイッチは余所行きに着替え、トランクケースを屋根に積んだ馬車に揺られていた。
 まず最初の行動として、三日かけて目的の観光都市、ライラントへ向かう事となる。
 目的地は無論だが、三日間の間に泊まる宿やその地域の小旅行、料理も楽しみの一つである。
「今日泊まる所ってさ、川辺の旅館で、お魚料理がおいしいらしいよ」
「わたくし、川魚はちょとクセがあるから苦手ですわ…」
「すごい綺麗な清流らしいからだいじょうぶだよ」
「だといいのですけど。あ、山菜も美味しいらしいですわね」
「峠越えるから、山の中だもんね」
 会話は尽きなかった。
 このとき、当然の事だが二人は心の底から観光気分だった。
 少し後までは、確かに。

 夕刻。
 目録に含まれている街の有名レストランでの夕餉も済ませ、大満足で今夜泊まるホテルに向かった二人。
 直後、二人はフロントで妙な質問を受ける。
「アルル・ナジャ様と…そちらは、お連れ様…ですか?」
 接待業を営む者にしては随分辿々しい物言い。
「え? ええ、そうですけど?」
「……」
 フロントマンはちらちらとウイッチを見て、少々考え込む、と言うか困惑していた。
「あの、ボクは招待された本人だから当然で、それともう一人は自由なんですよね?」
「はい、勿論です。アルル・ナジャ様は、商人ギルド連絡会からのご指示で、間違いなく承っております」
「じゃ、何か他に…?」
「いえ、そう言う訳では…まぁ、必ずしも皆がそうとは限りませんし…」
「え?」
「…アルルさん」
 不安で心細くなったなったウイッチが、思わずアルルの袖を掴む。
 ふとそれを見たフロントマンが、何故か手のひらを返す。
「あ、はい、承知いたしました。どうぞごゆるりと御滞在ください」
 途端、にこやかに微笑み、快く受け入れるフロントマン。
 その口調は正しくプロ。
「は、はい…」
 二人は妙な間に戸惑いつつもチェックインを済ませ、フロントを後にした。
「な、何でしたの?」
「さぁ? 子供同士だから珍しかったとか?」
「そこまでお子様ではありませんわ」
「だよね。えーと、三階の、十号室だって」
 二階へ通じる階段の踊り場で、二人は降りてきた老夫婦と目を合わせる。
 老夫婦はどちらも落ち着いた、柔らかい物腰そうな人物で、事実最初の挨拶もとても優しいものだった。
「ご夫婦でご旅行ですかしら?」
「ええ、この人と連れ添って、もう五十年になるの。今日は久しぶりの旅行だわ」
 やや腰が曲がっているも、しっかりした足取りの老婆は品の良い笑顔で言った。
「今日の精霊光臨祭を、半年も前から楽しみにしてましてな。お嬢さん達は…違いますな」
 仙人の様な白い顎髭も立派な老人は、何故か自信たっぷりの全否定だった。
「え?」
 目が点になる二人。
「あ、あの、ボク達も精霊光臨祭で来たんですけど…」
「ですわ」
 と、今度は老夫婦の目が点になる。
「お嬢さん達、あの、他にお連れは?」
「いませんわ。わたくしとこのお供だけです」
「…お、お供です」
 引きつって笑うアルル。
 それを聞き、あらあらと驚く老婆。
「まぁ、あなた、やっぱり最近はそう言う事もあるのねぇ」
「ふむ、それも時代かのう…」
 老人は白い髭を撫でながら、しみじみと呟く。
「お嬢さん達、色々大変だろうが、がんばるのじゃぞ」
「は、はい…?」
 訳が分からぬまま、老人から力強い握手をされ、老夫婦は手を振りながらホテルの外へ消えていった。
「…何?」
「さ、さぁ…?」
 二人は疑問で頭をいっぱいにしたままで部屋へとたどり着く。
 部屋に入った二人は有る物を見る。
 二人が部屋で見たそれ。
 それに、疑問の鍵が一つ隠されている。
 二人は何となくそんな気がした。
「…なんで?」
「普通、ベッドは二つですわよね?」
 二人の部屋。
 ベッドがあった。
 それは当然だ。
 だが、様子が少々違っていた。
 寝室には、何故かキングサイズのベッドが一つだけ、これでもかと言わんばかりに我が物顔で鎮座している。
 クッションと見まごう大きさの枕が二つベッドに並び、しかもその枕元には何やら妖しげな香り漂う香、更には妖しげな小瓶のドリンクが置いてある。
「…ホ、ホテル、間違えてないよね? ね?」
「も、勿論ですわ…な、何が…一体…」
 とりあえず香のせいか顔が火照ってしまいそうになる寝室のドアを閉め、二人はリビングでお茶を飲む事とする。
 一息入れねば、とても落ち着いて事態を処理出来そうにない。
「えーと…」
「落ち着いて考えましょう」
 二人は備え付けのティーセットから煎れた、しいたけ昆布茶をずずっとすする。
 深呼吸すると、だんだんおかしな部分が見えてきた。
「考えてみるとさ…」
「今回のパックって…」
「女二人って、ボク達だけだったよね」
 パックツアー貸し切りの馬車に途中で拾われ、乗り込んだその場はアベックの展覧会だった。
「後の方々は、みんな老いも若いも見事にペアでしたわ」
「しかも、妙に仲睦まじい人たちばっかりだったような…」
「わたくし、途中で馬車に乗られたお二人が、あまりにもべたべたするので少々癪に…じゃなくて気に障りましたわ」
 破廉恥な、と不愉快な顔のウイッチ。
「その割には、穴が開きそうな視線でじっくりと観察していたよね」
「お黙りなさい」
「ハイ」
 再びお茶を一口飲むアルル。
「みんな、お祭りに来たんだよね?」
「…なんか、そこに落とし穴があるような気がしますわ」
「落とし穴?」
 ウイッチはバッグから精霊光臨祭のパンフレットを取り出す。
「…失念していましたが、確か注意すべき項目があったような気が…」
 ウイッチは、元から持っていたライラントの歴史がつづられた本を読み流してゆく。
 アルルもその隣に陣取り、頭をくっつけて一緒に読み始めた。
「ええと…」
 暫く精霊光臨祭に関する趣旨を流し読みしていたが、ふとウイッチの動きが止まった。
「? えーと…」
 アルルが手の止まったページを読み始める。
「精霊光臨祭は、神の神子を右目から生み出した聖母が、更に十本の指から生み出された天の使いの御霊を出迎え、そして送り出す行事であり、大いなる命のはぐくみ、喜びを祝う原初にして至高の祭である…。祭は天に浮かぶ星の神々の中でも中心となる処女座が天空に昇る年に合わせ、十三年に一度開かれる」
「そして…」
 ウイッチが続きを読み出す。
「そして、それに伴い、祭は生命のはぐくみを願う人々、つまり恋人同士、夫婦に新しい命の授かりや、永久の愛の誓いを受け交わす営みの場としても有名である…」
 続きを読むアルルの声が震える。
「そ、それゆえ…精霊光臨祭では、あらゆる生命の逞しく、美しい命の輝きを表す様々な人、生物に変装した仮装パレードも催される。男のみ、女のみで行動するのはこのパレード参加者のみで、祭を見物に来る男女は、九分九厘が精神的にも肉体的にも永久の愛を誓い合った祝福すべき恋人達、夫婦達、永久の伴侶達で…ある…」
 言葉が途切れ、二人の間に沈黙が走る。
 ごくりと生唾を飲む音が妙に響いた。
「……」
 二人はゆっくりと互いの顔をあわせる。
「ボク達…」
 フロントの怪訝な顔が頭をよぎる。
「わたくし達…」
 老夫婦の力強い声援が耳に残る。
「こ…恋…」
「恋人同士と…思われ…ましたの?」
 二人の手から本が落ちる。
 ホテルの外。
 祭で騒然とした中でもしっかりと耳に響くクリアな二つの悲鳴が響いた。




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