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魔導物語 Summer Ghost 第四話



  第四話

「魔導士なら、幽霊って信じてくれる?」
「目の前に居るだろうが」
 シェゾがアホか、と言う口調で言うと、目の前の『アルル』がくすりと笑った。
「良かった」
 そう言うと彼女はシェゾにすっと近寄る。
「さっき言った通り、私が貴方達に迷惑をかけてしまったのは…、どうしても貴方みたいなゴースト系の存在を認めてくれるベテランに来て欲しかったからなの」
「ゴーストが、ゴーストがらみのお願いか?」
「聞いてくれる?」
「それはいいがお前、アルルから離れろ。こいつ、精神的な反応はいいが、障壁が弱いから長く憑かれると『壊れる』」
「もちろん、終わったら返すから」
「終わったら?」
「聞いてくれるよね? お願い事」
「……」
 いいえ、と言える筈がなかった。
 
 『アルル』はシェゾの前を先導して歩く。
 地下に向かうという。
「地獄に付き合えとか言うなよ」
「言わないってば」
 『アルル』は、アルル以外の顔で笑った。
 アルルの顔と体で違う人格の動作をされると、どうにも調子が狂う。
 シェゾは具合が悪い、と宙に目を泳がせた。
 大抵の揺さぶりになど動じる事のない彼だが、こういう些細な事には実に弱い。
「やっぱり、自分の彼女の行動が普段と違うと気分悪い?」
「普通そうだろ」
「あ、のろけた」
「……」
 何気なくその言葉を流していた自分を、シェゾは色々と反省した。
「で、一体お前の目的は何なんだ?」
 当初の目的をシェゾが問う。
「うーん、他愛もないと言えば、他愛もない事なんだよね」
 彼女はちょっと照れくさそうに言う。
「私は、大体…七百年位前に死んだ、エルフなんだ」
「エルフ、か。この辺にも居たのか…」
「ずぅっと昔ね。私で最後だったよ。それ以来、ここにエルフが来た事は無いわ」
「エルフの城だった訳か」
 シェゾは改めて周囲を見渡す。
 そういわれれば確かに細工物の質が良い。
 彼らの文明特有である、曲線を生かした模様、植物をモチーフとしたレリーフが柱や壁に刻まれている。無論、細工の質も高い。
「道理で、城の造りが人のものとは違う訳だ」
 人間の城、と言うかこの地域にある城にしては華麗な作りであるそれに、シェゾは納得した。
 二人は地下回廊に降り立つ。
 それは地下にあるというのに、広い街のストリートがまるまる収まる程の幅と天井の高さを誇り、巨大なアーチの造形もまた美しかった。
 今はぼんやりと発光する石で辛うじて見えているだけだが、明かりを晒せば更に美しい造形が目に飛び込む事だろう。
 そして奥へ奥へと続く回廊の遥か彼方からはひんやりとした空気がゆっくりと流れ込み、シェゾの肌をなぜる。
「だいぶ地下に来てないか?」
「でないと、安定しないの」
「安定?」
 目の前を歩くアルルの足取りが、心持ち重くなって見えた。
「私もゴースト。そして、あの人も…」
「もう一人地縛霊が居る訳か」
 皮肉が入っているが、アルルは頷いた。
「霊にしても七百年は短くない。なぜ、そこまでここに拘る? ここは廃墟だ」
「……」
「その理由が、この先の『彼』か?」
 アルルは通路の奥を向いたままで頷いた。
「安定しないの」
「だから…」
 言いかけて、ふと周囲に異質な気が渦巻き始めている事にシェゾは気付いた。
 そして同時にぶん、と周囲の空気が思い音を立てて圧縮される。
 シェゾはとっさにアルルを抱きかかえ、気合い一閃で周囲にシールドを張った。
「!」
 アルルがはっとして目を瞑る。
 シールドは周囲の気の変化に反応して、所々で青白い発光現象を起こしていた。
「…ディーン」
「彼の名前か?」
 周囲でバチバチと音を立て続けながら、シールドの中でシェゾは問うた。
「こんな風に気が乱れるなんて…しかも、こんな強力に…」
 アルルが感心した様な、呆れた様な顔で言う」
「あっさり言うな。俺がシールド張らなきゃ、今頃お前スイカくらいの大きさになってるぞ」
「うん…ごめん」
 周囲の状況の変化。
 それは、大気圧の変化だった。
 今現在、二人の周りの大気は、水圧で言うところの三百気圧を超える圧力で埋め尽くされていた。
 深海魚でもなければ即死だ。
「知り合いじゃないのか? 殺す気満々だぞ」
「…その気はないのよ。きっと」
「……」
 何か言いかけて、同時に周囲の気圧が正常に戻った。
 シェゾはシールドを解き、気をサーチする。
「消えた」
「急ぎましょう」
 二人は足早に先を急ぐ。
 無害なゴーストと思っていたが、どうもここに来て様子が変わっている。
 シェゾは剣が必要になるか、と考え始めていた。
「話せ」
「え?」
「経緯だ。ややこしい事にならん内に話せ」
「あ、うん。そうだ、まず私の名前は…」
 
 今から約七世紀程昔。
 この一帯は人ではなくエルフの住む土地だった。
 そして周囲一帯を長きに渡って収めていたエルフの王族がおり、土地は平和に栄えていた。
 しかし、そんな王国にかつて無い災いが降り注いだ。
 豊かな王国を狙っていたオークの襲来である。
 闇夜しか外を出歩けない筈のオークだったが、数十年に一度の皆既日食の時を狙って昼間から大群で襲来したのである。
 更に、オークの軍には強力な魔導士が付き、事もあろうに皆既日食を魔導の力によって長引かせた。
 虚を突かれたエルフ達の軍は体勢を立て直す暇も無く大打撃を受ける。
 そして、壊滅寸前だった王国を救った者が居る。
 それはその国に滞在していた戦士だった。
 かの者はその時代には希有な存在である魔導剣士であり、しかもその腕、魔導力はエルフを持ってして絶賛を極めさせるものであった。
 現在よりも遙かに人との交流が少ない時代に置いてエルフの賞賛を得るのは、下手をすれば平民が貴族になるのと同じくらい難しいと言われていた。
 その者、名をディーンと言う。
 
「で、その戦いを期に、お前とそいつは恋に落ちた、か」
「そう。今でもさっきまで彼が側に居たみたいに覚えている…」
 微かにアルルの頬に紅が差す。
「……」
 全て理解しているのに、それでも彼女の顔で他人の事を想って頬を赤らめられると妙な気分になる。
 シェゾは己の未熟を叩きつけられた気がして、自分を恥じた。
「どしたの?」
「いや」
 アルルが、ん? と言う顔をする。
 当たり前と言えば当たり前だが、表情はアルルだ。
 シェゾはこんな些細な事で自分が複雑になるとは思っていなかった。
 
 ディーンと、目の前のアルルの体を借りたエルフ、その名をリズと言う彼女は共に戦い、オークの軍勢を最終的に退け、オークを煽った魔導士と対峙する。
 王族の姫としての能力、マジックアイテムを駆使して戦いは続いた。
 それは既に疲弊の極みの後の戦闘である。
 お互い様だが、その分当然単純に数の差が出る。
 リズとディーンは魔導士をうち倒し、見事真の勝利をもぎ取ったかに見えた。
 
「でも、彼はその戦いで傷を負ってしまった…」
「致命傷か?」
「…近かったわ。もう、彼は立てない体になってしまっていたの」
 
 その戦いより二ヶ月後。
 病床のディーンとリズはそれでも幸せだった。
 だが、些細な幸せをむしり取るかの様にあの魔導士が再び現れた。
 倒したかに見えた魔導士はかろうじて致命傷を逃れ、復讐の機会を虎視眈々と伺っていたのである。
 どの様な魔導かは知る事が出来なかったが、禁断の何かを解き放った魔導士は使い魔を放ち周囲も纏めて滅ぼそうとした。
 魔導士が憎き宿敵を求めて城に来た時、二人は覚悟を決める。
 悲鳴と爆音が渦巻きながら魔導士が二人に近づいた時、二人もまたエルフ族に伝わる禁呪を解き放っていた。
 その者の命を持ってして唱える禁呪を。
 
「そして、彼と私の力で本当に魔導士は消滅したわ」
「だが、お前等も命を落とした…か」
「私達だけじゃない。残念だけど、その後も魔導士の残留思念が使い魔を少しの間動かしていた。そのせいで、美しかった城も街も崩壊したわ。住んでいた者達も九割方は…。それ以来、城は私達が居る事で形を留めているけど、周囲はやがて森になって、また切り開かれて…そして人が住み始めて…。本当に随分変わってしまった」
「七百年あれば、な」
「私達は禁呪の影響か魂が消滅しなかった。それでずっとここに留まっていたの。それでも私達は幸せだったわ。ちょっと不謹慎だけど、体を失ったお陰で、寿命がまるで違う人間の彼とずっと一緒に居られる様になったんだもの」
「だな」
 シェゾは何となく自分の生まれたのはいつだったか、と思い浮かべる。
 思い出そうとすると、忘れたという気はないのになかなか思い出す事がない。
 シェゾにとって過去とは単に昔の事象でしかなく、振り返ると言う動作自体が忘れかけている行動でもあるのだ。
 それでもふと思う。自分がこの命を失う時、果たしてどうなるのだろう、と。
 人より長く生きているがそれでも寿命が延びているに過ぎない。エルフに比べればそれは短いし、間違いなく死は訪れる。
 その死が訪れる時、自分は誰かとそれを迎える事が出来るのだろうか。
 いや、もしかしたら、自分には『死』を与えられる事は無いやも知れない。
 それとも、既に自分は…。
 シェゾは矛盾している様な、とりとめが無くなってしまった様な考えに軽く頭をパニックさせる。
 こう考えるのは今が初めてではない。
 だが、何度思っても悩みの解決方法は出ない。
 糸口すら見つからない。
 大して長い時間を生きていない自分ですらこんなに混乱するのだ。
 七百年と言う時を魂のままで過ごし続けていた二人は、どれ程の不自由な時間を過ごしたのだろう? とシェゾは考えた。
 
 それとも。
 
 二人でなら、千の夜も一夜になるのだろうか。
 シェゾは勝手にそんな事を考えて、二人で過ごせる彼女達をうらやましいと思った。
 
「でね、私は生きている時エルフだったから、霊体になっても比較的に安定して居られたの。でも、彼はだんだん、精神的に希薄になり始めた」
「希薄、か」
「意識はあるの。でも、彼自身の制御がおかしくなり始めている…。さっきみたいに…」
「お前は、それを助けたいって訳か」
「うん、この近く、昔と比べて森が減ったとは言っても、人はまばら。しかも、願いを叶えてくれる様な人なんて、居る方が奇跡だもの。だから私、少し前にあなた達が来ている別荘が建った時、希望を持ったの。もしかしたら…って」
 あの別荘、確か結構年代物だと言っていた。
 彼女は、来ないやも知れぬ希望を願って、信じて来たという訳だ。
「適ったか?」
「適えて欲しい」
 アルルの瞳を借りて、リズは真摯な眼差しでシェゾを見つめる。
「俺に出来る事は、大して無いぞ」
「そんな事ないよ」
 リズは明るく笑った。
「あなたも、一緒だった男の子も、他の女の子達もみんな少なくとも魔導士かその素質のある子達ばっかりだった。こんな一行見た事無いよ」
「確かにな」
 考えてみれば、闇の魔導士、光の戦士、可能性を秘めた卵、魔女、巫女、魔族と、蒼々たる顔ぶれだ。これだけ居ればなにかしら引っかかると言うものだろう。
「で、結局俺は何をする?」
「…まず、彼を抑えて欲しいの。もう、彼の精神のタガは外れかけてる。私があなた達の別荘に自分自身を行かせられなくて、ポルターガイストまがいの事しか出来なかったのは、ここに居て、彼を抑えなくちゃいけなかったから」
「分離思念であそこまでやるとは、流石腐ってもエルフだな」
「…腐ってもって何?」
 リズはちょっと苦笑いした。




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