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魔導物語 Summer Ghost 第三話



  第三話

「おじゃましまーす」
 無論返答がある訳は無い。
 二人はただ閉じてあっただけの扉を開き、城の中へ進もうとする。
「よい…しょ、と」
 アルルがきしむ扉を押し開こうとした。
 と、途端に扉の蝶番がばきりと音を立てて割れ、百キロ以上はあろうかと思われる両開きの扉の片方が、内側にけたたましい音を立てて倒れてしまった。
「ひゃっ!」
 音と巻き上がる埃にアルルが飛び跳ね、シェゾの背中に隠れる。
 音は室内の広さを代弁するかの如く何重にもエコーを残しながらやがて静まった。
 いつからかは分からないが、開かれる事が無くなってそのまま蝶番が錆び、朽ちていたらしい。
 扉だった部分を見ると蝶番の残骸が梁に残り、赤茶けたシミが物悲しさを誘っていた。
「…壊したな」
「こ、壊れていたん…だと、思う…気がする…」
 シェゾはやれやれと溜息をつき、埃が収まってから内部に足を踏み入れる。
「…広いな」
 地方の城としては規模が大きい。
 そこらの中堅貴族でもこうはいかない城を持っていたところを見ると、持ち主はなかなかの権力を持っていたのだろう。
 だがそもそも、何処の誰が持っていた城なのかを知る由はないし興味もないのだが。
 周囲を見渡し、シェゾが呟く。
「感じる、な」
 シェゾはそれらしき気配を敏感に読みとっている。
「うん、何かあるよね…。やっぱりここ?」
 アルルも何かを感じたらしい。
「多分な」
 二人は住む者が途絶えて久しいと思われる城の中へ足を踏み入れた。
「大抵、ああいう手合いが現れるのは何かしらのメッセージを伝えたい時だ」
「え、あ、うん」
 アルルがそうかも、と相づちを打つ。
「危険を知らせる。警告。助けを求める、時には悪戯…他様々だな」
「四番目じゃないといいんだけど」
「どれだろうがいい迷惑だ」
 二人はホールを抜け、一階の奥へと進む。
 通常なら広間等があるはずだ。
 採光部の広かったホールと違い、ホール中央から奥へと続く廊下は無論窓が無い為に、一気に暗闇となる。差し込む光で見渡せるだけの部分を見ると、壁には燭台がずらりと並んでいた。
 真鍮と陶器、ガラスを合わせて作られたそれは一つ一つが所謂アンティーク品レベルの品だ。
 こうなると、何故持って行けと言わんばかりの空の城に盗人が入らないのか謎だ。
 微弱ながらも感じる波動。
 自分達の周りで起こったポルターガイスト現象。
 なんかあるな…。
 シェゾは危険度は別としても、やはり面倒事に巻き込まれたのは間違いない、と残念な確信を得た。
 そして当のアルルは先陣を切るどころか彼のマントの後ろである。
「お前が前を歩けっての」
 シェゾが背中のアルルをひっぺがし、首根っこを掴んで前に出す。
「んにゃ!」
 アルルはじたばたと暴れて抵抗するが意味はなさない。
「…だって、恐いじゃないかぁ…」
「ゴーストたたっ殺す言って息巻いてやって来たのはお前だろうが」
「た、たたっ殺すなんて非道い事言ってないもん!」
 
 恐いわ…。
 
「……」
 アルルがぞわりと鳥肌を立てて目を点にする。
「…シェゾ。い、今…なんか言った?」
「いや」
 周囲がしん、と静まる。
 アルルは再びシェゾの背中にひっついた。
「…なんか、いる…」
「だから来たんだろうが」
 身も蓋もない物言いのシェゾ。
「だだ…だって、やっぱりお化けって恐いもん!」
「正確には、魔物の類と人の霊に大別されるがな」
「どっちでもボクには同じだよう…って言うか、人の霊の方がよっぽどイヤ…」
 
 そんな…酷いわねぇ…。
 
「!!!!!」
 アルルは今度こそ確かに聞こえたその声に、家守みたいにシェゾにへばりついた。
「いいいいるぅっ!」
「……」
 シェゾはアルルの奇行には介さず、周囲を見渡す。
「上、か」
 そう呟くと、家守を背中にへばりつかせたままシェゾは歩き出す。
「ムシするなよぅ…」
 アルルは情けない声で形ばかりの抗議をする。
 その間もシェゾの足は止まることなく奥へと進む。
 薄暗い廊下はすぐに真っ暗闇となり、振り向いてやっとホールの明かりを確認できる程度となる。
 相当長い廊下らしい。
 自分一人ならどうという事はないが、アルルが怯えるのでライトを唱える。
 周囲がやや青白い光に照らされ、視界が開ける。
「なんか、全然廃墟って感じがしないね」
「そうだな…っつーか降りろ」
「お、降りるの…?」
 無言で頷くシェゾ。
 アルルは明かりが灯った事もあり、渋々ながらも彼の背中から離れた。
 が、そのかわり背中のマントを掴んで、カモノハシの行進みたいにぴったりシェゾに寄り添う。
「動きにくいんだが…」
「だ、だって、さっきの声聞いたでしょ? ゴースト、居るよぅ…」
「問題は、何故居るのかってのと、どういう種類か、そして何故俺達にちょっかいを出してきたか、だ。それを調べに来たんだから今更うだうだ言うな」
「出来れば、言いたくなんてないもん…」
 そう言いつつも二人はやがてホール奥の広間に出る。
 そこは巨大な空間となっており、言うなればダンスホール等の催事場として使われていたらしき華美な装飾が施されていた。
 一面が窓なので、ここに来ると外の様子も中の様子もよく解る。
 太陽の光を見た安心感からか、アルルはやっと調子を普段に戻した。
「廃墟だからもっと壊れているかと思ったけど…そうでもないね」
 そう言ったアルルの視界にあるのは、確かに壊れてはいるがせいぜい窓ガラスが何割か割れ、そこから入り込んだ風雨等により汚れた壁やカーテン、床である。
 この程度なら、確かに掃除すれば綺麗になるレベルだ。
 だが、それは錯覚だと知らしめんばかりに内壁の壁の所々には鳥が巣を作っていた。
 たった今も極彩色の鳥が窓の穴から飛び込んで来て、部屋の中を二周程旋回してから壁の一角の崩れた穴を利用した巣穴に入ってゆく。
 床も、そう言えば鳥の落とし物で所々白かったり黒かったりの点が所々数カ所に集中していた。
 物の哀れを連想させるその空間。
 確かに、ここは長い間廃墟の城である様だ。
「さて、お騒がせ幽霊はどこに居るのやら」
 シェゾは諸行無常の言葉が似合うそんな光景を見て呟く。
「ここってさ、ただの廃墟だからじゃなくって、なんか…別の寂しさがある気がする」
 アルルが何か切なそうな顔で言う。
「別の、か」
「うん。何て言うのかな…。『無い』んじゃなくて、『無くなった』って感じ」
「抽象的だな」
「よく…分からないもん。ただ、そう言う雰囲気を感じるとしか言えなくて…。ダメかな? こんないい加減な感覚って」
「…大切にしろ」
「え?」
 アルルが思いがけない言葉にきょとんとする。
 ナイーブとは違う。
 必要以上に敏感とも違う。
 アルル独自の感覚はシェゾを持ってしてもそうそう理解できるものではないと分かっているので、だからこそこういう場面では頼りになる事が多い。
 そしてそう言う感覚を持てる存在だからこそ、彼女は彼女であるのだとシェゾは思っていた。
 そうでもなければ、誰が目の前の蜜袋を放置しておくものか。
 もっとも、別の意味では既に充分いただいていると言っていいのだが。
 さて、先程の『声』の件もある。
 どういう種類かはさておき、ここが例のゴーストの住処である事は間違いない。
「何処にいるのか、と何故出てきたのか、か」
 シェゾはどことなく退屈そうに呟いた。
 ふと、あらざる方向から風が吹く。
 シェゾとアルルはそれが作られた風だと理解した。
「シェゾ…」
 アルルが背中にしがみつく。
 と、突然周囲の窓ガラスがガタガタと揺れ、カーテンがぶわりと波を打つ。
 散乱した木材やガラスの破片が埃みたいに舞い上がり、その場のどこからともなくゴン、ゴン、と木槌で堅いものを叩いた様な音がする。
「例のポルターガイスト、及びラップ音、か」
「悪い幽霊、じゃないハズなんだよね?」
「多分な。ただ…」
「ただ、何?」
 アルルが不安そうに言う。
「肉体っていう箍が外れた精神は大抵、その力を持て余すもんだ。自分の意志とは関係なくな。だから、やっかいなんだ」
「うん、内面にあった制御できない力の拡散が、自分でやりたくない様な事でも勝手に発動されたりしちゃう場合があるんだよね。最も、それだけの精神的能力を持っている人自体が稀だけど」
「ああ…」
「だから、そういう稀なケースに当てはまる人が強い何らかの意志を持っていた場合、それは更に思わぬ事態を引き起こす場合もあるの」
「アルル?」
 シェゾは彼女の言葉に違和感を覚えた。
 言う事は的を射ているが、そもそもさっきまでご乱心状態だったアルルがここまで冷静にものを話せるのだろうか。
 妙に落ち着いた口調で語るアルル。
 シェゾはその気配が変化し始めているのを確認した。
「……」
「だから、申し訳ないけどあなた達に来て貰える様に騒がせてしまったの。…彼を、助けて欲しいの」
 その声は確かに彼女、アルルのものだ。
 だが、明らかに口調が違っている。
 顔も、気持ち大人びている。
「誰だ、お前は」
 シェゾが、アルルの口を借りて話している何かに問うた。
 静かに、しかし拒否を許さぬ口調で。




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