魔導物語 Summer Ghost 第一話 第一話 「さて問題です」 アルルはシェゾの顔を見るなりそう言った。 「……」 昨日今日に始まった事ではないとは言え、アルルの突拍子の無さにはいつもながら戸惑いを覚えざるを得ない。 「一緒に例のお化け退治に付き合うのと、ボク達を守る為に帰るまでの残り四日間、ずっと寝ずの番をするのとどっちがいい?」 ハイビスカスのプリントシャツを着て、パレオを巻いたアルルがシェゾに迫って解答を求める。 南国特有の巨大な葉をたわわに茂らせた椰子の木の下。 潮騒の音を子守歌に、心地よい風でウトウトとしていたシェゾは問答無用で冒険の世界に引きずり込まれる。 「アルル…それは選択肢とは言わん」 見上げた先のアルルは目線の位置に丁度胸が来る。 強い日射しが影を強めるので、貧乳も多少は強調される。 「…今、何考えた?」 アルルが胸を両手で隠して、野生の勘でシェゾに迫る。 「魔導着を夏仕様にして良かったって考えたんだよ」 「じゃ、決まりね。ほらほら、早く着替えて行こうよ」 アルルはころりと表情を変え、笑顔でハンモックを揺さぶる。 「…バカンスって、こう言う意味じゃ無い筈だよなぁ…」 シェゾはハンモックからのそりと起きあがり、大きく背伸びした。 只でさえ二人の身長差は三十センチ以上あるが、背伸びするとそれは更に差を伸ばす。 「…俺と、ラグナスでいいだろ?」 こきこきと首をならして一応問うてみる。 「ダメ。ボクと行くの。ラグナス居なくなったらウイッチとかチコが不安になるでしょ」 じゃ、ラグナスと行け。等と言えば色々面倒な事になるのは分かっているので、二の句が出せない。 「…だが…」 言いかけて、こういう状態で何を言ってもほぼ無駄である事を改めて思い知る。 「分かった」 「終わったら、泳ごうね!」 木々の間から目も眩む様な強い日射しが地面に落ちる。 地面や植物を二色に塗り分ける影は、正しく塗った様に濃くてシャープだ。 海が波の音を涼しげに響かせ、少し遠くで海猫が鳴いていた。 ここは海岸沿いのリゾート地だった。 二日前。 平地に住む連中がどうかは知らないが、少なくともシェゾは意外にこの暑い季節も快適に過ごしていた。 シェゾの家は緑に囲まれた山の中腹にあり、その高度の空気は平地より温度を下げる。 天気によっては朝など涼しくすら思える高度だ。 そして何より彼の家は半分山の中であり、奥に行けば万年氷すらありそうな肌寒い洞穴へと繋がっている。 これで暑いと思う方が奇特である。 だから、シェゾは最初は当然断った。 「…わざわざ暑いところに行ってから涼む様なマネする気はねぇっての」 「えー? だってー! 涼しいのは認めるけど、こんなところに居たんじゃカビ生えちゃうよぉ! 太陽の下で涼むのがいいんじゃん!」 「なら、その湿気くさい壁からさっさと離れろ」 「あ、もうちょっと涼ませて…」 昼前、アルルがシェゾの家にやって来た。 話を聞くと、最近つとに暑いのでみんなで避暑に行く計画が持ち上がったと言う。 家の奥、巨大で平べったい鍾乳石を机代わりに本を読んでいたシェゾの隣でアルルは火照った体を岩壁にくっつけて冷やしながら、強力に参加を要請していた。 「あー…せなかきもちい…ひゃっ!」 壁から滴り落ちた冷たい水滴を首筋に受け、アルルが跳ねる。 最初、井戸端会議で避暑に行きたいと言い出したのはドラコらしい。 アルルがそれに賛同し、丁度避暑の過ごし方を自慢していた筋肉女の別荘を条件付きで使っても良いという許可が下った。 程なくして井戸端会議メンバーのアルル、ウイッチ、ドラコ、キキ、ブラック、チコの他、ラグナスとミノタウロス、そして別荘の持ち主たるルルーを含めたメンバーが行く事となったと言う。 「で、キミも含めてバカンスに行くのは合計八人」 「…拒否権は無い…ん?」 ふと、シェゾは眉をひそめる。 「数が合わないぞ」 「うん、ルルーの別荘を借りられる条件って言うのがね、サタンを生け贄としてルルーに捧げるっていう事なの」 「……」 恐ろしい事をあっさりと言う娘である。 「だからルルー離脱、ミノちゃんは絶対に付き合う事になるだろうから離脱プラス1ね。で、合計八人とあいなります」 「哀れな…」 「でね、ブラックやドラコに手伝ってもらってもうサタンは罠に嵌めているから、あとはカーくんを撒き餌にして別荘まで連れて行くだけ。着いたらもう、待ちかまえているルルーを放して好きにさせるから、もうボク達は自由ってわけ。一週間行けるからたーっぷりバカンスを楽しめるよ!」 「……」 上っ面だけ聞くと、まるで肉食獣を捕らえる計画みたいである。 何というか、目的を実行する為とは言え、それに悪意自体はまるで無いだけにアルルの行動、と言うか女の行動力は恐ろしい。 「用意周到だな」 「だから、シェゾも行こう!」 アルルがずい、と迫る。 シェゾはふぅ、と溜息をついた。 この調子だと、恐らくYES以外の返答は残って無いだろう。 「たまには、海もいいか…」 「海〜。とぉってもいいよぉ〜」 アルルは体をゆらゆらと波みたいに揺らしながら言い、笑う。 「で、いつからだ?」 「Just Now.」 「は?」 「今日の昼過ぎに集合なの。さ、早く支度してね」 アルルは呆然とするシェゾの手から本をひょい、と取り上げ、しおりを挟むと本をぱたんと閉じる。 「ごーごー!」 「……」 シェゾは、今日のアルルの服装が妙に軽装で涼しげな理由が分かった。 昼過ぎ。 「よ…」 「出発前から疲れてないか?」 街の待ち合わせのカフェ。 今のシェゾと同じく、珍しく軽装のラグナスが笑いながら問う。 「まぁ、な」 出発まで時間がないと言いながら、服をあれこれと『べすとこーでぃねいと』しまくったアルルの満足そうな顔と、既にうんざりげのシェゾの顔が対照的だった。 「…そう言えば奴はどうした?」 シェゾは青い髪の筋肉阿修羅がいない事に気付いた。 「あのね、ミノと先に行ってるってさ」 ドラコが笑いながら言う。 「用意周到だな…」 どうでもいいか、とシェゾはそれを頭の中から排除した。 その後、目的地までの馬車による移動中、かしまし娘どもは目的地到着まではお菓子を食べたりしながら、ほぼ途切れることなくお喋りに終始した。 お陰でシェゾとラグナスは耳鳴りを起こす一歩手前となっていた。 別荘に到着すると、男性二人はまったく別の意味で到着を心より喜ぶ事となる。 ついでに馬車の運転手と馬も多少耳が痛くなっていた。 「とーちゃくっ!」 夕方前。 一行は夕焼けも美しい海岸の別荘へ無事到着する。 女性陣は思わず砂浜へ走り出し、まだ火照りが残る砂浜へ裸足になって駆け出すと、波打ち際で足だけでも海を楽しもう、と早速はしゃぎ始める。 「夕日がロマンチックですわーっ!」 「夕日がおっきいです!」 「いーねぇ! でっかい波も来るじゃん!」 耳を澄ますと、波の音と女性達の黄色い歓声が妙にマッチして木霊していた。 海と女は実に相性がいいらしい。 「元気な奴らだ」 「…だな」 シェゾとラグナスは、言わずもがな女性陣の荷物を両手に背にと抱えながら、彼女達の飽くなきパワーに感心したり呆れたりしながら見守っていた。 その夜。 一行は広々としたロビーで明日の予定を各々で話しながら、夜半まで騒いでいた。 明日は朝から海だのお昼はどうするだの夜はバーベキューだの花火だのと、まるで喋らないと死ぬ様な勢いで会話しまくっている。 シェゾとラグナスはベランダへ逃れ、粉を撒いたみたいに星々で埋め尽くされた夜空を見上げていた。 と、海岸からうすらでかい影がやってくる。 「…おう、楽しんでいるか…」 疲労困憊といったミノタウロスがやって来た。 「どした?」 シェゾがベランダの上から声をかける。 珍しく疲れをあからさまに見せるミノタウロスに気付いて問うと、彼は力無く言う。 「…とりあえず、こちらの手はずは…まぁ、順調だ。ルルー様とサタンは(一方的に)いい塩梅だから、こっちの連中はもう好きにしろと…ルルー様からの伝言だ。あと、無事に朝日を見たいなら間違ってもこっちの屋敷には近づくな、とな」 「了解」 多分、その語意は聞いたそのままの意味だろう。 ミノタウロスは屋敷の奥から聞こえる楽しそうな声を心底うらやましそうに呟く。 「平和とは、いいものだな…」 それだけ言うと、ミノタウロスはまるで死地にでも赴く先兵みたいに肩を落として、帰路に就いた。 シェゾはちょっとだけ見送るとラグナスに言う。 「ホワイトロックは一体どうなっているのやら…」 「さぁな」 男二人は、哀れで優しい牛男に何の気無しながら、声援を送りたくなっていた。 地上に現れた瞑府の現状はさておき、物語は次の日となる。 その日は朝から雲一つ無い快晴だった。 別荘前の海は早く来いと言わんばかりに心地よい潮風と波の音、加えて海猫の鳴き声で皆を誘惑する。 「よっしゃ泳ぐ!」 ドラコが一番に着替えを終え、別荘前の海岸に文字通り飛んでゆく。 「負けるかっ!」 ブラックがそれに続く。 更に少し遅れてアルル、ウイッチ、チコが続く。 「みなさんお元気ですね」 サマードレスと麦わら帽子をベストマッチさせたキキがそんな女性陣を見て微笑んだ。 「お前は泳がないのか?」 同じくラフな格好となったシェゾが問う。 「私はもう少し後で結構です。お昼の下ごしらえをしてからですね」 「…いつもながら感心するよ」 同じくシャツに短パンのラグナスが素直に言う。 「君が居ないと、きっと誰も食事の事なんか案じて無いだろうな」 「ですよね、きっと」 キキは笑って言う。 「こんな所まで来て家事しなくてもいいんじゃないか?」 シェゾはお前も遊べ、と言いたげに問う。 「あ、全然平気ですから。むしろ、ここのお台所って広いし、食材もいいものがたぁんとあるので、とっても楽しいんですよ」 キキが心底楽しそうに言う。 「好きなんだな」 「はい」 キキが楽しげに笑い、シェゾとラグナスもふっと笑った。 海岸からは黄色い声が聞こえ始めている。 「いっくぞー!」 「受けてたちますわ!」 ぽーん、とビーチボールが弾ける乾いた音や、水をかき分ける音が響く。 青と白の空、そしてコバルトグリーンの世界は、少女達というオブジェを加える事で実に生き生きとした世界になっていた。 波の音は無限に、かつ一度とて同じ音を出す事はなく繰り返す。 じっと見つめていると、少しずつ流れてゆくのが見える雲。 シェゾは椰子の木にくくりつけられたハンモックから、青い葉と葉の間を通してそんな空を見ていた。 …確かに、いいもんだ。 太陽の下で涼む闇の魔導士ってのも悪くないか。 シェゾはそう思い始めていた。 時は進み、時刻は昼前となる。 椰子の木陰の下に少女達は集まり、キキが先程持ってきた果物や飲み物を飲んで皆が一休みしていた。 キキは、もうすぐお昼が出来るから、と告げてまた屋敷に戻る。 その時の笑みを見ると、どうやらここのキッチンを相当気に入ったらしい。 「マンゴージュースおいしー!」 「凍ったパインもいけますわ」 皆が木陰の下のベンチで楽しげに雑談していた。 ふと、その時。 「!?」 ハンモックで横になっていたシェゾがいきなり起きあがり、屋敷へと走って行った。 「…ん?」 アルル達がなに? と視線で追う。 と、屋敷から悲鳴が聞こえた。 キキの声。 「! 何?」 アルル達もシェゾを追う様にして走った。 「おい!」 シェゾはベランダからキッチンへ飛び込む。 すると、そこには腰を抜かして座り込んでいるキキが半ば気を失いかけていた。 「キキ! おい!」 シェゾはとりあえずキキを抱きかかえると頬をぺちぺちと叩く。 「…あ、シェゾさん…」 ぼーっとした瞳でキキが目を覚ます。 「シェゾー! どしたの!」 そこへアルル達がやってくる。 「な、なにこれ!?」 周囲には、調理の済んだ料理や、作りかけの材料が散乱していた。 そして、周囲を見ると窓の一枚にひびが入っているのが確認できた。 更に、床には鋭い包丁が突き刺さっている。 「どうしたんだ…? コレ…?」 ドラコが周囲を見て呟く。 「おい! キキ!」 ブラックがシェゾからバトンタッチしてキキを呼んだ。 「…あ、大丈夫…」 キキは手を添えられてふらふらと立ち上がった。 「何があった?」 ラグナスが問う。 「えと…なんだか、よく解らないんです。お料理の最中、突然めまいがして…何か、お野菜が飛び回った気がして…」 「ポ、ポルターガイスト?」 ウイッチが言う。 「さ、さぁ…」 キキはまだ頭がよく回らないらしい。ブラックはとりあえず、と言うとキキをベッドルームへ連れて行った。 「…シェゾ、そうなのか?」 「多分、な」 二人はやれやれ、と言う面もちでとにかく片づけを始める。 「おい、お前等も手伝え。それと、続きやれよ」 「続き?」 「これ以上キキに飯作らせる気か?」 「あ、も、もちろんボク達がやるよ!」 アルル達は慌てて片づけを始め、使える食材を集めて料理の続きに取りかかる。 幸い被害自体は少なく、下ごしらえは済んでいる物ばかりだったので程なく調理は彼女たちの手で再開される。 シェゾとラグナスは、話を聞くと行ってキキの元へ向かった。 彼女たちが残るキッチン。 「ね、アルル」 「ん? 何?」 サラダ菜を剥きながら、ドラコがミキサーをかけているアルルに言う。 「シェゾ、なんで気付いたのかな?」 妙ににやにやしながら問うドラコ。 「…悲鳴があったじゃない」 「その前に走り出したでしょ」 「あ、そっか…え?」 「なーんでシェゾにはわかったのかなぁ? 気配だって言うなら、ラグナスも気付くハズだよねぇ」 「…どういう意味?」 アルルが意地悪げな質問に眉をひそめる。 「さーぁ?」 ドラコが涼しげな顔でにやにやと笑った。 「…べ、別にキキだからとか…たしかにお料理上手だし綺麗だしおしとやかだし…って何だよう! だから何だよう! だからシェゾが誰よりも早く気付いたとか言うのかよう! そんなのどうでもいいやい! ボクは別に…何もないやい!」 「あたしそこまで言ってないって」 ドラコはやれやれ、と言う顔でこの精神的幼子の顔を見ると、またくすりと笑った。 尚のことむくれるアルル。 そして。 「…ウ、ウイッチ…さん?」 そんな会話の横、ウイッチの顔を覗いたチコは、少々目の据わった表情でざくざくとバゲットを斬るウイッチに、何やら分からないが得体の知れない恐怖感を覚えていた。 |