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魔導物語 Summer Ghost 第二話



  第二話
 
「お前が先に気付いた…つまり、そっち系か?」
「ああ」
 二人はキキから一応話を聞き、廊下で話していた。
「やばい奴か?」
「…どうも、そうとは思えないんだよな。さっきの気を見ると…」
「ただの、ゴーストとかのイタズラならいいんだがな」
「俺等が居ると分かれば消えるだろ。『死にたく』はないだろうからな」
「ま、そうだろうな」
 ポルターガイスト、しかもあの程度の事をする輩などタカが知れている。
 この二人、存在自体が一種の結界であり、よほどの事でもなければそこらの低級な悪意を持つ魔物、精霊などは近寄る寄るどころか、尻に帆をかけて逃げ出す様な存在なのだ。
 二人は、それをほんの些細なトラブル程度に思って話を終わらせようとしていた。
 だが、その夜。
 夕食も終わり、皆はそれぞれの時間を過ごしていた。
 居間でお茶しながら会話に花を咲かせるのはキキ、ブラック、ドラコ、それとラグナスだった。
 お子様二人はつい先程まで頑張っていたのだが、強力な睡魔に襲われて敢えなく撃沈。
 今はもう部屋で仲良く寝息を立てていた。
 アルルは…。
「もーちょっと遊べばいいのに」
「十分遊んでいるぜ」
「ほとんどハンモックで寝ているだけじゃん。明日はさ、泳ごうよ」
「小麦色の闇の魔導士なんて不気味なだけだ」
「そーぉ?」
 海岸を見渡せる部屋のベランダ。
 アルルはシェゾの部屋のベランダで話していた。
「別に痩せているワケでもないし、銀髪に褐色の肌っていうのも悪くないと思うけどな。それに、せっかくルルーが別荘貸してくれてしかも本人居ないんだし。鬼の居ぬ間に洗濯とかって言うじゃない」
「…本人が聞いたらお前が洗濯されるぞ」
 何げに危険な発言をする娘だった。
「……!」
 シェゾが何かを感じた。
 同時に。
「キャーッ!」
 悲鳴が聞こえた。
 声は同じ階、お子様二人組の部屋だ。
「シェゾ!」
 アルルが彼を見た時、既にシェゾは廊下だった。
 シェゾがドアを開ける。
「……」
 その部屋はどうすればこうなるのか、と言う位に物が散乱していた。
「ウイッチ! チコ!」
 シェゾはライトを唱え、暗い部屋を照らす。
 と同時に、ベッドの下から何かが飛び出す。
 だが、身構える必要はない。
「シェゾー!」
「わぁあーん!」
 二人が、シェゾに突進して泣いた。
「シェゾ! 何があった!」
 一歩置いてラグナスも駆けつける。
 階下から来た事を考えれば十分素早い行動だ。
 更に続けてアルル、そして他の女性陣がやって来た。
「…騒がしい夜だ」
 腰にしがみついて泣いている二人の頭をよしよし、と撫でながらシェゾは呟いた。
 その後、お子様組はキキの部屋で一緒にと言う事で、ようやく寝かしつけに成功した。
 部屋の片づけはとりあえず朝日が昇ってからになる。
 一緒にベッドに入ってもらったキキを除いたメンバーが集まる。
「二度目、だな」
 ラグナスが言う。
「ああ」
「ねぇ、アルル、ここ、何か出るとかルルーに聞いてない?」
 ドラコがアルルに問う。
「う、ううん。風光明媚、永久不変、山紫水明、痛快無比、明眸皓歯な場所で、普通なら庶民になんか絶対に貸さない場所だから月を見るたび思い出せって言っていたよ」
「…言い回しはともかく、ケチはついてない訳か」
「つまり、その現象は突発的な何かって事だな」
 シェゾとラグナスがとりあえずの現状を整理する。
「で、どうするの?」
「気配は消えた。多分、今夜はもう来ない」
「…それだけ?」
「来なきゃ何をどうするってんだよ」
「だけど…」
「ま、何かあったら声出せばいいでしょ。んじゃ、俺は寝るよ」
 そう言うとブラックはあくび一つを残して部屋に行ってしまった。
「懸命かもね。明日もたっぷり遊びたいし。じゃ、後よろしく」
 ドラコも部屋に戻る。
 部屋にはシェゾとラグナス、アルルが残った。
「…ノンキだなぁ」
 アルルが呟く。
「シェゾ」
「ん?」
「確かに、あまり邪悪とか危険なのは感じなかった」
「だな」
「が、お前の方が感じやすい気だ」
 昼間の事だ。
「ああ」
「何がってのもわからんが、一応用心しろよ」
 ラグナスはそう言って部屋に戻った。
「……」
 シェゾは俺かよ、と言う顔でやれやれ、と天井を仰いだ。
「ねぇ」
 アルルがシェゾの隣りに座る。
「ん?」
「大丈夫なの? ラグナスまでああだけど」
「本当にヤバイなら奴もそんな呑気しないさ。そう言う勘は当たるもんだ」
「うん…」
「いない奴の事考えてどうする。次に会ったら考えるさ」
「遭いたくないなぁ…」
 アルルはとん、と頭をシェゾの肩に乗せて呟いた。
「俺も寝る。アルル、灯り消してくれよ」
 素っ気なく離れる肩。
「あ、シェゾ、でも…」
 何かを言おうとして、その唇がさも当然、という風にふさがれた。
 ほんの僅かの時の停滞後。
「じゃな」
「…おやすみ」
 アルルは、またしても絶妙な奇襲に敗れた自分が悔しかったり嬉しかったりしていた。
 夜は更ける。
「きゃーっ!」
 突然、別荘に悲鳴が木霊した。
 みんなは何事か、と廊下に出る。
 ウイッチとチコは気付かなかったが、他の連中は飛び起きる。
「アルル! 何さ今の!?」
 ドラコが問う。
「し、知らない! どっから聞こえたの? 今の声、ブラックだよね」
「うん」
「どこに…」
 そこまで言ってアルルの眉がぴくり、とつり上がった。
「どうしました?」
 キキが問う。
「…そう言えば、奴は…」
 ここにいる筈の人物が二名程足りない。
「あら? ブラック…?」
 ハッとするキキ。
「ボク、行って来る」
 アルルはそう言い残してずんずんと部屋へ向かう。
「…任せるか」
 ラグナスは呟く。
「…まさか、あの子…」
 キキは違って欲しい、と祈る様に呟いた。妹の強力な行動力は知っている。
「…あたし、寝る」
 ドラコは犬も食わぬとばかりにそうそうに引っ込んだ。
 
 ずん、と地鳴りをたててアルルの足がドアの前に立つ。
 そして速やかにドアがばん、と開けられた。
 らん、と光る鬼の網膜に映るは、最も予想したくなかった予想通りの光景。
「…ナニヤッテイルノ…」
 アルルは頬を引きつらせて問う。
 そこには、ベッドの上でシェゾの腰にしがみついて固まっているブラックが居た。
 パジャマこそ着ているが、彼の腰に抱きついているのは紛れもない事実。
 今は夜。
「あ」
 今頃になってブラックは恐る恐る顔を上げる。
「……」
 ブラックの目に見えたのは、苦い顔のシェゾ。
 そして顔を廊下に向ける。
 そこには、何か凄まじいオーラを発して立つ鬼が居た。
 
「…まず、状況を説明させてくれ」
「正直に言わないとコロスからね」
 アルルはドスの利いた声で許可する。
 三人はシェゾの部屋にいる。
 アルルとブラックがソファーに座り、シェゾはベッドだ。
 ブラックは実に居心地が悪そうにアルルの隣にいた。
「出たんだ」
「ナニが?」
「例の、ポルターガイスト」
「……」
「気配を感じた時は目の前にいた。どうも悪意は無いらしい。俺がそこまで近づいて気付かれなかったからな。で、たまたまここにいたブラックがそれに気付いて悲鳴を上げた。で、俺にしがみついて、ああなっていた状態でお前が来た、と言う訳だ」
「ホントだよ」
 ブラックもやや申し訳なさそうに言う。
「…で?」
「ん?」
「な、ん、で、ブラックはここに居た訳?」
「夜這い」
 恐ろしい事をあっさり口走るブラック。
「……」
 アルルは自分の血圧が跳ね上がるのが分かった。
「…は…破廉恥! 色魔! 節操なし! 女の…男の敵ーー! 淫婦ーー! 魔性のおんなぁーー! 昼メローーー! 米屋の出前ーーーーー!!」
 アルルはパニックに陥りながら、とにかく知りうる限りでそういう意味と思われる言葉を撒き散らした。
 両手をぶん回してだだっこパンチを繰り出すも、ブラックに頭を押さえられているのでマンガみたいな絵で空振りしているだけだった。
「まぁ落ち着きなさいよ」
「おち、おちつけるかぁーーーっ!」
 半泣きでパニクるアルル。
 無論、普段とてこんな事をがあった日にはこうなるのは必死だが、今夜は寝る前にシェゾとの嬉しいコミュニケーションがあったのだ。
 それだけに、言いようのない屈辱感と言うか敗北感が普段の四割り増しである。
「ナニ? あんたもしたかった?」
「!!!!!」
 アルルが息を呑む。
「ブラック…」
 シェゾがおい、と口を挟む。
「わぁあーーん!」
 アルルが本格的にだだっ子モードに入る。
 こうなるとシェゾですらそうそう宥める事は出来ないだろう。
 と、ブラックがいともあっさり暴れるアルルの手を押さえて耳元で囁く。
「安心しな。シェゾには気付かれなかったけどさ、ポルターガイストのお陰で未遂なんだよ。ホント」
「…!」
 アルルがぴたりと動きを止めた。
「…ホント?」
「ん」
「…シェゾ…ホント?」
「ポルターガイストに気付いて目が覚めたのと、ブラックが悲鳴あげて抱きついてきたのは同時だ」
「……」
 アルルがずるりを肩を落とす。
「う…うえぇ…」
 そして今度は行き場を無くした感情の高ぶりが嗚咽と涙を呼ぶ。
 シェゾは、あんまりいじめるな、と流石に非難の目でブラックを見ていた。
「今日は帰るよ。じゃね」
 ブラックはおとなしく引き下がる。
 彼女は一つ言わなかった科白がある。
 確かに彼女の作戦はポルターガイストに因って失敗した。
 しかし、先程の科白には、本当はこの一語が付く筈だったのだ。
 『今日の夜這いは』と。
 部屋には必然的にシェゾとアルルが残る。
 訳が分からなくなってしまい、立ちつくして泣くしか出来ないアルル。
 そんなアルルにシェゾは近寄り、落ち着け、と肩に手を置く。
 アルルはうにうにと肩を振ってイヤイヤする。
「…機嫌直せ」
「悪くなんかないやい!」
「……」
 本当の子供の方がまだ楽だ。
 シェゾは、半ば予想していたとは言え、どうでも答の見つからない問題に困惑した。
 その後、シェゾはアルルをあやすのにかなりの努力を要する事となる。
 慰めようとすれば強がり、寝ろなどと言えば薄情と非難する。
 その後結局、アルルはやっぱり信用できない、と言ってブラックがナニをどうしようとしていたのかに話が戻ってしまう。
 未遂だと言うのにあまりにアルルが強く詳細を問い詰めるので、いい加減あやすのに疲れたシェゾが堪忍袋の緒を切らせ、こうしたんだ、と色々あれこれを実戦してしまったのは二人だけのヒミツである。
 
 次の日の朝。
 流石にこうも立て続けにゴースト騒ぎが起きては正直バカンス気分が薄れる。
 ラグナスが注意を払ってくれていたお陰かその後は何も無かったが、寝付けなかったのであろうウイッチとチコは寝ぼけ眼だった。
「とりあえず、気にするなとは言わないが、害は起こしていない。俺等がフォローするから皆は気を取り直してくれ。今までのを見ると、多分危険な奴じゃない」
 ラグナスが言う。
「そうそう、確かに霊体モンスターは厄介って言えば厄介だけど、今のところ外は平気だし、外で遊べば問題ないって」
 ドラコも後押しして言う。
「そうですけど…」
「巫女の私が言うのも情けないですけど…霊関係のモンスターって苦手なんですぅ…」
「気持ちは分かる」
 ラグナスが同意する。
 
 所謂モンスターは、別にこの世界においてもポピュラーな存在などではない。
 一般人にとっては悪魔、魔物、化け物、それらとモンスターは同列同意語であり、ぷよやごく一部の友好的なモンスター以外は恐るべき敵、と言うか天敵なのだ。
 その中でも霊体モンスターは最も厄介とされている。
 一般人にとっては正真正銘の正体不明と言う恐怖感も手伝い、中には魔導士ですら嫌悪する者も少なくはない。
 それらは、一般では存在を認めようとせず、下手をすれば迷信の類に分類される事すらある。
 それを『信じる』のレベルではなく『認知する』と捕らえられるかどうかは、魔導士と一般人の、一種超えられる事のない絶対的な差でもある。
 だが、精神的、肉体的に子供とは言え、その魔導士を持ってしてこの大騒ぎだ。
 どちらかと言えば近しい存在の亜人種であるドラコやキキ達ですらそうなのだから、ゴースト系がいかに特殊な存在なのかは改めて語る間でもない。
 当然、この一行にしてもシェゾとラグナス以外は似た様な認識となる。
 
「あたし達がいるからさ、遊ぼ!」
 ドラコが後押しする。
「…そうですわね、家の中では、シェゾとラグナスさんが護ってくださりますわよね」
「そう言う事だ」
 ラグナスが任せろ、と笑う。
「…そう、ですね」
「お二人がいるのですわ」
 やっと、ウイッチとチコの顔が晴れた。
 シェゾは面倒にならなきゃいいが、と寝ぼけ眼でバナナミルクを飲んでいた。
 こうして、一行は一応の平静を取り戻す。
 
 その日の昼頃。
 アルルの提案により、シェゾはゴースト退治に駆り出される事となるのであった。
「懸命と言えば懸命か」
「まぁ、な」
 玄関では、シェゾとラグナスが話していた。
「当ては?」
「この先に、微弱だがそれでも一帯で一番強い感覚を読みとれる場所がある。そこに行ってみる」
「…分かっていたなら、こうなる前に何とかしようとは思わなかったのかよ」
「特にうっとおしくもないのに相手にする様なタマじゃない」
 更に言えば、彼が雑魚に毛先程も興味を持つ訳がない。
「だよな」
 だが、とシェゾは言う。
「こうなっちまったら仕方ない。とっとと片づけて帰ってくるさ」
 そこへ、用意を住ませたアルルがやってくる。
「じゃ、頼んだ」
 やって来たアルルに一応、モンスター相手なのだから注意するように、と念を押してラグナスは入れ替わりで屋敷に戻った。
 キキとブラックが食事の準備をしているので、護衛に付く為だ。
「じゃ、行こうか」
「ああ」
「晩ご飯までには帰ろうね」
「…出来ればな」
「大丈夫大丈夫! さ、行こう!」
 アルルは根拠のない自信を持って出発した。
 目指すは別荘から数キロ先の廃墟。
 遠目に見れば美しい古城であるその場所だった。




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