魔導物語 pluckily potion 第四話 Private いやな感じがする。 何か、じろじろと見られている感じ。しかも、外見だけではなくて頭の中身、心の奥深くまでのぞき込まれているような、そんな感じ。 「…やめて…」 彼女は何とか声を出せた。重力のない暗闇の中、痛みのない苦痛が襲ってくる。 「…誰? 誰が、わたくしを…」 その疑問もむなしく、再び彼女は暗闇に堕ちてゆく。 非情な闇は、少女に欠片ほどの安心感も与えてはくれなかった。 先ほどの場所から少し離れた森の中。 「ひええええ!」 使い込んだ登山服とサックを背負ったまま、男が転がるようにして飛びのく。次の瞬間、避けたその場所に、何か途轍もなく重い鉄球でも落ちたような半円形の穴が開いた。 「ひひ…」 腰を抜かしても尚、後ずさりしようと努力する男。 「…世話を焼かすな。やりたくは無いんだからよ」 男に向かって、とてもそうとは思えない言葉をかける男、シェゾ。 「さあ、山の肥やしになりたくなかったら答えろ。お前の『畑』はどこだ?」 やっぱり、やりたくない、とは思えない。 「そそ、それは…。お、俺の飯種を、そう簡単に…」 シェゾの右手が男に向かって挙がり、ゆらりと陽炎をまとう。 「ひひ…人を殺していいと思って…」 目の前の男の良心に訴えかけようとする男。 「ああ、心配するな。この辺のグリズリーは骨から毛まで残さず何でも食うらしい」 無惨な返答。 男の血の気が、さあっと擬音を出して引いた。 少しの後。 シェゾは男の『畑』、つまりウイッチと同じように、彼だけが知っている植物の繁殖地にたどり着いた。 「…なんだ、ただの高山植物かよ。単なる闇売買か」 シェゾは、ああいった秘密の場所を知る人間が他にもいる筈と踏み、怪しげな登山者を片っ端から締め上げてそう言った場所を吐かせていた。 そうすればウイッチの言う場所とはいかなくても、それらの植物の繁殖地に近い場所に行けると思ったのだ。 「…ん?」 そして、そう言った行動は無駄ではなかった。 シェゾはふと、異質な気配を感じる。 力強く、そして不安定な。 「…隠れているな」 隠した力は、あるか無いかだ。つまり、漏れたときにそれを感じればそれは強い力そのままで現れる。 シェゾは、意識的な力の隠匿に身構える。 そして、こうも考える。 …頼むからよ、普通の山歩きくらいさせてくれ。いらん面倒が多すぎる。 シェゾは力の源に向かい歩き出す。 「…ラティオ?」 ウイッチはその存在を感じた。 「…あなたが…なぜ…」 答は無い。その代わり、ウイッチは闇の中に光る瞳を見た。真っ赤に、陰惨な輝きでウイッチを見詰める瞳を見た。 −来る。 「…え?」 −大きい力が来る。 「大きい力?」 −待っていてよかった。あの力なら、充分に、私は…。 「な、何の事ですの? いったい、あなたは…?」 ラティオと呼ばれたその者は含み笑いで応える。 ラティオ。 それは、ウイッチが求めていた『畑』の守り主。精霊である。 ウイッチを拒まず、その貴重な薬草である不老草を彼女に分け与え、尚且つその高度な知性から、ここに来たときのウイッチの話友達ともなっていた。 「…ラティオ、やめてください! こんなの、あなたではありませんわ!」 ラティオはそのぼんやりとした霧のような姿で体を揺らして笑う。 手足が長く、かなりの細身だ。その姿は、まるで人形のように非現実的な美しさを持っていた。そして、そんな精霊の吊り上がった瞳だけがらん、と輝く。 −…本当の私? おめでたい事だ。これが私だよ。 「…え?」 −私がただお前に親切にしていたと思うのか? 「だ、だって、お友達ですわ! 確かにあなたのご好意には甘えました。でも、わたくし、恩知らずではありません!」 確かに、ウイッチはちゃんとこの『畑』を手入れしている。元々が生命力の弱い草であり、それは周りの野草が生い茂ればすぐにでも息絶えてしまうのだ。 ウイッチの礼とは、森を守る事。その草を守る事。 それが、森にとっても、森の精霊達にとっての何よりの礼なのだ。 −私は違うな…。 ラティオは冷たく言い放つ。 「で、では…、一体あなたは…?」 −鮎の釣り方を知っているかな? 「アユ?」 −ある国では、こう言う呼び名の釣り方で鮎を釣る。それを『友釣り』と言うそうだ。 「友釣り?」 −小さな鮎を餌にして大きな鮎呼び寄せ、それを釣るのだ。ここまで言えば分かるかな? 「…わ、わたくしを餌に?」 −そうだ。そして、どうやら大物が掛かった。 「…!!」 シェゾ! ウイッチは心臓が止まりそうだった。 −私が欲しいのは力だ。ただ、それだけだ。 そして、その為には手段を選ばない。 それが、今目の前に居るラティオだった。 |