第二話 Top 第四話


魔導物語 pluckily potion 第三話



  only sanctuary
 
 森は、傍目からは美しい自然の姿で人を楽しませてくれる。
 美しい野の花、雄大な自然の美。可愛らしい小動物。季節の恵みを凝縮した木の実や茸、山菜や蜂蜜…。
 しかしそれは、人がルールを守り、一定の距離を置いた付き合いをした場合。
 境界線を越えて進入すれば、優しい世界は簡単に鋭い牙を剥く。
 秘薬、至宝とは得てしてそういう所にあるものだ。
『不老草』。今回の目的となる薬草。それは、もちろん名前の通りではない。
 その草は、与えられたものが重い病や怪我を奇跡の様に克服し、不老不死の如く健康になると言われる故事から来ている。
 先程ウイッチの本で読んだ例えだと、それは天然の『チョウセンニンジン』よりも高価、かつ貴重だと言う。更に本によると、不老草の乾燥重量と白金のそれは、何と状態によっては不老草一に対して、倍で取引される場合もあると言う。
 俺は、自分自身も魔法薬に世話になる身ながら、一見そこらの草と変わらないそれがそこまでの価値をもつと言う事実に、感嘆と同時にどこかおかしいと言う思いを憶えていた。
「すごい草だな?」
 俺は、背中に向けて語りかける。
「そ、そうですね。…あの、すいません…」
 ウイッチは今、シェゾにおんぶされていた。
 靴擦れの事もあるし、目的地に入るまでの険しい山道が、どうにも今の彼女には重荷だったから。
「しかし、前はよく見つけられたもんだな」
 無論、不老草の事。今のウイッチを見ると、とても自分だけの秘密の採取場に行くとは思えない。
「前は、今より寒い季節で、それで服装も装備もずっと慎重でしたの。それに、元々その季節が一番見つけ易いのですわ。あと、正確にはわたくしだけの力ではありませんから」
「ん?」
「山に住む精霊が、わたくしに力を貸してくれたのですわ。だからこそ、見つけられたんですの」
 ウイッチは嬉しそうに言う。
「そうか」
「だから、今回はもう暖かい季節ですし、場所も分かっていますし、そこまでしなくてもと思ったのですが…」
 心底面目無さそうなウイッチ。流石に今は、シェゾの背中の感触を楽しむ気分ではないようだ。
「まあいい。それより、少し気配が怪しくなって来たぜ」
「え」
 驚いたのではない。そうだ、と思い出したのだ。
「ここには、どんなお出迎えがある?」
「…霊体系と、猛獣系がいますわ。前は、獣ならまだ活動が弱い時期で助かったのですが、今の季節は活発ですわ」
「まあ、山の定番か」
 シェゾは僅かにアンテナを強くして、周囲の気配を鋭く察知し始める。ほんの少しの気を張るだけでも、その気配はまるで煙を見るかの様にリアルに感じる事が出来た。
 言うまでもなく彼は、友好的な気配よりも敵の気配に関しての方が、よほど敏感に感じる事が出来るのだから。
 そして、来訪者への出迎えはいつでも突然にやってくる。
「わ!」
 ウイッチは驚嘆の声を出す。
 彼女は、箒に乗る以外に瞬時に木の上に上る術を知らないから。
 シェゾがウイッチを背にしたまま木の上の枝に飛び上がった。その木に小山の様な大きさのグリズリーが体当たりして、これも並ではない太さの幹を揺らす。
 ズン! ズン! と数回体当たりの音が響き、それからグリズリーは飽きたようにして森の奥に消えていった。
「…ビックリしましたわ」
 シェゾの首にかじりついたままのウイッチが洩らす。
「ここに来たのは初めてじゃないだろ?」
「いえ、クマではなくて、今の行動が、です」
「行動? ああ」
 そう言って、シェゾはまた落下するように着地する。
 ウイッチが、言った事を理解してない、と言わんばかりにまた悲鳴をあげた。
 その後、ウイッチの案内で小一時間程歩いた頃、不老草がある渓谷に通ずる山の頂きに出た。今まで森の中を進んできただけに、突如開けた視界は胸をすっきりさせ、気分を晴れやかにする。
「やっぱりここに出るといい気分になりますわ」
 ウイッチが背中から降りて、深呼吸する。
「ここからは、緩やかな坂道を下りますわ。沢に通じる道は岩肌が多くて、お陰で足を取られるような邪魔な植物があまり生えていませんの。ここからなら、わたくし歩けますわ」
 ウイッチは、つま先を地面にとんとんと叩き、大丈夫そうな事を確認した。
「あと、どれくらいだ?」
 シェゾは峰から遥か下方の沢を見下ろして訪ねる。
「…ウイッチ?」
 シェゾは後ろを振り向く。
 そこに、小さな魔女は居なかった。
 
「…え!?」
 ウイッチは、一瞬にして変わった視界に驚く。幸い、異常すぎて現実味が沸かず、かえってパニックを起こさずに済んだが。
「…ここ、どこですの?」
 彼女の立つ、と言うか存在する空間。そこは、水の中と見まごう透き通った青い世界。
 あらゆる方向から光が差し、浮遊感覚が上下の感覚を狂わせる。頭の上が上なのか下なのか、何一つ自分の位置を教えてくれるものが無かった
 何も体を束縛するものなど無いのに、体が動かなかった。思考も鈍り、魔導の発動は愚か体を動かすことさえ困難に思えた。
「う…」
 そんな異様な感覚にウイッチは気分が悪くなった。水の中で重力を無くすとこんな感じだろうかと、かろうじて思った。
「シェゾ…助けて…。シェゾ…」
 ウイッチは力なく一言だけ助けを求め、そのまま視界を失った。
 
「…おかしい…」
 シェゾは別の意味で困惑していた。
 何故、気付かなかった?
 人を瞬間的に転移させるような力を、何故感じなかった?
 『異質な力』は感じなかった。
 何故だ?
 シェゾは、ウイッチが消えたその場所で考える。
 そして、手を伸ばせばそこに居るような距離で彼女を見失った自分に失望していた。
 守ると言って守れない、そんな非力な男とは思わなかった。
「そうだ、確か、ここには何か障壁があると言っていたな。…それか?」
 こんな近い山にそんな場所があること自体驚きだったし、それがここまでとは更に驚きだった。
「まずは、進むか…」
 シェゾは歩き出す。こういう場合、大抵目的地とそれらの謎は絡むものだから。
「せめて、場所は聞いておくべきだったな」
 シェゾは、これからごく短い時間の間に貴重な植物を探さなくてはならなくなった。
 
 
 

第二話 Top 第四話