魔導物語 pluckily potion 第二話 worrywart 峠の茶屋。 標高300メートル程の渓谷にあるその店は、旅人や登山者にとっての憩いの場として親しまれていた。 十数人程度の収容能力だが宿泊施設もあり、真冬になって閉鎖されるまでの間は年間を通して結構人が来る。 「…やっぱり、靴ぐらいそれらしくすればよかったですわ」 ウイッチは靴擦れを起こしていた。 内出血を起こして青く腫れた足が、白い肌と対照的で痛々しい。 靴を脱いだ左足をさすりながらウイッチが顔をしかめる。 「なんでこんな場所に来るって分かりきっているのに、そんな軽装で来るんだか…」 シェゾには、ウイッチの別の意味での健気さはまだ分からない。 ウイッチはそんな無神経な彼に、ぷうと頬を膨らませる。彼はいつになったら女性の服装を一言でも誉めてくれるようになるのだろう。 そしてウイッチ自身も、自分はいつになったらそれを口に出して言えるようになるのだろう、とも思っていた。 「お待ちどうさま」 二人にお茶が運ばれてきた。 シェゾにはカプチーノ、ウイッチにはローズヒップティーが。 「あともう一つ」 シェゾがウエイトレスを止める。 「はい」 「薬は売っているか?」 「どうかなさいました?」 「靴擦れの軟膏とか、包帯が欲しい」 ウエイトレスは、隣で足を押さえて小さくなっている女の子を見て、ああ、と頷く。 「少々お待ちください」 程なくして、ウエイトレスは薬一式を持ってやって来た。 「靴擦れに悩まれる方は多いので、常備してあります。どうぞお使いください。後はそのまま置いておいて下さって結構ですから」 流石は登山道の茶屋だった。 「助かる」 ウエイトレスはお辞儀して去っていった。 「足出せ」 「はい?」 シェゾはウイッチを向いて言う。長椅子の下、ウイッチの足首を無造作かつ強引に、まるで箒でも持つようにむんずと掴んで、そのまま持ち上げる。 「…え? えええ!? …あ、あの、いえ…。わわ、わたくし、自分で出来ますわ!!」 いきなりの大胆な行動に激しく戸惑うウイッチ。 「無理すんな。自分の足じゃ、やりにくいだろ」 シェゾは慌てるウイッチを無視して彼女の足を椅子に上げようとする。ウイッチの非力な抵抗など、シェゾの腕力の前には何の意味もなさなかった。 「あわわ! シェ、シェゾ!! せせ、せめて足を、足を洗わせてくださいっ!!!」 片手でスカートを押さえつつ、もう片方の手でシェゾの手を掴む。傍から見ると結構すごい格好だ。 「…? 別にいいだろ、そんなの」 「お願いです!!」 ウイッチが真っ赤になって懇願する。 「…分かった」 やれやれと折れるシェゾ。 「あ、ありがとうございます」 そそくさと足を戻す。 「では…」 ウイッチは、左足をひょこひょこと歩きづらそうに引きずりながら水場に向かって歩いて行った。 …そんなに歩きづらいならさっさと処置させろよ。 シェゾは小さな背中を見送る。 奥の水場。 ウイッチは入念に足を洗い、じーっと足をチェックしていた。ふと、たまたま通りかかった先程のウエイトレスに会う。 「あ、あのー…」 「はい、なんでしょう」 「あの、失礼ですが、爪ヤスリ、ありません?」 ウエイトレスは、足の爪をちらりと見てからウイッチを見る。 「これ以上切ると、深爪すると思いますが…」 先程からほぼ一部始終を見ていたので、あまりに神経質になっているウイッチをウエイトレスは少々心配に思い始めていた。 「そ、そうですか?」 ウイッチの爪は、今でも充分整えられていた。ただでさえ小さな爪が、これ以上切るとやや丸い足の見た目も相まって、赤ん坊の爪のようになってしまうだろう。 「ええ…。それと、失礼ですが、あまりお連れの方を待たせないほうが…」 「! あ、ありがとうございました!」 ウイッチは、慌ててシェゾの元に戻っていった。 残されたウエイトレスは、微笑ましいような危なっかしいような、そんな少女を何となく応援したくなっていた。 「終わったか?」 シェゾが少々ぬるくなったカプチーノをすすりつつ待っていた。 「ご、ごめんなさい! あの、待ちました?」」 「いや」 「よかったですわ…」 なんか、デートに遅刻した彼女と彼みたいな会話。 そして、ちらりとシェゾの顔を見る。 「……」 なんと言って切り出したものかと、もじもじするウイッチ。 「ほら」 シェゾが促した。 「は、はい…」 ウイッチは体をねじってそろそろと左足を差し出す。 シェゾは、ウイッチの足首を掴む。山の冷たい水で洗ったせいか、ウイッチの足は少々冷えていた。 「何やってたんだ?」 「べ、別に大した事ではありませんわ」 ウイッチはくすぐったそうにもじもじしながらシェゾに身を任せる。 シェゾは慣れた手つきでウイッチの足に軟膏を塗り、軽いテーピングで患部の布を固定する。 足を男にいじられるなどそうそう出来ない体験である上に、それをしてもらっているのがシェゾとなると、ウイッチはどうにも体がむず痒かった。 自分の足を見詰めながら治療に専念するシェゾを見ていると、なんと言うか、言葉では言い表せないような感情が湧いてくる。 ウイッチは、足に触っている手からそれが伝わったりしないかと、おかしな心配をしていた。 峠の茶屋と言う、おおよそ色恋とは掛け離れたような殺風景な場所なのに、ウイッチの表情一つで、ここだけが何故か花畑の中みたいな錯覚を周りの人にも見せていた。 「よし、これでいいだろう」 そんな気も知らず、シェゾは無感情に治療を終える。 「……」 「ウイッチ、もう足下げていいぞ?」 「…え!? あ、はい…きゃあ!!」 慌てて我に返ったウイッチは、椅子の上の足を下げようとしてバランスを崩し、豪快にコケてしまった。 「……」 シェゾは、スカートはもっと長いほうが安全だと思った。 |