魔導物語 pluckily potion 第一話 medicinal herb 「…あら?」 ウイッチがつま先を伸ばして、棚を眺めてから呟く。 「どうした」 「不老草が有りませんわ。困りましたわね」 ウイッチは腕を組んで右手を顎につける。分かり易いポーズだ。 「買ってくるか?」 「いえ、この草は売っているような代物ではありませんの。それどころか、見つけたらその場所は絶対秘密と言うくらい貴重な草なのですわ」 「そうか。じゃ、どうするんだ?」 「…もちろんわたくしは自分だけのその場所を知っているのですが…」 「じゃあ、俺は留守番か」 「ですが…結構危険な場所にありますの」 ウイッチがチラリとシェゾを見る。 「一緒に行っていただけません?」 「絶対秘密なんだろ?」 「それは、全く知らない人か信用の置けない人に対してですわ。あなたは、そうじゃありませんもの」 「一応、信用はあったのか」 「あたりまえです!」 ウイッチは自分がシェゾの事を信頼していない、とでも言うような口ぶりに思わず大きい声を出す。 「信頼していない人と、こうやって薬作りなんてしませんわ! シェゾ、まさかあなた、わたくしを信用していませんの?」 妙に迫力がある。 「そんな事は無いが、そう言った個人的なことをばらされる程とも思っていなかった」 「…もっとご自分に自信を持っていただきたいですわ」 ウイッチは相変わらずなシェゾに溜息をつく。 「? 分かった。なら、出るか」 二人は支度を始めた。 「で、場所はどこなんだ?」 玄関先で俺はウイッチに訪ねた。まだ太陽は高く、空も晴天の霹靂と言う言葉がぴったりの快晴だった。 「場所自体はそんなに離れていませんわ」 そう言って指差したのは、視界に入る程度の大きさの山。 「あの山までは歩いても2時間程度ですわ。ただ、山に入ってからが大変ですの」 「考えてみると、何故箒を使わない?」 ウイッチは、それが出来たらいいんですけど…と、溜息をついた。 「まあ、下手に空を飛ぶと見つかり易いので場所を守れない、と言うのもあるにはあるのですけど、最大の原因はあの辺り一帯が天然の魔導抑制地帯になっていると言う事ですわ」 「何だそりゃ?」 「まあ、それは追々お話しますわ。まずは出発いたしましょう」 俺達は、薬草を求めるミニクエストに旅立った。 ところで、ウイッチは全くの普段着でいたって軽装。と、言うかむしろ、普段よりも着飾っているような服装。それに、薬草入れ兼ランチ入れのバスケットしか持っていないので、傍から見ればウイッチはまるでピクニックにでも向かうように見えた。 「しかし、そんな危険なところに行くのにもう少し、それらしい格好ってのは無かったのか?」 シェゾは、普段からカジュアルな服装などしないので大抵何処に行ってもおかしくない服装をしている。今も、皮のパンツと厚手のグレーの長袖、その上に、魔導効果の加わっているであろう簡単な装飾品を着けている。 「だって、シェゾが一緒ですもの。それに、女の子は用も無く殿方の前で不躾な格好はしないものですわ」 ウイッチは事も無げに言う。 …用があるところに行くんだが。 シェゾは、女の行動を理解できるほど器用ではなかった。 二人は暫く歩いた。地面がやや斜面になり始め、道の先にこれから山に入ると書かれた案内板が目に入った。 これから入る山は標高千メートル程度。ただし、全体的に平べったい台形型の上に、その上の部分が渓谷などの入り組んだ複雑な山なので、上に行くほど迷いやすくなる。 成る程、こんな複雑な山ならば、何かあってもおかしくない。 シェゾはそう納得した。 「ところで、今回の薬はどんな効果があるヤツなんだ?」 「…これから採りに行く薬草を使うもののことですか?」 「ああ」 ウイッチは、えーと、と少し考えてから。 「えっと、肉体的な疲労、魔導使用による精神的疲弊を和らげて、かつ早期回復を促す薬ですわ。要は、魔導酒とポーションをあわせたようなものです。しかも、それだけでは天然のアイテムにそう言ったものがあります。わたくしの場合は一歩先を行き、それに気分的な高揚とでも言うべき効果が付加されますの」 「高揚?」 「簡単に言えば勇気ですわ。負けないぞ! 頑張るぞ! みたいな元気を出させる効果ですわね」 「便利だな」 シェゾが感心する。 「普通ですと、そう言った総合的な回復アイテムは『そういう効能を持ったもの』を探すのが普通ですけど、やはりわたくしとしましてはそういうものこそ自分で作ってみたいと常々思っていましたの。あ、勿論高揚については副作用はありませんからね」 普通、体に対して回復効果のある薬品の類は、体か精神のどちらかに特化した物が多い。そうしないと、人によっては体の回復能力に無理が来て、かえって体を壊す事があるからでもあり、そもそもそう言ったものが作られにくいと言う事でもある。 一般的に『竜の角』等で知られる同時回復アイテムは自然にあるものを拾っているに過ぎない貴重品であり、さっきも言ったように、人によっては逆に体を壊してしまう可能性もある諸刃の剣なのだ。 プロになればなる程、体力だけを回復させるポーションの類を貴重にする魔導士が多い。それは、薬による精神力の回復は多かれ少なかれ副作用があり、魔導に影響を与える事はすなわち、簡単に命と引き換えられてしまう場合があるからだ。 シェゾも、普段は魔導酒の類は危険なところに行くほど逆に使わないようにしている。 魔導士にとって魔導の変調はそれ程に忌むべき事柄なのである。 余談だが、シェゾが心を露わにするのを嫌うのは、元々の性格もあるとはいえ、そう言った点が大きく関係する。 精神の揺らぎはそのまま力の揺らぎとなるからだ。 もっとも、そういう時点で彼の精神鍛錬はまだまだ未熟と言えるのだが。 |