第六話 Top エピローグ


魔導物語 久遠なる理想郷 最終話



 utopia

「……」
 キキは声が出なかった。
 多分、彼は既に絶命している。
 だが今も彼は仁王立ちで爪を振り上げていた。
「…あ…あ…」
 だが、それは弁慶の立ち往生とかそう言う問題ではない。
 まるで前衛的オブジェを思わせるそれ。
 彼の体から無数に突き出ている赤く濡れた触手が倒れる事を許さない、ただそれだけ。
「うっ…」
 キキは泣き崩れた。
 周囲の子供達も先程の勢いをかき消して嗚咽を漏らしたり、大声で泣き始めた。
 子供達にとってもあのアウルベアは良き友人であったらしい。
「どうし…どうして…ここは…こんな場所じゃ…無い筈なのに…」
 悲しかった。
 悔しかった。
 怒りより何より、先程まであんなに笑っていたこの子達の泣き顔を見てしまった事が切なく、辛かった。
 そして現実はキキの、子供達の悲しみなど何の事もない、とばかりに行動を開始する。
 優しきモンスターを貫いた触手が亡骸を解放し、赤く染まったそれを今度はキキ達に向けて方向修正し始めたのだ。
 キキは今度こそ心臓を止めそうになる。
 何か…何か助ける方法は…。
 そう思った瞬間、触手が襲いかかる。
 防ぐ手立てはない。
 キキが絶望した。
 しかし。
「!」
 触手が光を放って窓の前で歪み、止まる。
 次から次へと襲い来るそれは窓の外の何かに遮られ、例外なくオレンジの火花を散らしては散らしを繰り返す。
 結界!
 キキはそれが働いている事を知った。
「これは…」
「お母さんだ!」
 シエルが歓喜の声をあげる。
「! お母さんが帰ってきたの?」
「ううん! お母さんが、いつもこうして壁を作ってくれるの!」
 他の子供達も、思い出した、とばかりに歓声を上げる。
 キキも、状況が状況なので漠然としたままではあるが胸をなで下ろす。
「今のうちに…」
 そう考え始めるも、彼女は甘かった、と自分を責める事となる。
「わぁっ!」
 子供が驚いて悲鳴を上げた。
 オレンジ色の火花がグロテスクな程に濃い赤に変わった。
 そして次の瞬間、触手の一本が、自身を粉砕しつつも結界を突き破ったのだ。
 結界は一時しのぎ程度の力しか無かった。
 効果のあるときこそ絶対だが、穴が開けばそれは一気にもろくなる。
 触手が、トーストを引きちぎるみたいに遠慮無く結界を浸食してゆく。
 奥へ逃げようとも考えたが、ふと頭上からの異音にキキは気付く。
 戦慄して頭を上げたとき、天井の隙間からも赤い火花が散っていた。
 先程の窓の光景と同じ。
 結界が崩壊寸前になっている現象だ。
 囲まれている…!
 キキ達は逃げ場を失っていた。
 子供達は再び支えを失い泣き出している。
 結界は崩れ、『お母さん』は姿を見せない。
 支えは無かった。
 だが、自分までもが諦める訳にはいかなかった。
 キキは藁にもすがる思いで記憶を片っ端から探る。
 そして。
「! あっ!」
 キキは一縷の望みを思い出す。
 子供達を宥め、自分のリュックへ走る。
「あった!」
 カバーを開くと、その一番上に彼が渡してくれた巻物があった。
 シェゾがお守りだ、と渡してくれたもの。
「…!」
 彼はお守りと言った。
 正直何の役に立つのかは分からない。
 だが、今彼女に残された最後の切り札だ。
 キキはこの子達を助けたい。
 ここを守りたい。
 その一心で巻物を開いた。
 突如、巻物が陽炎の様な波動を発する。

『do on a place』

 一体どう形容していいのか分からないが、そんな音が耳に聞こえた気がする。
 更に。

『unaffectedness place』

 その声は空中、キキの背中から聞こえた。
 キキはその場違いな声、と言うか音に瞬間、世界が変わってしまった様な錯覚に陥る。
 だが、振り向いた瞳は奇跡と言う有り難い現実を目の当たりにして目を見開かせた。
 空気が渦巻く。
「よっ」
 声と、黒いマントが空間に現れたのは同時。
 マントは螺旋に渦巻き、その姿を大きく拡大してゆく。
 回転運動を緩める事の無いまま、今度は本体が現れ始めた。
 今頃になってマントの風切り音が聞こえる。
 そして、空中にシェゾが現れた。
 錐揉みしたままで着地する。
 靴の底を二回転は引きずってやっと回転は止まった。
「っと」
 シェゾは普段とは趣の違うそれらしいのか、転移が終わるとふう、と息をついた。
 そして彼の瞳には、床に腰を落としたままでこちらを見詰めるキキが映る。
「呼ばれたか」
 街で出逢ったかの様に平然とした声。
 だが、それはキキの安心感を確固たるものに昇華させた。
「シェゾさん!」
 彼が現れた。
 たとえ幻でも尚嬉しかった。
 彼女にとっての救世主が現れたのだ。
 思わず駆け寄ろうとして、彼女ははっとその動きを止める。
 同時に、その瞳は女性的な非難の目に変わった。
「……」
 シェゾはその豹変ぶりに少々首をかしげる。
 そして、ああ、と気付いた。
 シェゾは、その胸に小柄な女性を一人、しっかりと抱きかかえていたのだ。
  まるで愛しい人を抱擁しているかの如く。
 だが、事態はここで犬も食わぬ世界を作る程の余裕はない。
 素早くキキの後ろの存在、そして周囲の状況を見極めると、シェゾは気を失っている巫女をキキに抱えさせた。
「頼む」
「あ、あの…この…この人は? それに、一体どうやって…さっきのは?」
「どんぱうんぱだ」
「え?」
 聞いた事はある。
 だが、あのような形のアイテムとは知らなかった。
「どんぱがある場所なら無条件で飛べる。移動場所のイメージが必要な転移より便利だが、ただ勿論どんぱを置かなきゃならない。それに、あくまでもアンカーだから周囲にエネルギーが必要だ。だから、こういう時しか使えないがな」
 危機的状況、つまり力場があると言う事。
 シェゾは、キキを見失った際の予防策としてそれを渡していたのだ。
「お母さんっ!」
 シェゾの返答を待つまでも無かった。
 子供達が満面の笑みで駆け寄ってくる。
 シェゾは入れ違いで窓に走った。
 キキは気付く。
 この人が、サマの女神なのだ、と。
 あっという間にお母さんは子供達に囲まれた。
 口々にその『名』を呼び、反応のないその姿に不安を入り交じらせる。
「…大丈夫、眠っているだけよ」
 その小さな体を抱きかかえながらキキは宥め賺す。
 今度は、口々に本当? と言う言葉が繰り返し紡ぎ出された。
 ええ、とキキは心からの笑みで頷く。
 彼が、シェゾが来てくれたのだから。
 首だけで振り向いたとき、かくして彼女の英雄は窓からその身を躍り出させていた。
 一瞬、先程の優しきモンスターと姿が重なるも、今のキキにはもう不安など一片の欠片もなかった。
 だって、今出て行ったのは彼だもの。
 シェゾ・ウィグィィだもの。
 キキは、心の底から祈り、そして願った。
 絶対の確信と共に。
「勝ってください!」
 その声はシェゾに聞こえただろうか。
 硝子の様に崩れかけていた結界を事も無げに蹴散らし、シェゾは月の夜空にその身を舞わせた。

 だん、と地面にその足がついた。
 先程まで結界の外にうじゃうじゃと蠢いていた触手は、なぜか一斉に巨大な塔に引っ込んで行った。
 だが、撤退ではない事はシェゾにはよく分かっている。
 次の行動を起こす為の準備にすぎない。
 シェゾと塔の距離は約二百メートル。
 そして実際の塔の規模は、直径三十メートル、高さは実に百五十メートルを数えるその巨体だった。
 まるで時が止まったかの如く退治する魔物と、魔物以上の男。
 キキはここまできてやっと塔が一体何であるのか疑問を感じる余裕を持った。
「あれは…何?」
「しらない…。でも、少し前から時々出るの…お母さん、とっても悲しんでいた…」
 お母さんにしがみついたまま、シエルが恐る恐る呟いた。
 お母さんが眠っている限り、ここに答はない。
 彼女が起きるか、シェゾが戦いを終わらせるか、それまでキキに解答を与えられる事は無いらしい。
「…まったく、予想以上所じゃないぜ」
 シェゾは呆れた様に呟いた。
 何もない左手をぶん、と横に凪ぐ。
 手が伸びきった時、その手には闇の剣が握られていた。
「こんなでかいの、どうにかなるのか?」
『『なるのか』、ではない。『する』のだ。主よ。
「だと思ったぜ」
 シェゾはやれやれ、と闇の剣を構えた。
 塔が同調して動き出す。
 地面が地響きを立て、塔が揺れた。
 そして、一際異質に目立っていたおどろおどろしい眼球が更に見開かれる。
 と、なんと塔の地面近くから瞳のある部分の上方までに、無数の横一文字の亀裂が入り始めた。
 キキは息をのむ。
 子供達も同じだった。
「本気か」
 シェゾは結構、と笑う。
 一つ一つの亀裂がめりめり、と嫌な音を立てて開いてゆく。
 そこに現れたのは赤黒い壁。
 いや、壁と思われたのはそうではない。
 目。
 無数の目。
 赤く血管の走る、巨大な数え切れぬ目だった。
 ある程度瞼が開いたとき、上方からぐるん、とオレンジ色の瞳が回転して現れた。
「げ」
 思わず嫌悪の言葉を吐く。
 塔の中心にある巨大な瞳。
 そして前後左右、上下を問わず現れた無数のやや小さな瞳。
 百や二百では済みそうにないそれが、向ける目という目で一斉にシェゾを睨め付けた。
 同時に先程より三倍は太い触手が弾かれた様に飛び出し、一秒と掛けずに数百のそれがシェゾに向かって飛んだ。
 闇色のマントが月夜に飛んだ。
 一跳びで実に塔の半分程の高さまで跳躍し、丸太橋のような触手に降りる。
「せいっ!」
 気合い一閃。
 シェゾは闇の剣を塔に向かって振り下ろす。
 輝いているかと錯覚する程に深い、黒の衝撃波が塔に向かって飛ぶ。
 それは真正面にあった瞳を纏めて四つも潰し、そのまま塔の体内に深く突き刺さると、一瞬の間を置いて突然爆散した。
 塔が蠢く。
 十本以上の触手が飛来し、シェゾの立っていた触手ごと粉砕しようとしてまともに正面衝突する。
 衝撃がお互いの触手ごと粉砕し、嫌な色の体液が空中に飛び散った。
 だが、シェゾは居ない。
 シェゾは再び跳躍していた。
 今度は塔の高さを超え、そのまま月をバックにシルエットとなる。
「正直勿体ないとは思うが…太り過ぎなんだよ!」
 再び無数の触手がシェゾを襲う。
「せいっ!」
 シェゾは本当に避けきれないものだけを斬り捨て、塔の頂上に向けて自由落下以上の速度で突っ込んだ。
 もう少しで塔の頂上に降り立つ。
「?」
 シェゾは数百分の一秒だが疑問を持てた。
 塔の頂上には何もない。
 先程遭った塔の一部の頭上の様に。
 本体の頭上がこれ程不用心であろうか。
 だが、疑問により行動を止める暇はない。
 シェゾは闇の剣を突き立てて落下を続けた。
 その時。
「!」
 シェゾは流石に驚愕する。
 たった今まで何もなかった塔の頂上。
 そこが突然何の前触れもなく巨大な円形の穴を開いたのだ。
「なっ!?」
 直径は二十メートルを超え、円の周囲、更にはその内部に無数の巨大な牙を携えていた。 シェゾは理解する。
 これは口だ。
 所謂、無顎口上綱とでも言うのだろうか。
 コンパスで描いた様に綺麗な円がシェゾを待ち構えていた。
「くっ!」
 その声が最後だった。
 次の瞬間、シェゾは口の中にそのままダイブしてしまった。
 ばん、と口がすぼまって閉じ、同時に塔がぐねぐねと動く。
 咀嚼でもしているのだろうか。
 その非常識な巨体が蠢く様はそれだけで充分にグロテスクだった。
「シェゾさんっ!」
 かろうじて視界にそれを見たキキが悲鳴に近い声を上げる。
「ん…」
 巫女が瞳を開けた。
「お母さん!」
 子供達が危機的状況も眼中にない、と大はしゃぎで喜ぶ。
「あ…」
 巫女がふっと周囲を見る。
「私は…」
「気がつきました?」
 巫女がはっとする。
 無理もない。
 先程までシェゾの胸の中だった筈なのだから。
「…あ、あなたは…?」
 シェゾの事で気が気では無いが、彼を信じる他自分に出来る事はない。
 キキは努めて冷静に話をする。
「私はキキ。シエル達と遊ばせて貰っていました。それと、シェゾさんの…」
 一瞬キキは考え、そして言う。
「親しいお友達です」
 彼女の子供達と遊んでいた事。
 シェゾの知り合いである事。
 この点から話し出したキキの方法は功を奏する。
 二重に安心だと分かった巫女はもうキキを信用していた。
 そっと起き、まずは子供達を好きに抱きつかせた。
 そしてそのままの姿勢でキキを見る。
「初めまして。私は…サマの巫女です」
 キキはその名を聞けた事に心底感動する。
 今、このような形ではあるが、子供の頃からの夢は現実となったのだ。
 だが、余韻に浸る暇はなかった。
「あ、そうです! シェゾさんが!」
 キキは指さす。
 巫女はあっと声を上げて振り向く。
 そして、愕然とする。
「…あんなに、変わってしまった…」
「ご存じなのですね? 教えてください! あれは、一体何なんですか!?」
 キキが問い詰める。
「あれは…あれは、森の守主だった魔物…ローパー、とも呼ばれていました」
「守主…ローパー!?」
 キキも聞いた事はある。
 それはモンスターの中でも古代種に近い。
 幾つかの無定型モンスターの起源となっているとも言われ、生きた化石とすら呼ばれる事もある、ある意味貴重、と言うか珍しいなモンスターだ。
 だが、それだけに強力なモンスターでもある。
 発生の歴史的にはドラゴンと並ぶと言われており、その歴史の長さは能力的に見ても伊達ではない。
 外的要因、病的要因が無ければ基本的に寿命のない存在であるローパーは、栄養さえ得られれば永遠に体、そして魔力も成長し続けるのだ。
「でも…あんな大きな…」
「守り神…でした。でも…」
 突如、声を遮る様にしてローパーの蠢きが強くなった。
 先程までの動きとは明らかに違う。
「うわ…」
 子供達もそれを見て恐怖に震え、巫女にしがみつく。
「…無理だったんです」
 その瞳は宙を仰ぐ。
 突如、ローパーの頭上寄り、体の一部が異様に膨れる。
 肉質な何かが千切れる嫌な音が複数響いた。
「出来ると…思っていました。でも…」
 いびつに膨張した付近の無数の目玉がこれもまたいびつに膨らみ、そして液体を撒き散らして破裂した。
「もう…私は…私っ!」
 子供達をがむしゃらに抱きしめ、そして巫女は絶叫した。
「おりゃあっ!」
 この距離を数えるというのに、シェゾの声が夜空に響いた。
 ローパーの頭頂部がザクロの様に裂け、漆黒の翼が月を背負って跳躍する。
 頭頂部を無惨な歪と化したローパーが、声にならない悲鳴をあげる。
「うっ!」
 同時に、巫女も頭を抱え、その端正な顔を苦痛に歪めた。
「もう…時間…が…」
「え? 何…?」
 力無く倒れ、キキに寄りかかる巫女。
 彼女を抱き留めたキキは事態を飲み込めず混乱した。
 周囲には巫女の不調を見て取る子供達が集まり、口々にその名を呼ぶ。
「大丈夫よ…。お母さんは、大丈夫…だから…」
 だがキキは、何の根拠もない言葉を掛ける事しか出来ない自分に失望感を抱いていた。
 夢にまで見た楽園。
 サマ遺跡。
 キキは今の姿を未だ認めたくないと、これこそ夢であって欲しいと願って涙をこぼす。
『健気なものだ。
「覗くな。悪趣味」
 空。
 シェゾはほんの酔狂で意識を垣間見たらしき闇の剣を非難した。
 未だローパーが視界一杯に映っているこの世界で、これほど場違いな会話もあるまい。
 シェゾは、再び太いバゲットの様な触手が襲いかかって来る事でやっと興味を本来のターゲットに戻した。
「ったく…」
 心底気分の悪そうな顔でローパーを睨み付ける。
 襲い来る触手を斬り捨て、いなしながらシェゾは再び頭頂に迫る。
 シェゾはちらりと遠くを見た。
 それは巫女の居る場所。
 胡麻粒より小さく見えるその窓の中に、巫女を確認する。
「悪いな」
 そう呟くのとシェゾがローパーに突っ込むのは同時。
「…はい…」
 巫女はまるでその言葉が聞こえたかの様に力無く応え、そして弱々しく微笑んだ。
 シェゾの体が白く発光する。
 それはまるで彗星の様に尾を引いてローパーの中に消えた。
 思いがけぬ光。
「!?」
 キキがローパーに向き直る。
「!」
 キキは目を見張った。
 ローパーが、頭頂から氷を破砕する様にして粉々に砕け散ってゆく。
 生物的な柔らかさを全てフリーズドライベジタブルの様に硬質化させ、それは衝撃と自重で上部から止めどなく、あまりにも滑らかに砕けていった。
 そして、視覚がそこまで認識してからやっと破壊音が耳に聞こえていると確認できた。
 異様な容姿からは想像のつかぬ透明な破砕音。
 それが何重にも重なり、透明な夜空に奇妙な音楽となって奏で続けられた。
 現実の状況とはかけ離れた世界が流れ続ける。
「……」
 目の前で起きているあまりにも悲壮な現実。
 だが巫女は、その様子をキキに抱きかかえられながらぼんやりと見ていた。
 まるで夢うつつの如く。
「…ごめんね、ごめんね…」
 巫女は頬から涙を伝わせ、うわごとの様に呟いていた。
「…!」
 崩壊し続けるローパーの中心部。
 シェゾは目的の物を発見する。
 そこだけが、今だ脈々と精気溢れる活動を続けていた。
 赤黒く、そして脈打つ巨大なクリムゾンの真珠。
 それはコア。
「許せよ」
 言葉とは裏腹に、シェゾは一片の躊躇もなく刃をそれに突き立てた。
 瞬間、既にその体を硬質でありつつも脆い瀬戸物と化していたローパーは大きく痙攣した。
 そして同時に体全体で崩壊を始める。
「うっ…!」
 巫女が胸を掻きむしる様にして前屈みに倒れる。
「あっ!」
 キキが息を呑む。
「お母さんっ!」
 子供達が駆け寄った。
「…!」
 キキは気付いた気がした。
 最も気付きたくない事実に。
「…シェゾさん」
 月明かりを受け、妙にゆっくりとローパーは崩壊している。
 まるで黒い雪が降っているかの様だった
 その中心。
 黒い人影がマントを翻し、黒い雪に混じりながらゆっくりと降りている。
 これだけ離れているというのに、彼の眼光だけがらんと光って見えた。
 美しくも背筋を凍らすその凄惨な光景。
 キキはある種の狂喜美に一時我を失い、ただそれに見惚け続けていた。

 破壊。

 これ程美しい物はないのかもしれない。
 月夜は幻想と現実をない交ぜにしてキキの思考を奪い続ける。
 そして。
 その勝利は決してハッピーエンドでは無い。
 彼女は悟っていた。
「…シェゾさん。どうして、あなたは嫌な事ばかり引き受けられるんですか…? どうして…?」
 サマの巫女がその腕の中から姿を消す。
 周囲の声も消えた。
 キキは周囲を見渡した。
「…みんな…」
 誰も居ない。
 誰も居なかった。
 ここには、誰も居なかったのだ。
 遺跡は、最も遺跡らしい姿でキキを独り、取り残していた。




第六話 Top エピローグ