魔導物語 ケットシー物語 第八話 おじゃまにゃ? シェゾはアルルを見詰めて聞く。自覚は無いが、それだけで武器になる視線で。 「あの二匹、どう思う?」 「どうって? 記憶を失った方の事?」 アルルは、その眼力になんとかふんばりながら、とりあえず彼の隣に座った。 「そういう観点でもいい。どうだ?」 「…ど、どうって、えと…」 アルルは何となくシェゾを直視出来ない。 「あの、なんか、他人行儀って言うか、よそよそしい感じは、する…」 なんとかそれだけ言うと、やっとシェゾの方を向いた。 「でも、さ。方や記憶喪失だし、しかたない、よね?」 「まあな」 シェゾはシェゾで壁の向こうを向く。まるで、壁の向こう側のアルルの部屋にいるケットシー二匹が見えているみたいにして。 「あの、シェゾ。何で、そんな事聞くの?」 アルルは、何か聞いてはいけない様な嫌な空気を読み取りながらも聞く。 「双子のケットシーってのは、決して双子だけじゃないってのは知っているな?」 「え? うん。夫婦のケットシーだったり、親子のケットシーだったりもするんだよね」 「それ以外にもまったくの他人同士でってのもある。数は少ないがな」 「…な、ナニを言いたいの? ねえ?」 アルルがじわじわと嫌な予感を沸きあがらせて聞く。 「アルル」 さらに真剣なシェゾの瞳。 深い蒼の瞳は純粋にして無限。アルルは、そんな瞳にめまいすら覚えそうになる。 「は、はい」 なぜ、彼がそういう瞳、物言いをすると自分はかしこまってしまうのだろう。 アルルは、いつもの事とは言え、常に疑問に思う。 「もしも、片方が記憶を取り戻さなければ、もう片方が一生騙し通せばいい。相手も、自分自身もな」 「…シェゾ?」 シェゾは窓の外を見る。 「さっきお前と会う前、ブラックから情報があった」 「さっきって、シェゾが雨の中を歩いていたあの時?」 「ギルドに、尋ね猫の表示を出しておいた。それに、引っかかった情報がある」 「…なに?」 「お前達も歩いていた川の下流、海に近い砂洲の辺りで、見つかったものがある。…ケットシーの…」 シェゾは言葉を詰まらせる。 「……」 アルルは、耳を塞いで逃げ出したかった。 「ケットシーの、亡骸が見つかったそうだ」 「…!」 アルルは息を飲んだ。 「おかしいと思ってはいた。お前の拾ったケットシーは後ろ足に怪我していた」 「うん」 「ミーの話じゃ、ケイは前足を折っている筈なんだ」 「……」 「お前の拾ったケットシーは後ろ足。そして、見つかった亡骸は、前足を怪我していたそうだ」 アルルは心臓が凍りつきそうだった。 「じゃ、じゃあ、ケイは…」 「……」 沈黙が何よりも語っていた。 「ボ、ボクが拾ったケットシーは?」 「それも裏がとれている。病院を回っている時に聞いたんで、ちょっと気になっていた」 「…どんな?」 「森に捨てられた飼いケットシーがいたそうだ。誰かが拾って病院に連れて行ったが、病気を持っていたらしくて、すぐに死んだ。その間にケットシーに聞いた話だと、もう一匹が居たんだが、はぐれたそうだ。後ろ足を、怪我していると言ったそうだ」 「…それじゃ、ボクの拾ったケットシーって…」 「嫌な話だが、お互いの片割、と言うところだろう」 「…そんなの、酷いよ…」 アルルはうつむいて泣き出す。 「さっき、ミーにだけは言っておいた」 「え!?」 先程、シェゾがミーを抱き上げた、あの時であろう。 「だから、ミーがその気になれば、片方をその気にさせれば、一応は収まる。ミーも、頭の中では多分、最初から分かっていたのかもしれない」 「そんな…それで、それでいいの? あの子が、記憶を取り戻したら?」 「双子のケットシーがそう呼ばれる所以は、血縁とかそういうのじゃない。二匹で寄り添い合って生きるからこそ、そう呼ばれる。誰かと一緒に居る事が大切なんだ。だから、あいつらは一匹で生きる事が出来ない。記憶を取り戻したとしても、その後も二匹で生きる事になるだろう」 シェゾは物語を語る様にして話す。 「…でも…」 「あいつらには、お互いに寄り添える相手が必要なんだ。例えそれが今からのパートナーだとしても、な」 「…独りは、さびしいから…?」 「そうだな」 シェゾは、ぽろぽろと涙をこぼすアルルを見て優しく微笑む。慰める様に優しく。 「…そうだね。ミー、それでもいいんだよね? あのケットシーの子も、独りよりも、いいんだね…」 アルルはちらりとシェゾを見ると、頭をシェゾの胸に預けた。 「…まだ、ちょっと冷たい」 そう言いつつも、涙を刷り込む様にして顔を押し付けるアルル。 シェゾもアルルの肩を抱いた。 頭を撫で、その軟らかい髪に唇を滑らせる。 石鹸でも香料でも無い不思議な香りがシェゾの鼻腔をくすぐり、それは緩やかにシェゾの鉄の心を解きほぐす。 アルルを抱く腕に、そっと力が入る。 「ん…」 アルルもまた、その抱擁に例え様の無い安堵感を憶える。 シェゾの唇があたっているのは髪なのに、まるで肌に直接触れられているみたいな感覚を全身に走らせた。それは、体も心も浮いてしまう様な錯覚を憶えさせる。 「アルル…」 静かなその一言は、アルルのタブーを全て免罪し、肯定する。 アルルが顔を上げ、シェゾは顔を下げた。お互いの瞳がお互いを映し出す。 鼻が触れ合った。 その瞳を閉じたのは、どちらが先か。 「あにょー…」 「うお!」 「きゃん!」 二人は慌てふためき、逆に抱き合ってしまう。 「…ミ、ミー?」 心臓がばくばくするアルル。 シェゾは、アルルの腰を掴んでゆっくりと引き離す。 「おじゃまにゃ?」 「は、話は、終わったの? あ、あはは…」 顔を赤らめて、ぎくしゃくと話すアルル。 ミーは、二人をじーっと見る。 「ま、いいにゃ。おわったにゃ」 「ミー。で、どうなった?」 もう冷静なシェゾ。 アルルは、どうして男の人って言うのは、こうも余韻を残さず次の行動に移れるのかと、いつもずるいと思っている。 「うん、『ケイ』がきおくをもどしてももどさなくても、ケイはケイにゃ。だから、いっしょにいままでどおりにくらすにゃ」 ミーは、さっぱりした顔で言う。 「そうか。良かったな、ミー」 「シェゾ、ありがとにゃ」 ミーは感謝を込めて言う。 「ねえ、『ケイ』は?」 「怪我しているから、ベッドにゃ」 「そう。あのね、怪我が治るまでは、うちにいるといいよ」 「いいにゃ?」 「もちろん!」 アルルは、ミーを抱き上げて微笑む。 窓の外では微かに曇っていた薄青い空が晴れ、太陽と共に真っ青な空を蘇らせていた。 シェゾは窓を開けた。 風が爽やかな空気を運び、どこか重かった部屋の中の空気を押し流す。 「いいお天気になったね!」 アルルはシェゾの隣に立つと、太陽に負けない笑顔でそう言った。 |