第七話 Top 最終話


魔導物語 ケットシー物語 第八話



  おじゃまにゃ?
 
 シェゾはアルルを見詰めて聞く。自覚は無いが、それだけで武器になる視線で。
「あの二匹、どう思う?」
「どうって? 記憶を失った方の事?」
 アルルは、その眼力になんとかふんばりながら、とりあえず彼の隣に座った。
「そういう観点でもいい。どうだ?」
「…ど、どうって、えと…」
 アルルは何となくシェゾを直視出来ない。
「あの、なんか、他人行儀って言うか、よそよそしい感じは、する…」
 なんとかそれだけ言うと、やっとシェゾの方を向いた。
「でも、さ。方や記憶喪失だし、しかたない、よね?」
「まあな」
 シェゾはシェゾで壁の向こうを向く。まるで、壁の向こう側のアルルの部屋にいるケットシー二匹が見えているみたいにして。
「あの、シェゾ。何で、そんな事聞くの?」
 アルルは、何か聞いてはいけない様な嫌な空気を読み取りながらも聞く。
「双子のケットシーってのは、決して双子だけじゃないってのは知っているな?」
「え? うん。夫婦のケットシーだったり、親子のケットシーだったりもするんだよね」
「それ以外にもまったくの他人同士でってのもある。数は少ないがな」
「…な、ナニを言いたいの? ねえ?」
 アルルがじわじわと嫌な予感を沸きあがらせて聞く。
「アルル」
 さらに真剣なシェゾの瞳。
 深い蒼の瞳は純粋にして無限。アルルは、そんな瞳にめまいすら覚えそうになる。
「は、はい」
 なぜ、彼がそういう瞳、物言いをすると自分はかしこまってしまうのだろう。
 アルルは、いつもの事とは言え、常に疑問に思う。
「もしも、片方が記憶を取り戻さなければ、もう片方が一生騙し通せばいい。相手も、自分自身もな」
「…シェゾ?」
 シェゾは窓の外を見る。
「さっきお前と会う前、ブラックから情報があった」
「さっきって、シェゾが雨の中を歩いていたあの時?」
「ギルドに、尋ね猫の表示を出しておいた。それに、引っかかった情報がある」
「…なに?」
「お前達も歩いていた川の下流、海に近い砂洲の辺りで、見つかったものがある。…ケットシーの…」
 シェゾは言葉を詰まらせる。
「……」
 アルルは、耳を塞いで逃げ出したかった。
「ケットシーの、亡骸が見つかったそうだ」
「…!」
 アルルは息を飲んだ。
「おかしいと思ってはいた。お前の拾ったケットシーは後ろ足に怪我していた」
「うん」
「ミーの話じゃ、ケイは前足を折っている筈なんだ」
「……」
「お前の拾ったケットシーは後ろ足。そして、見つかった亡骸は、前足を怪我していたそうだ」
 アルルは心臓が凍りつきそうだった。
「じゃ、じゃあ、ケイは…」
「……」
 沈黙が何よりも語っていた。
「ボ、ボクが拾ったケットシーは?」
「それも裏がとれている。病院を回っている時に聞いたんで、ちょっと気になっていた」
「…どんな?」
「森に捨てられた飼いケットシーがいたそうだ。誰かが拾って病院に連れて行ったが、病気を持っていたらしくて、すぐに死んだ。その間にケットシーに聞いた話だと、もう一匹が居たんだが、はぐれたそうだ。後ろ足を、怪我していると言ったそうだ」
「…それじゃ、ボクの拾ったケットシーって…」
「嫌な話だが、お互いの片割、と言うところだろう」
「…そんなの、酷いよ…」
 アルルはうつむいて泣き出す。
「さっき、ミーにだけは言っておいた」
「え!?」
 先程、シェゾがミーを抱き上げた、あの時であろう。
「だから、ミーがその気になれば、片方をその気にさせれば、一応は収まる。ミーも、頭の中では多分、最初から分かっていたのかもしれない」
「そんな…それで、それでいいの? あの子が、記憶を取り戻したら?」
「双子のケットシーがそう呼ばれる所以は、血縁とかそういうのじゃない。二匹で寄り添い合って生きるからこそ、そう呼ばれる。誰かと一緒に居る事が大切なんだ。だから、あいつらは一匹で生きる事が出来ない。記憶を取り戻したとしても、その後も二匹で生きる事になるだろう」
 シェゾは物語を語る様にして話す。
「…でも…」
「あいつらには、お互いに寄り添える相手が必要なんだ。例えそれが今からのパートナーだとしても、な」
「…独りは、さびしいから…?」
「そうだな」
 シェゾは、ぽろぽろと涙をこぼすアルルを見て優しく微笑む。慰める様に優しく。
「…そうだね。ミー、それでもいいんだよね? あのケットシーの子も、独りよりも、いいんだね…」
 アルルはちらりとシェゾを見ると、頭をシェゾの胸に預けた。
「…まだ、ちょっと冷たい」
 そう言いつつも、涙を刷り込む様にして顔を押し付けるアルル。
 シェゾもアルルの肩を抱いた。
 頭を撫で、その軟らかい髪に唇を滑らせる。
 石鹸でも香料でも無い不思議な香りがシェゾの鼻腔をくすぐり、それは緩やかにシェゾの鉄の心を解きほぐす。
 アルルを抱く腕に、そっと力が入る。
「ん…」
 アルルもまた、その抱擁に例え様の無い安堵感を憶える。
 シェゾの唇があたっているのは髪なのに、まるで肌に直接触れられているみたいな感覚を全身に走らせた。それは、体も心も浮いてしまう様な錯覚を憶えさせる。
「アルル…」
 静かなその一言は、アルルのタブーを全て免罪し、肯定する。
 アルルが顔を上げ、シェゾは顔を下げた。お互いの瞳がお互いを映し出す。
 鼻が触れ合った。
 その瞳を閉じたのは、どちらが先か。
「あにょー…」
「うお!」
「きゃん!」
 二人は慌てふためき、逆に抱き合ってしまう。
「…ミ、ミー?」
 心臓がばくばくするアルル。
 シェゾは、アルルの腰を掴んでゆっくりと引き離す。
「おじゃまにゃ?」
「は、話は、終わったの? あ、あはは…」
 顔を赤らめて、ぎくしゃくと話すアルル。
 ミーは、二人をじーっと見る。
「ま、いいにゃ。おわったにゃ」
「ミー。で、どうなった?」
 もう冷静なシェゾ。
 アルルは、どうして男の人って言うのは、こうも余韻を残さず次の行動に移れるのかと、いつもずるいと思っている。
「うん、『ケイ』がきおくをもどしてももどさなくても、ケイはケイにゃ。だから、いっしょにいままでどおりにくらすにゃ」
 ミーは、さっぱりした顔で言う。
「そうか。良かったな、ミー」
「シェゾ、ありがとにゃ」
 ミーは感謝を込めて言う。
「ねえ、『ケイ』は?」
「怪我しているから、ベッドにゃ」
「そう。あのね、怪我が治るまでは、うちにいるといいよ」
「いいにゃ?」
「もちろん!」
 アルルは、ミーを抱き上げて微笑む。
 窓の外では微かに曇っていた薄青い空が晴れ、太陽と共に真っ青な空を蘇らせていた。
 シェゾは窓を開けた。
 風が爽やかな空気を運び、どこか重かった部屋の中の空気を押し流す。
「いいお天気になったね!」
 アルルはシェゾの隣に立つと、太陽に負けない笑顔でそう言った。
 
 
 

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