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魔導物語 ケットシー物語 第七話



  あえたにゃん
 
「ただいまー!」
 アルルはドアを開けた。
「ぐー!」
 留守番をしていたカーバンクルが駆け寄る。
「ただいま、カーくん」
 上着を脱いでカーバンクルを抱き上げるアルル。
「おじゃま…」
 シェゾも上着を脱ぎ、首本からミーの顔を覗かせる。
 彼を知る人なら信じられないかも知れないが、シェゾはいわゆる服の中に猫を入れてだっこ状態だった。
 人肌で程よく温まったのか、ミーは大あくびする。
「ぐ!?」
 一瞬カーバンクルはどきりとした。
「?」
 アルルはそんな二人に気付いた。
「あ、あのね、カーくん、ケイに背中で爪研がれちゃったの。だからケットシーがちょっと苦手になったみたい」
「爪ね」
 シェゾは珍しく慎重になっているカーバンクルを見て、くっと笑う。
「シェゾ、そういう笑い方、よくないよ…。なんか企んでいるみたいだもん」
「ほっとけ、で、そいつは?」
 シェゾは胸元のミーを撫でながら聞く。
「うん、こっち。ボクの寝室」
 アルルは、シェゾを案内する。
「ミー、ご対面だな」
「にゃ」
 ミーは不安げに鳴いた。
「……」
 シェゾはそんなミーの頭を撫でた。
「シェゾ?」
 アルルはそんな、普段より何げに優しい彼に不思議な違和感を憶える。
「えと、ここ」
 アルルは寝室に案内する。ドアをノックすると、中のケットシーを驚かさないようにそっと呼ぶ。
「開けるよ? いいお知らせ付き」
 アルルはドアを開けた。
「…にゃ?」
 ケットシーはアルルのベッドの中から顔を出した。
「おはよ。あのね、いいお知らせ」
 シェゾとミーは廊下で待つ。
 シェゾの服の中。
「……」
 ミーはどきどきしていた。
 シェゾは、そんなミーを不思議なまなざしで見る。
「シェゾ、来…」
 言いかけてちょっと迷う。
 男の人をそう簡単に女の子の部屋に入れていいものかどうか、と。
 シェゾに言わせれば、家に入れたら同じだろう、と言うところだろうが、アルルに言わせれば一応部屋の中は女の子にとっての最後の聖域なのだ。
「…えーと、いいよ。入って」
 アルルは聖域の扉を開いた。
「お呼びだ」
「にゃ」
 シェゾはアルルの部屋に入った。
 アルルもケットシーを抱いている。
 シェゾは、服の襟首からミーをつまみ出した。
「…シェゾ、男の人でそういう猫の抱き方って、妖しい…」
「勝手に入ったんだ」
 シェゾはごそりとミーを引っこ抜く。
「ほら、相棒だよ」
 アルルはケットシーを抱き上げ、シェゾの胸元のミーに寄せた。
「……」
 ケットシーはじっとミーを見る。
 ミーも、ケットシーを見ていた。
「? どしたの?」
「…まあ、ケイの方が記憶なくしてるんだ。戸惑ってるんだろ」
「…そうか、じゃあ、ボクのベッドの上に置いてあげて」
 アルルはケットシーをベッドの上に置く。
 シェゾも、首を掴んで対面させるように座らせた。
「もーちょっと丁寧に扱えないの?」
 アルルの非難を無視して。
「ミー、どうだ?」
 シェゾはミーの背中を見ながら。
「……」
 二匹は、何かおっかなびっくりとお互いを見詰めている。
「どしたの?」
 アルルは、どうにもぎこちない二匹が気になった。
「アルル、しばらくそっとしておいてやれ。少し時間を置いた方がいい」
「え、う、うん…」
 いまいち合点がいかない。
「じゃ、なんか話してみて、きっと思い出すよ」
 しかし、アルルはそう言って従う事にした。
 シェゾは、ミーが心配なのか一度抱き上げる。そして、少しの間顔を近づけてだっこしてから、再びベッドにミーを下ろした。
「…うん、あえたにゃん」
 ミーは、シェゾにむかってそう言った。
 シェゾも、そんなミーに優しく微笑む。
「……」
 猫に対して変な感情を抱いても仕方ない。仕方ないと分かっていても、何か素直にそう思えないアルルだった。
 二人は部屋を出る。
 中にはケットシー二匹。
 そして、部屋の外にはシェゾとアルルが二人。
「えと、シェゾ、あっちで暖かいお茶でも飲む?」
「そうする。ちょっと肌寒い」
「だーかーら、傘差さないからだってば」
 シェゾの頭はまだ濡れているのだ。
 晴れたとは言え、雲は空を殆ど覆ったままだ。寒くもなるだろう。
 アルルは、何処かから大きいバスタオルを持ってきてシェゾの頭に被せる。
「ちゃんと頭拭いてね」
 そして、暖炉に火を入れる。
 普通にしている様に見えるが、何を急いでいるのか山の様に薪をくべると、ファイヤーの連発で強引に薪を真っ赤に燃え上がらせた。
「…お前、いつもそんな強引な火の着け方しているのか?」
「え? いや、いつもは火種に利用する程度だよ。たださ、シェゾが濡れているしさ、だから…」
 何を恥ずかしがるのか、薪を拍子木の様にコンコンと鳴らす。
 と。
「あいたぁ!」
「……」
 シェゾには何が起きたか一瞬で分かった。
 薪のささくれが手に刺さった、と言うところであろう。
「いたあ…」
 薪を落として手を見るアルル。かくして、予想通りの展開であった。
「見せろ」
 シェゾはアルルを呼ぶ。
「トゲが刺さった…」
 左手を押さえながらアルルが来る。シェゾの横に座ったアルルの手を取る。
「……」
 アルルの指を見て、親指の付け根をちょっと押す。
「いたーい!」
 アルルがよがって泣く。
「我慢しろ。木の破片が刺さったままだ」
「う、うん…」
 シェゾは爪で器用に刺を抓み、そっと刺を抜いた。じわりとした痛みが後を引く。
「いたた…」
 アルルがホッとしていると、シェゾは不意に指の傷口を軽く咥えた。男にしては軟らかいその唇の感触は、指から伝わり彼女の脳を静かに支配する。
 アルルが固まった。
「…ゑ?」
 シェゾは、その細い指を軽く唇で噛むようにして傷口の血を吸うと、そっと口を離す。そして、露になる傷口を見て確認する。
「問題ない。ほっといてもすぐ治るだろ。それか、バンソウコウでも貼っとけ」
 そう言ってシェゾはぺろりと唇を舐めた。ほんの少し、彼の唇が赤い。
「……」
 まだフリーズしているアルル。
「おい」
「…ぅわ!」
 アルルは、ウサギみたいに飛び跳ねた。手を押さえて、顔を真っ赤にしている。
「何だ?」
「な、なな、なんだじゃなくって…。ぼ、ボクの手、か、かじっ…な、なめ…」
「おいおい。この程度の怪我、それで十分だろ」
 やや論点がずれている。
「そ、そうじゃ…」
「それよりアルル」
 もう話を切り替えるシェゾ。
「…な、ナニ?」
 まるで無視された事には少々むっとする。が、シェゾの至って真面目そうな話の切り口にアルルは従わざるをえなかった。
 指を握ったままで、アルルは耳を傾ける。
 
 
 

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