第五話 Top 第七話


魔導物語 ケットシー物語 第六話



  なんでもないにゃ
 
 シェゾとアルルは、とりあえず彼の宿に向かった。
 ミーが元気だから、そっちに来てもらった方がいいと言う事で。
「ね、もっと傘下げて。濡れちゃう」
「これ以上下げると俺、前が見えなくなるんだが」
「ボクが濡れて風邪ひいてもいいの?」
「…はいはい」
 シェゾはちょっとかがんで傘をアルルの頭に近づける。
「ん。上げちゃ嫌だよ」
 そう言って、下げてきたシェゾの腕に自分の腕を組んだ。
「でもさ」
「ん?」
「シェゾが、ちゃんと保護してくれていて嬉しいな」
「ほっとくかよ。まあ、あいつに無理矢理付き合わされたってのもあるがな」
 シェゾは、手のバンソウコウを見て言う。
「でも、ほっとく事だって出来たよね? で、その手、引っかかれたの?」
「まあな」
 アルルは、バンソウコウに手を合わせてそっとさする。
「痛いの痛いの飛んでいけ!」
 アルルは楽しそうに呪文を唱える。
「…ふ」
 シェゾは、何かアルルが妙に可愛く見えてしまった事に失笑した。
「…ん? ん? なになに?」
 アルルもそんなシェゾの微笑みが、単に馬鹿にされたのでは無いと気付く。やたらと人懐っこい顔でシェゾにせまる。
「嬉しかった?」
 素直な、希望的な質問。
「やかましい。さっさと行くぞ」
 シェゾは早歩きで進む。
「きゃ」
 アルルは引きずられるようにして付いて行った。
 雨は、そんな二人を妬むかの様にして強く降り始める。
 シェゾは、雨が嫌にうっとおしく感じるのが疑問だった。
 
 宿に戻る頃には、雨は本降りだった。
「ひゃー! すっごい雨! 足元びちょびちょー!」
 アルルが至って素直な不満を洩らす。
「確かにひどいな」
 シェゾも同じ気分だった。
 春雨は濡れて行こうと言う謳い文句があるが、流石に服の中まで濡れてはそうも言っていられないな。
「シェゾ、幾つ?」
「モノローグを読むな」
 シェゾは髪から雫をたらしつつ、部屋へと向かう。
「あーあー! タオルタオル!」
 フロントから拭くものを借りたアルルが、シェゾを追いかけた。
 部屋の鍵がカチリと音を立て、二人は入ってきた。
 シェゾの後ろから器用にタオルを回して頭を拭きながら、アルルもそれに続く。
「…にゃ?」
 ミーがベッドの上で目を覚ました。
「あ、この子?」
 アルルはパタパタと駆け寄り、寝ぼけ眼で慌てる暇も無いミーを抱き上げた。
「に…にゃ?」
 驚く暇も無い。
「うん、似てる似てる」
 鼻先をつん、とくすぐると、ミーは小さいくしゃみをした。
「あは」
 そんなミーを見てアルルは優しく笑う。
「??」
 ミーは何が起きたのか分からなかった。
 
 少しの後。
 コーヒーを二つ並べて、シェゾとアルルはミーと話していた。
「…ケイが?」
 ミーはキョトンとした顔で聞いた。
「うん、ボクのところにね、だから、来てくれる?」
「……」
 ぽかんとするミー。
「おい、いい加減目を覚ませ。ベターハーフが見つかったんだぜ?」
「シェゾ、ちょーっと意味ちがくない?」
 どうでもいい事を突っ込むアルル。
「…あ、そうだにゃ」
 それでもミーはどこか上の空。
 雨の量と眠気は比例するのだろうか。
「大丈夫? 寝不足? それともあんまりご飯食べていないとか?」
「人聞きの悪い事言うな」
 シェゾが心外な、と割って入る。
「だって、シェゾってあんまり小動物を飼いたがるようには見えないし…。間違っても、ご飯に激辛カレーとかあげちゃ駄目だよ?」
「あのな」
「それにさ、気は使ってくれるけどその方法がいまいち…。相変わらず言葉少ないし…」
 アルルは普段の自分の扱いと重なるのか、何か場違いな非難を飛ばす。
 と。
 そこまで何となく勢いで言ってしまったアルルの肩に、さっきまでの眠気はどこへやらのミーが音も無く飛び乗った。
「?」
 そして、なに? と覗き込むアルルの鼻を。
 がぶ。
「んぎゃん!」
 アルルは跳ねるように後ろに下がり、ベッドに倒れこんだ。
 ミーは、アルルののけぞった反動を利用してジャンプし、そのまま今度はシェゾの頭に飛び乗る。
「お前…」
 頭の上のミーは、さも当然、と手をぺろぺろ舐めた。
「ひ…ひたーい!(痛い)」
ベッドの上でじたばたとわめくアルル。
「なな、なにすんの〜…」
 鼻を押さえて起き上がる。
 涙声だ。
「うるさいにゃ。おせわになっているひとをわるくいうやつにはいいクスリにゃ」
 ミーはつん、とそっぽを向いた。
「……」
 アルルは驚くと言うか感心した。
 シェゾって、何気に動物からの信頼ってあるよね。
 幸い、鼻の穴は増えていなかった。
 とりあえずごめん、とミーに誤り、その話はそれで終わった。
「んじゃ、まずはもうちょっと雨が収まったらボクん家に行こう。ケイが待ってる」
「そうだな」
「……」
 ミーだけが、布団の上に座りながら、どうにも不安な顔をしていた。
「どうした?」
「なんでもないにゃ…」
「いい加減眠気覚ませ。多分、『いい事』が起きたんだ」
「にゃ」
 そんな沈んだ言葉とは裏腹に、外は雨が止み、雲が薄れて空が明るくなり始めていた。
「……」
 シェゾは、ミーの様子を気にかけつつも、再び出かける用意を始める。
 
 

 

第五話 Top 第七話