魔導物語 ケットシー物語 第六話 なんでもないにゃ シェゾとアルルは、とりあえず彼の宿に向かった。 ミーが元気だから、そっちに来てもらった方がいいと言う事で。 「ね、もっと傘下げて。濡れちゃう」 「これ以上下げると俺、前が見えなくなるんだが」 「ボクが濡れて風邪ひいてもいいの?」 「…はいはい」 シェゾはちょっとかがんで傘をアルルの頭に近づける。 「ん。上げちゃ嫌だよ」 そう言って、下げてきたシェゾの腕に自分の腕を組んだ。 「でもさ」 「ん?」 「シェゾが、ちゃんと保護してくれていて嬉しいな」 「ほっとくかよ。まあ、あいつに無理矢理付き合わされたってのもあるがな」 シェゾは、手のバンソウコウを見て言う。 「でも、ほっとく事だって出来たよね? で、その手、引っかかれたの?」 「まあな」 アルルは、バンソウコウに手を合わせてそっとさする。 「痛いの痛いの飛んでいけ!」 アルルは楽しそうに呪文を唱える。 「…ふ」 シェゾは、何かアルルが妙に可愛く見えてしまった事に失笑した。 「…ん? ん? なになに?」 アルルもそんなシェゾの微笑みが、単に馬鹿にされたのでは無いと気付く。やたらと人懐っこい顔でシェゾにせまる。 「嬉しかった?」 素直な、希望的な質問。 「やかましい。さっさと行くぞ」 シェゾは早歩きで進む。 「きゃ」 アルルは引きずられるようにして付いて行った。 雨は、そんな二人を妬むかの様にして強く降り始める。 シェゾは、雨が嫌にうっとおしく感じるのが疑問だった。 宿に戻る頃には、雨は本降りだった。 「ひゃー! すっごい雨! 足元びちょびちょー!」 アルルが至って素直な不満を洩らす。 「確かにひどいな」 シェゾも同じ気分だった。 春雨は濡れて行こうと言う謳い文句があるが、流石に服の中まで濡れてはそうも言っていられないな。 「シェゾ、幾つ?」 「モノローグを読むな」 シェゾは髪から雫をたらしつつ、部屋へと向かう。 「あーあー! タオルタオル!」 フロントから拭くものを借りたアルルが、シェゾを追いかけた。 部屋の鍵がカチリと音を立て、二人は入ってきた。 シェゾの後ろから器用にタオルを回して頭を拭きながら、アルルもそれに続く。 「…にゃ?」 ミーがベッドの上で目を覚ました。 「あ、この子?」 アルルはパタパタと駆け寄り、寝ぼけ眼で慌てる暇も無いミーを抱き上げた。 「に…にゃ?」 驚く暇も無い。 「うん、似てる似てる」 鼻先をつん、とくすぐると、ミーは小さいくしゃみをした。 「あは」 そんなミーを見てアルルは優しく笑う。 「??」 ミーは何が起きたのか分からなかった。 少しの後。 コーヒーを二つ並べて、シェゾとアルルはミーと話していた。 「…ケイが?」 ミーはキョトンとした顔で聞いた。 「うん、ボクのところにね、だから、来てくれる?」 「……」 ぽかんとするミー。 「おい、いい加減目を覚ませ。ベターハーフが見つかったんだぜ?」 「シェゾ、ちょーっと意味ちがくない?」 どうでもいい事を突っ込むアルル。 「…あ、そうだにゃ」 それでもミーはどこか上の空。 雨の量と眠気は比例するのだろうか。 「大丈夫? 寝不足? それともあんまりご飯食べていないとか?」 「人聞きの悪い事言うな」 シェゾが心外な、と割って入る。 「だって、シェゾってあんまり小動物を飼いたがるようには見えないし…。間違っても、ご飯に激辛カレーとかあげちゃ駄目だよ?」 「あのな」 「それにさ、気は使ってくれるけどその方法がいまいち…。相変わらず言葉少ないし…」 アルルは普段の自分の扱いと重なるのか、何か場違いな非難を飛ばす。 と。 そこまで何となく勢いで言ってしまったアルルの肩に、さっきまでの眠気はどこへやらのミーが音も無く飛び乗った。 「?」 そして、なに? と覗き込むアルルの鼻を。 がぶ。 「んぎゃん!」 アルルは跳ねるように後ろに下がり、ベッドに倒れこんだ。 ミーは、アルルののけぞった反動を利用してジャンプし、そのまま今度はシェゾの頭に飛び乗る。 「お前…」 頭の上のミーは、さも当然、と手をぺろぺろ舐めた。 「ひ…ひたーい!(痛い)」 ベッドの上でじたばたとわめくアルル。 「なな、なにすんの〜…」 鼻を押さえて起き上がる。 涙声だ。 「うるさいにゃ。おせわになっているひとをわるくいうやつにはいいクスリにゃ」 ミーはつん、とそっぽを向いた。 「……」 アルルは驚くと言うか感心した。 シェゾって、何気に動物からの信頼ってあるよね。 幸い、鼻の穴は増えていなかった。 とりあえずごめん、とミーに誤り、その話はそれで終わった。 「んじゃ、まずはもうちょっと雨が収まったらボクん家に行こう。ケイが待ってる」 「そうだな」 「……」 ミーだけが、布団の上に座りながら、どうにも不安な顔をしていた。 「どうした?」 「なんでもないにゃ…」 「いい加減眠気覚ませ。多分、『いい事』が起きたんだ」 「にゃ」 そんな沈んだ言葉とは裏腹に、外は雨が止み、雲が薄れて空が明るくなり始めていた。 「……」 シェゾは、ミーの様子を気にかけつつも、再び出かける用意を始める。 |