第四話 Top 第六話


魔導物語 ケットシー物語 第五話



  さむいにゃ
 
「…どうしたの?」
 その日の夜。アルルは、窓辺で外を見つめるケットシーの気配を感じて目を覚ます。
「にゃ…」
 ケットシーはアルルを見て寂しげに鳴くと、また夜空を見つめる。
「寂しいんだね…。ね、こっちおいで?」
 アルルは布団を上げて誘う。
「…にゃ」
 ケットシーはゆっくりと窓辺を離れて布団に潜り込む。
「ほら、冷たくなってるよ」
 ケットシーはアルルに抱かれて眠りについた。
「これくらい素直ならねー」
 それは、誰の事か。
 
「だからさむいにゃ」
「しらんっての」
 街の宿。こんな季節でも夜は少々肌寒い。
 ミーはシェゾの枕元で先程からしつこく訴える。
「ミーもふとんにいれるにゃ。さむいにゃ」
「毛だらけになる」
「つめたいにゃ…」
 ミーはじーっとシェゾを見詰める。
 月明かりに反射する金の瞳は、どこか神秘的と言ってもいい眼光を放つ。
「……」
「にゃ…」
「……」
「にゃあ…」
「…入れ」
「にゃ!」
 ミーは布団に潜り込む。
 やっぱり押しに弱いシェゾだった。
 
 次の日。
 あいにく、朝から霧雨が降っていた。
「参るな…」
「……」
 ミーもうなだれる、と言うか眠くてしょうがない様だ。
「お前は寝てろ」
「にあ…」
 一声鳴くと、ミーは睡魔にあっさりと降参した。
 シェゾは部屋を出る。
 
 同時刻。
「ちょっと嫌な天気だね」
「にゃ…」
「眠そうだね?」
「……」
 ケットシーは小さくあくびをして目を瞑る。
「雨の日の猫は眠い、か」
 アルルはベッドで眠るケットシーに布団をかけて部屋を出た。
「あふ…」
 アルルも部屋を出てからあくびをする。彼女も雨の日は眠いようだ。
 
 霧雨の降る街は景色が灰色がかっていて、そして不自然に静かで、ちょっとアンニュイな世界になる。
 時間的なせいもあるのか、人通りもまばら。
 そんな街中のどこかとどこかで、彼と彼女は歩いていた。
「…うう。ちょっと肌寒いな…。夜は冷えそう」
 アルルは身を縮めながら小走りに歩く。
 紫の傘に、時折大きめの雨粒がぶつかる。
 水が弾けて、雨音が小さなリズムを取る。小さい演奏会は、彼女の一人歩きを楽しく彩る。
「今日は居るかな…?」
 アルルの目的地。それは、シェゾの家だった。こちらの手は尽くした。ここはやはり、人の知恵を拝借するのが一番なのだ。
「えーと、ほら、船頭多くして船山を登るって言うよね」
 用法も意味も違う。
 そんな中、アルルは通りの向こうから誰かが近づいてくるのに気付く。
 その名の通り霧雨で霧の様に視界が悪いが、何故かその人が誰かはすぐに分かった。
「シェゾ!」
 アルルは駆け出した。
 
「…成る程。間が悪いと言うか何と言うか…」
「それはボクも同じコト。まさか、シェゾのところにねー」
 二人は、喫茶店で濡れた服や足元を乾かしていた。
 テーブルに向かい合って座りながら、お互いに濡れた体を休めている。
 アルルの場合は傘を差していたので、濡れたのは足元だけだ。後は霧雨によってかすかに濡れた体を拭くだけでいい。
 が、シェゾは何故か傘も差さずに雨の中を歩いていたので大変な事になっている。
「でもさ、いくら霧雨だからって、どーしてキミって人は傘も差さないで街を歩くかな? ホントに」
「別にいいだろ。どうせ暫くすれば乾く」
 そう言って、シェゾの頭からはぽたりと雫が落ちた。露に濡れた顔は、その気になって見れば、実に艶のある顔に見える。そして、何処か寂しげにも見えた。
 アルルは、そんな彼を意識したのだろうか。
「…シェゾ、頭出して」
「ん?」
 シェゾの行動も待たずに、アルルはハンカチでシェゾの頭を拭く。
「おい、汚れるぞ」
「いーから」
 身を乗り出してシェゾの頭を拭き続けるアルル。なにか、がむしゃらだ。
「テーブル邪魔」
 アルルは隣にやってきて頭と顔を拭く。
「シェゾって銀髪だから、濡れるとますます寒そうに見えるんだもん。体、冷えないの? ホントにもう…」
 シェゾは諦めたのか黙って拭かれている。
「風邪だけならまだしも、肺炎とかなったら大変だよ? ボク、あんなところまでお見舞いに行くのやだよ」
「来なきゃいいだろ」
「……」
 アルルは、いつもの事ながら、無愛想の化身たるこの男に、目眩にも似たもどかしさを憶える。
 いっそ寝込みでも襲ってみたらどうかな…。
 そんな気は無いにせよ、それ位してやっと自分の事を意識するであろうシェゾ。
 アルルは、いつもいつもどうしたらいいものかと、思案に暮れるのだった。
「せめて、知り合い以上位にはねぇ…」
「ん?」
「なーんにも!」
 アルルは半ば意地になって、わざと体をくっつけながらシェゾの露を拭いた。
「だから濡…」「黙りなさい」
 どことなく不機嫌なアルルに、シェゾは黙って拭かれるしか出来なかった。
 少しの後。
「でさ、その、ミー? 今は宿?」
 案の定、胸の辺りを濡らしてしまったアルルが冷たそうにして言う。
「ああ。寝てるだろ」
「そっか。多分、ボクの家に居るのは、ケイ、なんだよね?」
「…そうだな。まあ、間違いないだろ。お前の軌跡と俺らの軌跡はほぼ同じだ」
「よかった。あの子、随分落ち込んでいたから…」
 アルルは心から安堵した表情で笑う。
 シェゾは、やっぱりこいつこう言う行動に出ていたか、と笑った。
「あ、今笑った?」
「気のせいさ」
「うそ、笑った。ねえ? なんで? ねえ?」
「いいだろ。おかしな意味じゃない」
「じゃ、言ってよ」
「断る」
「言ってよー! ねー!」
 意固地になるアルル。シェゾはますます笑いを押さえきれなかった。
 丁度いい。シェゾは、ちょっと落ち込んでいた気分を盛り返すのには、こいつは丁度言いと思った。
 
 

第四話 Top 第六話