第八話 Top


魔導物語 ケットシー物語 最終話



  にゃにゃにゃん にゃにゃにゃん
 
 あれから暫くの後。
 シェゾは、自宅で寛いでいた。
「にゃにゃにゃん」
「にゃにゃにゃん」
 窓の外から猫の声が、いや、ちょっと特殊な鳴き方の猫の声が聞こえた。
「…サカリと違うよな」
 シェゾはコーヒーをテーブルに置き、窓の外を見る。
「ああ…」
 そこに居たのはケットシー。猫型のモンスターだ。
 野外に留まらず、街中でも見かける事がある。ただそこに居る分には無害なので、ぷよ並に親しまれている奴らだ。
 何か、こっちを見て鳴いている。
「にゃにゃにゃん」
「にゃにゃにゃん」
 二匹のケットシーは、綺麗なハーモニーで鳴く。
「よう」
 窓からシェゾは呼びかけた。
「にゃ!」
「にゃん!」
「景気はどうだ?」
「ミーはげんきにゃ」
「ケイも、まだきおくがもどらないけど、とってもげんきにゃ!」
 『ケイ』は、元気そうに言った。
 二匹はまた一声、にゃん、と鳴いた。
「そうか。楽しいか?」
「ふたりなら、たのしいにゃ」
「そうだにゃ」
 二匹は寄り添う。まるで、生来のパートナーの様だった。
「ああ、そうだな。二人なら、寂しくはないな」
 シェゾもそう思った。
「にゃ」
 あれ以来、二匹は時折こうして姿を見せるようになった。
 時には飯をせびりに、時には元気だと報告に。
 いつでも、必ず二匹で。
「…二人なら、か」
 シェゾは微笑して空を見る。
 そう言えば、最近にわかに自分の家の食器が増えている。
 一客だって余分な物は無かったカップや皿が、妙に可愛い食器に替わったりする。マグカップもペアになり、茶碗や箸も何故かいつの間にかペアになっている(世間一般には、夫婦茶碗と言う)。
 そして、食材の蓄えも何故か増えている。しかもその幅は広い。いや、甘いものが増えたと言うべきか。
「……」
 てのりぞうがいるだけでは、この殺風景な家はこうはならない。
 『あれ』が、色々と物を運んできたりするからだ。
「この前も、チョコケーキにフレーバーティーに…て言うか、ティーセットごと持って来ていたな」
 独り言を言ったつもりだったが。
「だってさ、そうしないとここ、ボクが使える食器全然無いんだもん」
 窓の外、明るい声の『あれ』が軽く非難を込めて言う。
「…よう」
「今、ミー達いたよね? 元気だった? あのね、今日ね、すっごく美味しそうなスモークサーモン貰ったから、一緒に食べようと思ったの。ワイン、ある?」
「ボジョレーならある。地下で冷えているぜ」
「オッケー! ボク、おつまみ用意するからさ、ワインとグラスお願いね」
 ひまわりのように笑うアルル。
「了解」
 シェゾは、涼しげな藤の木の様に微笑した。
「ぱお」
「あ、てのりぞう、手伝って」
 こんな日が時々ある。
 いや、最近増えているか?
 とにかく、こうしてこいつと過ごす時間が増えているのは確かだろう。
 だから二人の意味が…。何より、独りの意味が分かってきたのかも知れない。
 俺が地下からワインを持って上がった時、既にテーブルには、スライスしたスモークサーモンとロックフォール、クラッカー等が綺麗に並べられていた。
 そう言えば、俺の台所って最近何がどこにあるかって言うか、知らない物が増えているんだよな。
 それに、いつの間にかパスタマシンなんて置いてあったし…。
「シェゾ、早くワイン開けて!」
「ああ」
 俺は、ボジョレーのコルクをねじる。
 すると、出来たて特有のブドウの芳醇な香りが辺りを包んだ。
「にゃん」
 いつの間にかミー達が窓辺に座っている。
「あは。サーモンの匂い、分かった?」
 ミー達は、うん、と頷くとテーブルに飛び乗った。
「お前ら、ほんとに野生か?」
「まあまあ。お客さん追加だね」
「…ふ」
 シェゾは軽く笑うと、グラスに琥珀色のワインを注ぐ。
「はい」
 アルルは、小皿にサーモンを添えてミー達に差し出した。
 てのりぞうもソファーの上、シェゾの隣でサーモンをかじっている。
「じゃ、美味しいサーモンにかんぱーい!」
 クリスタルの透明な音が響く。
 
 そう。最近、こんな日が時々ある。
 だから、俺は独りの意味を知った。いや、思い出した、と言うべきだろうか。
 今のシェゾは、こんな時間が嫌いじゃなかった。
 肩の力が抜け、空気を軽く感じるから。
 そんなシェゾを見ながら、アルルは何となく微笑んでいる。
 彼女も、そんなシェゾの顔を見るのが好きなのだろうか。
「シェゾ、あーんして」
 サーモンを一切れつまみ、口に持ってくるアルル。
 シェゾは、黙って口を開ける。
 脂がのったサーモンが、口の中で軟らかく溶けた。
「ボクも」
「甘えるな」
 そう言いつつも、アルルはサーモンを食べられた。
 
 …いつまで続くかは分かったものではない。
 だが、今は楽しんでもいいだろう。
 シェゾは、そんな時間の大切さ、貴重さを目の前の少女に教えてもらった。
 そしてそんな時間を、彼女を守りたいと思っている事を認めている。
 ケットシーが寄り添い合って生きているように、人にも寄り添い合える誰かが必ずいるのかも知れない。
 そう思ってもいい。
 シェゾは、自分が甘くなったと思いつつも、今は確かにそれを望んでいた。
 
 窓の外。山の風は涼しく、軟らかく部屋を吹き抜ける。
 力強い緑の匂い。
 微かに香る野の花の香り。
 それは誰もが感じる生命の息吹。
 この世界に、独りなどと言う状況が在り得るのだろうか。
 
 二人で生きる。
 
 それもいい。
 
 俺の力は強大だ。
 出来ない筈の事だって、『これ』を守る事だって、やろうと思えば、望みさえすれば、出来るのかも知れない。
 シェゾは、そう思ってグラスを傾けた。
 ワインの甘い香りが、頑張れ、とシェゾを応援する。
「『ケイ』?」
「にゃ?」
「あのふたりみたいになかがいいのをにゃ、めおとのケットシーっていうんにゃ」
「そうだにゃ」
 二匹のケットシーは寄り添って笑う。
 目の前の二人の様に。
 
 午後のひと時はまだ続いていた。
 
 
  ケットシー物語 完
 
 

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