魔導物語 ケットシー物語 最終話 にゃにゃにゃん にゃにゃにゃん あれから暫くの後。 シェゾは、自宅で寛いでいた。 「にゃにゃにゃん」 「にゃにゃにゃん」 窓の外から猫の声が、いや、ちょっと特殊な鳴き方の猫の声が聞こえた。 「…サカリと違うよな」 シェゾはコーヒーをテーブルに置き、窓の外を見る。 「ああ…」 そこに居たのはケットシー。猫型のモンスターだ。 野外に留まらず、街中でも見かける事がある。ただそこに居る分には無害なので、ぷよ並に親しまれている奴らだ。 何か、こっちを見て鳴いている。 「にゃにゃにゃん」 「にゃにゃにゃん」 二匹のケットシーは、綺麗なハーモニーで鳴く。 「よう」 窓からシェゾは呼びかけた。 「にゃ!」 「にゃん!」 「景気はどうだ?」 「ミーはげんきにゃ」 「ケイも、まだきおくがもどらないけど、とってもげんきにゃ!」 『ケイ』は、元気そうに言った。 二匹はまた一声、にゃん、と鳴いた。 「そうか。楽しいか?」 「ふたりなら、たのしいにゃ」 「そうだにゃ」 二匹は寄り添う。まるで、生来のパートナーの様だった。 「ああ、そうだな。二人なら、寂しくはないな」 シェゾもそう思った。 「にゃ」 あれ以来、二匹は時折こうして姿を見せるようになった。 時には飯をせびりに、時には元気だと報告に。 いつでも、必ず二匹で。 「…二人なら、か」 シェゾは微笑して空を見る。 そう言えば、最近にわかに自分の家の食器が増えている。 一客だって余分な物は無かったカップや皿が、妙に可愛い食器に替わったりする。マグカップもペアになり、茶碗や箸も何故かいつの間にかペアになっている(世間一般には、夫婦茶碗と言う)。 そして、食材の蓄えも何故か増えている。しかもその幅は広い。いや、甘いものが増えたと言うべきか。 「……」 てのりぞうがいるだけでは、この殺風景な家はこうはならない。 『あれ』が、色々と物を運んできたりするからだ。 「この前も、チョコケーキにフレーバーティーに…て言うか、ティーセットごと持って来ていたな」 独り言を言ったつもりだったが。 「だってさ、そうしないとここ、ボクが使える食器全然無いんだもん」 窓の外、明るい声の『あれ』が軽く非難を込めて言う。 「…よう」 「今、ミー達いたよね? 元気だった? あのね、今日ね、すっごく美味しそうなスモークサーモン貰ったから、一緒に食べようと思ったの。ワイン、ある?」 「ボジョレーならある。地下で冷えているぜ」 「オッケー! ボク、おつまみ用意するからさ、ワインとグラスお願いね」 ひまわりのように笑うアルル。 「了解」 シェゾは、涼しげな藤の木の様に微笑した。 「ぱお」 「あ、てのりぞう、手伝って」 こんな日が時々ある。 いや、最近増えているか? とにかく、こうしてこいつと過ごす時間が増えているのは確かだろう。 だから二人の意味が…。何より、独りの意味が分かってきたのかも知れない。 俺が地下からワインを持って上がった時、既にテーブルには、スライスしたスモークサーモンとロックフォール、クラッカー等が綺麗に並べられていた。 そう言えば、俺の台所って最近何がどこにあるかって言うか、知らない物が増えているんだよな。 それに、いつの間にかパスタマシンなんて置いてあったし…。 「シェゾ、早くワイン開けて!」 「ああ」 俺は、ボジョレーのコルクをねじる。 すると、出来たて特有のブドウの芳醇な香りが辺りを包んだ。 「にゃん」 いつの間にかミー達が窓辺に座っている。 「あは。サーモンの匂い、分かった?」 ミー達は、うん、と頷くとテーブルに飛び乗った。 「お前ら、ほんとに野生か?」 「まあまあ。お客さん追加だね」 「…ふ」 シェゾは軽く笑うと、グラスに琥珀色のワインを注ぐ。 「はい」 アルルは、小皿にサーモンを添えてミー達に差し出した。 てのりぞうもソファーの上、シェゾの隣でサーモンをかじっている。 「じゃ、美味しいサーモンにかんぱーい!」 クリスタルの透明な音が響く。 そう。最近、こんな日が時々ある。 だから、俺は独りの意味を知った。いや、思い出した、と言うべきだろうか。 今のシェゾは、こんな時間が嫌いじゃなかった。 肩の力が抜け、空気を軽く感じるから。 そんなシェゾを見ながら、アルルは何となく微笑んでいる。 彼女も、そんなシェゾの顔を見るのが好きなのだろうか。 「シェゾ、あーんして」 サーモンを一切れつまみ、口に持ってくるアルル。 シェゾは、黙って口を開ける。 脂がのったサーモンが、口の中で軟らかく溶けた。 「ボクも」 「甘えるな」 そう言いつつも、アルルはサーモンを食べられた。 …いつまで続くかは分かったものではない。 だが、今は楽しんでもいいだろう。 シェゾは、そんな時間の大切さ、貴重さを目の前の少女に教えてもらった。 そしてそんな時間を、彼女を守りたいと思っている事を認めている。 ケットシーが寄り添い合って生きているように、人にも寄り添い合える誰かが必ずいるのかも知れない。 そう思ってもいい。 シェゾは、自分が甘くなったと思いつつも、今は確かにそれを望んでいた。 窓の外。山の風は涼しく、軟らかく部屋を吹き抜ける。 力強い緑の匂い。 微かに香る野の花の香り。 それは誰もが感じる生命の息吹。 この世界に、独りなどと言う状況が在り得るのだろうか。 二人で生きる。 それもいい。 俺の力は強大だ。 出来ない筈の事だって、『これ』を守る事だって、やろうと思えば、望みさえすれば、出来るのかも知れない。 シェゾは、そう思ってグラスを傾けた。 ワインの甘い香りが、頑張れ、とシェゾを応援する。 「『ケイ』?」 「にゃ?」 「あのふたりみたいになかがいいのをにゃ、めおとのケットシーっていうんにゃ」 「そうだにゃ」 二匹のケットシーは寄り添って笑う。 目の前の二人の様に。 午後のひと時はまだ続いていた。 ケットシー物語 完 |