魔導物語 ケットシー物語 第三話 おねがいにゃん 俺達は川を離れ、街に来ていた。川を中心に探すのは川下に行くほど難しい事と、ミーの双子の勘というヤツが働いたからだ。 「きっといるにゃん!」 ミーはそう言って川中心の探索から街の探索に切り替えを訴えた。 「たしかに、運がよければ誰かに拾われて、と言う線は十分有り得る」 だが、別の意味で街は広い。もしも猫大好きな奴が拾って座敷猫にでもしたら、ケットシー一匹では薄窓一枚の隔壁だろうと、脱出もままならない。 「まずは、獣医でも行くか」 我ながら賢明な案だった。 しかし。 まず、獣医は意外にこの街に多く、地図を見るだけで六軒が確認できた。 「…まあ、片っ端から行ってみるか」 そして。 「そういわれましても…、ケットシーの診察は結構多いんです。風邪、怪我、病気、色々ありますし…」 看護婦はそう言って困る。 そう、ケットシーはモンスターのくせに飼われている奴が多い。 ケイの怪我である筈の骨折に限定しても意外にその数は多く、今日だけに絞っても合計で八件もあったそうだ。 「おまえら、猫のくせに神経鈍くないか? あの時も窓から落ちて顔面打つし」 「デ、デリケートっていうのにゃ! それに、かわれるとやせいはにぶるものにゃ!」 「お前は野生100%のケットシーだろうが」 「うにゅ…」 ともかく、飼い主に関してはプライベートである。そう簡単に他人に話せるものでもないし、医者にしても診察だけでは拾ったかどうかなど判断は出来ない。よほどの事でもなければそう言ったことはつっこんで聞かないものなのだ。 「……」 うなだれるミー。流石にこうも行動の目論見が外れると不安になってくるようだ。 「元気出せ。少なくとも、お前の勘は、ケイは大丈夫だって言っているんだろ?」 「にゃ…」 シェゾはオープンカフェに向かった。やや遅めの昼食を取るために。 「ほら」 ミーをテーブルに乗せ、ホットミルクの皿を置く。 「にゃ」 考えてみればミー自身もケイとはぐれてから何も口にしていなかった。 「まずはお前が元気になれ」 皿から漂うミルクの匂いは食欲を呼び覚ます。 「…にゃ!」 思わずミルクにかぶりつく。 追加したサーモンのソテーも、ミーの活力を取り戻す手伝いとなる。 シェゾも、BLTサンドとコーヒーで寛ぐ事にした。 ケイ…。 ミーは、妹の心配をしながら、とりあえずは目の前の彼を信じて探す事を続けようと思った。 シェゾも、食事しながら時々周りを見ている。それは、頭の隅で常にケイを探してくれている現れだった。 ミーは何となく、彼と出会えた事自体が嬉しくなっていた。 一方。 「ケガがひどくなくて、よかったね」 獣医の帰り。 アルルはケットシーを抱えて街を歩いている。幸い、折れていると思っていた足はヒビで済んでおり、ちょっと患部を固定しておけば数週間で完治するというものだった。 「にあ…」 だが、その返事には覇気が無い。ケガによる意気消沈、記憶喪失による不安感、そして、何よりも独りと言う自分の喪失感にケットシーは怯えていた。 ケットシーの性質はアルルもある程度知っている。 せめて代わりにならないか、とカーバンクルを隣に置いたりしてみたが、カーバンクルの丸い背中が爪のとぎ板になるくらいだった。 その後、カーバンクルがケットシーの隣を拒否したのは言うまでも無い。 「さて、そろそろ行くか」 「にゃん」 シェゾ達はオープンカフェを後にする。 「そうだな、次はどうするかな…」 その僅か後。 「ねえ、お腹すいたでしょ? そこのカフェ、おいしいからご飯にしよう?」 「にゃ…」 アルル達は開いているテーブルに座る。 「あれ? ミルクのお皿があるって事は、前の人も猫連れていたのかな?」 「…にゃ?」 ケットシーは、そこに残っている匂いになんとなく憶えがある気がした。 「よう」 「お、シェゾ。何? 仕事?」 シェゾ達が来たのはギルド。バイトのブラックがいつも通りの挨拶をする。 「いや、今日は違う」 「そう? …何? あんた、ペットなんて飼ったの?」 「ペットっていうにゃ!」 「おっと、ケットシーか」 ブラックは驚いた風も無く言う。 注意しないで見ればただのシャムネコ。ケットシーは割とそれを気にしていた。 「ここの板に用がある」 「掲示板に?」 ギルドには、通常の窓口に依頼する仕事以外に、単純な用件を書き込む為の掲示板が用意されている。 用紙一枚につき数ゴールドで書き込みが出来、その内容はレアカードの交換から恋人募集まで実に様々。 ギルドを仲介する本格的な内容でなければ、ここで事足りるのだ。 「ブラック、紙一枚くれ。小さいやつでいい」 「はい。3ゴールドね」 シェゾは羽ペンでケットシーの片割探しの内容を書き込む。 「これを頼む」 紙をブラックに渡す。一応内容をチェックして、規定に抵触しなければ張り出される仕組みだ。 「えーと、ケットシー探し? なに? その子の片割って事?」 「そういう事だ」 「…ここに猫探しのなんて見に来る奴いるかね?」 「まあ、期待はしてないさ。万が一の為だ」 「了解」 ブラックはカウンターを出ると、掲示板の真中あたりの用紙を端っこにどけて、シェゾの紙を張った。 「頼んだぞ」 「ん。俺も時間があったら探してみるよ」 「済まないな」 シェゾはギルドのドアを開け、外に出る。 「おねがいにゃん」 肩のケットシーがぺこりとお辞儀をした。 ブラックはシェゾとケットシーを見て、どこか微笑ましいその光景に吹き出した。 |