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魔導物語 ケットシー物語 第二話



  ここどこにゃん
 
 シェゾとミーは森を歩いていた。ぱっと見は飼い主とペットの散歩だった。
「それで、そもそも何でお前らはぐれたんだ?」
 普通、ケットシーは二匹で一匹みたいなものであり、生まれたときは勿論、寿命までがほぼ同一。正にゆりかごから棺桶までを共にする種族なのだ。
 自分の意志によって離れること、つまり、他のケットシーとつがいになる場合等は当然あるが、それ以外において二匹が離れると言うのは、よほどの事故と言っていい。
 更に言うと、つがい同士でもやはり子供が居る場合を除いて二匹で行動するので、結局は双子ではないにせよ二匹で居る場合が殆どなのだ。
 その場合、夫婦(めおと)のケットシーと呼ぶのが通例だ。
 これは、よくおしどり夫婦と同列の意味で使われている。
「…ひっしだったにゃ」
「必死?」
「ケイが、けがしたにゃ。まえあしがおれて…。それで、ミーがせわしていて…」
 しゅん、とうなだれるミー。
「ふむ」
「で、とつぜんおおかみがでてきて…。ケイとにげたにゃ」
 モンスターとは言え普通の生き物と別段変わらないケットシー。特に戦闘能力が無に等しいこいつらは、ちょっと変わった猫と言ってしまえばそれまでだ。
 大きい野犬程度の存在ですら充分に天敵となる。しかも怪我をしているとなればそれは尚更だった。
「かわべにおいこまれて…。どうしようもなくって、いっしょにとびこんだにゃ」
「そりゃ危険だ」
 あまり泳ぎの得意な猫の話は聞かない。
「それで…ケイが、ながされちゃったにゃ…」
 肩で、ミーが体を震わせてしくしくと泣く。
「ミーはなんとかきしについたけど、ケイは、どこにもいにゃくって…」
「…大丈夫なのか?」
「い、いきてるにゃ! それだけはわかるにゃ! ミーたちはふたごにゃ!」
 必死に希望にすがるような、それでいて確信的な力強い言葉。
「分かった。川に沿って探そう」
「おねがいにゃ…」
 ねだるような、すがるような目でシェゾを見るミー。
 …姉妹、か。
 シェゾはそんな感情はどんなものなのだろう、と少しうらやましく思っていた。
 仲間、家族、兄弟。こう言った言葉はシェゾのウイークポイントでもある。
 排除したい感情でもあり、どこかで求めて止まない感情。
 それを自覚するたびにシェゾは自責の念に捕われる。
 少しして、水の音が聞こえてくる。川の両脇には、その流れを守るようにして木々が青々と茂る。そんな葉の間から差し込む日差しは、清々しい眩しさを提供する。
 川のせせらぎをBGMに、シェゾとミーはゆっくりと川を下っていった。
 
 下流の水辺。そこは山頂の源流が幾重にも枝分かれし、川幅は広がり、水の流れも緩やかになっていた。
 そんな川に面した草原。
「あれ?」
「ぐ?」
 川上から、流木につかまった何かが流れてくる。
「何だろ?」
 たまたまそこに遊びにきていた少女、アルルは駆け寄る。
「あ!」
 それは、一匹の猫、ケットシーだった。
「大変だ!」
 アルルは膝まで水に浸かって駆け寄る。
「よ!」
 もう少しで目の前を流れてしまいそうだったケットシーをすくい上げる。
 身軽になった流木は少し蛇行して、そのまま川下に流れていった。
「ね、大丈夫? おーい!」
 アルルは、気絶しているケットシーを抱きかかえてオデコをつんつんと叩く。
 息はしているが目を覚まさない。
 とりあえず、火がいるかな?
 アルルは、片手にケットシーを抱いて燃えそうなものを集める。
「えい!」
 少し気合を入れて右手を枯れ枝にかざすと、枝がジリジリと音を出して炎をあげた。
 アルルは白のタンクトップを脱ぎ、ケットシーをくるむと火の側に置いた。
「…大丈夫かな?」
 そっとケットシーの頭を撫でる。
 と、ケットシーは小さなくしゃみをして体を震わせた。
「あ、気が付いた」
「…にゃ?」
 目をぱちくりさせ、周りを見渡すケットシー。
「??」
 アルルは顔を近づけ、優しく質問する。
「ねえ、大丈夫? どこか痛くない?」
「……」
 ケットシーは怯えたような目でアルルを見る。
「あ、ボクは別に何にもしないよ。ね?」
「…あたし、なんでこんなところにいるにゃ?」
「へ?」
「あたし、だれにゃ? ここどこにゃん?」
「…あれま」
 
 やや黄みがかった白い毛皮が乾いた頃、ケットシーはアルルに抱かれながらうんうんと悩んでいた。
 ケットシーは足を骨折していた。とりあえずの応急処置として添え木をし、まずはケットシーが落ち着くように話をしている。
「…わかんない? 本当に何にも?」
「あたし、なんでけがしてるにゃ? なんでなんにもわからないにゃ…?」
 ケットシーは不安げに鳴く。
「よしよし、まずは怪我を何とかしなくちゃ。お医者さんに行って、治療して、それから、少しづつ思い出そう? ね?」
「にゃ…」
 火に土をかけて消火を確認し、アルルとケットシー、カーバンクルは街に戻った。
 
「…だいぶ川下まで来たな。このままだと街を抜けて海に出るぞ」
「うにゃ…」
 不安が募るミー。
 アルルが焚き火をしていた川辺の反対側をシェゾが通った。それは、アルル達が去ってから40分程後の事。
 無論、キチンと消された火の跡を対岸で見つけるなど、誰にだって不可能だった。
 
 
 

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